Eps.012 同棲
「なんかさ、同棲みたい」
幼馴染が、理由のわからないことを言い出す。
「ねぇ、きいてるー?大輝くんってば」
なんと返せばいいのかわからず黙っていると、小夜はつまらなさそうに僕の腕を引っ張り、話を聞け、とせがんだ。
「きいてるよ、小夜」
一向に返す言葉が見当たらなかった僕は、小夜の頭を撫でてごまかす。
一瞬驚いた小夜だったが、その後は素直に頭を撫でられていたので、とりあえずはこれでよかったのかもしれない。
「隣の家、だけどさ、こんなに簡単に、来れちゃう」
警戒心も何もない、溶けるような甘い声で、小夜は言った。
それを言うなら、ここ数日普通に家に来ていたじゃないか、と言いかけて、そういうことじゃないだろうなと思ってやめる。
小夜の言いたいことは、わからなくはない。
今日は小夜が隣の家に引っ越してくる日だった。
その小夜は今、諸々の手続きや搬入等を終えて、疲れたと言って僕の部屋に遊びに来ている。
まだ段ボールが散らかっていて、家ではくつろげないらしい。
すっかり定位置となった僕のソファの上に寝転がって、ずっとだらけきっていた。
幼馴染とはいえ、そんなに甘い声を出されるのは毒な気がする。
心臓が、いつもより少し早く脈打っているのを感じた。
「さっきから、何も喋ってくれない」
またむすーっとして、小夜が腕を引っ張った。
喋らないならせめて撫でろと言わんばかりに、僕の腕を彼女の頭の上に置き、目を閉じて気を抜いた顔をしている。
仕方ないなと思いながら頭を撫でる。
言葉が出ないのは許してほしい。
昨日、彼女とか余計なことを考えたからなのだろうけど、無駄に言葉が心臓を刺激した。
「可愛い」
遂に口から出たのは、脈略のない言葉だった。
びっくりしたように小夜は目を開け、僕の顔を見たかと思えば、目が合った途端に目を逸らす。
茶化すような余裕は僕にはなかった。
頭の中で反芻しては飲み込んでいた言葉が、ふと口から出てしまった。
余裕がないのは小夜も同じだったようで、若干の気まずい沈黙が続く。
それでも、先に口を開いたのは小夜だった。
「嬉しい、けどさ、今じゃない」
間違いない。
「もっと頑張った時にも、褒めて」
目が合わないまま、小夜は言った。
怒った口調、とかではなかった。
声が少し上ずって、言いにくいことを絞り出すように、彼女は言った。
「うん」
僕も絞り出すように呟く。
こんなはずではなかった。
ただ、引っ越し作業が疲れた小夜を、休ませてあげようと思っただけだ。
こんなにドキドキ、するつもりじゃなかったのに。
この会話を続ける自信はなくて、かと言って適当な話題もなくて、同棲の話に戻す。
「隣の家だから、同棲じゃないけどさ、またいつでも遊びにおいで」
心拍数が上がって、少し息が続かなくて、僕も少し声が掠れながらも小夜に伝える。
うまく言葉が出なかったことは、頭を撫でながら中和した。
「うん、ありがと」
「……夜ご飯、どうするの?」
時計を見ると、もう7時を回ったところだった。
話題を変えるのにはちょうどいいなと思って聞いてみる。
「引っ越し祝い、と言えば、ピザ、じゃない?」
調子を取り戻し、相変わらず溶けそうな声で小夜は言う。
ただ、残念ながら僕は知らない文化だった。
ある、と言われても納得はするけど。
「ピザ、食べよ」
小夜は再び、少し語気を強めて言った。
……圧がかけられている。
どうやら、僕に反論の余地はないらしい。
彼女の意向に沿って、今夜の夕食はピザとなった。
ピザを待つ間、小夜はお風呂と寝る支度をするらしく、一度部屋に戻って行った。
なんだか、思ったより疲れた。
いや別に、嫌な疲れじゃない。
だからいいのだけど、隣の家に住むって、こういうことなのだろうか。
まあ、お互い遊びに行けるのはいいことだ。
それこそ、小中学生以来、にはなるが。
それよりも、幼馴染の攻撃力が高いことのほうが、僕には気がかりで仕方なかった。
昔から可愛らしくて、それこそ男子からもモテて、小夜が女の子だということは、随分前からわかっていた。
それは、今もわかっている。
当然、今のほうがそれを痛感させられることが多いわけだし。
服装も、メイクも、たまに近寄ってわかるいい匂いも、サラサラとして綺麗な長髪も。
全て綺麗だと思う。
口に出して伝えるのはなんだか違う気がするけど。
何せ、僕らは幼馴染であって、多分小夜にとっては僕は男の子でないほうがよい。
なるべく透明で、性別のことなど意識してほしくない。
それは、過保護なのかもしれない。
けれど、トラウマがありそうな彼女を、僕のせいで傷つけたくはなかった。
あとは単に、彼女を一人の人間として大切にしたいという、僕の願望だ。
異性として、何か関係を持ちたいわけではない。
そんなことを言いつつも、それとは裏腹に、彼女を意識してしまう瞬間があるのは事実だ。
まあ、あんなに甘えたことをされては、仕方ないと言わせてほしいところだけど。
やっぱり悩ましいな、と思いつつ、僕も家事を進めることにした。
「ピザが来て、小夜が届きました」
幼馴染が、相変わらず理由のわからないことを言っている。
はいはい、と言うかわりに僕は頭を撫でた。
小夜は満足そうなので、とりあえずは良いことにしよう。
なんだか、さっきも見た流れを繰り返しつつ、僕らはピザを頬張る。
ピザは小夜の希望で、4種の味が食べられるものにした。
さすがに二人で食べるので、サイズはSにしたけれど。
前から思っていたが、小夜は割と食べる方だと思う。
それにしては、かなりすらっとした体型と言うか、たぶん1日全体でうまく調整したり、運動したりしているのだろう。
完全に尊敬である。
そんな小夜は、ピザを食べ進めながらしきりに美味しいねと笑っていた。幸せそうで何よりだ。
昔、泣いてばかりいる顔を見ていたせいかもしれないが、小夜の笑っている顔を見れるのは、やはり安心するし、僕も幸せな気持ちになる。
「この笑顔を、ずっと守っていたいな」
無意識に呟く僕に、小夜はありがとう、と恥ずかしそうに笑っていた。
明日の第13話は18:00に更新となります!




