Eps.010 友達以上
今日は4限までの授業を終えて家に帰る。
今の時刻は夕方の5時。18:00には小夜が来て、野菜炒めを作ってくれることになっていた。
微妙に暇だなと思い、先にお風呂を済ませることにする。
入学式前に切れればよかったのだが、髪が少しずつ長くなってきていて洗いにくい。
しかも、髪が濡れてしまうとどうしても前髪が目元に掛って、前が見えなくなる。
そんなことを思いつつ髪を洗い、身体を洗って浴槽につかる。
「はぁーーーーー」
誰もいない家に、僕の声が響く。
この時間が一番好きだ。
ゆっくりと温かいお湯に体を浸し、ぼ―っと気を抜く。
なんやかんやで、大学が始まったこの二日間は慣れないことも多く、疲れる日々だった。
とは言いつつ、まだ明日があるのだけれど。
でも、明日1日大学を頑張れば、明後日はもう土曜日。
小夜が隣の家に引っ越してくる日でもある。
幼馴染とはいえ、幼稚園のころに公園でよく遊び、小学校と中学校が一緒だったという由縁の仲なので、残念ながら家が隣とか、そういう経験はなかった。
従って、小夜がお隣さんになる、というか、そもそも簡単に行き来できる距離になるというのは、かなり新鮮な気持ちだ。
小学校や中学校の時でさえ、お互いの家に歩いていくことはほとんどなかったし、家に行くとしても、大抵はうちの親が送り迎えをしてくれていた記憶がある。
しかも、友達ですら隣同士の家になったことはないので、気軽に隣の家に遊びに行ける感覚というか、なんだか落ち着かない。
まあ、小夜は友達以上の関係というか、僕にとっては兄妹みたいな感覚だから、しばらく疎遠になっていた家族が隣の家に住む、みたいなよくわからない感覚だ。
結局、確かな結論を得られずに考えあぐねていると、ふと給湯器の時計が目に入り、いつの間にか17:30を回っていることに気づく。
まずい、そろそろ出ないと。
急いで体を拭き、服を着て、髪を乾かす前に一旦リビングで水を飲む。
すると、ピンポーンとインターホンの音が鳴った。
時計を見ると、まだ17:40だった。
誰だろうと思ってインターホンの画面を覗き込むと、そこには小夜がいる。
『ちょっと早いけど、いいかな?オートロック、空けてほしくて』
「わかった。まだ用意できてないけど」
思ったより早く小夜が来てしまった。
とりあえずすぐに部屋に入れられるように、部屋を片付ける。
まだ畳んでいなかった朝の洗濯物なども、目につかない場所に移動させた。
ふぅ、これで部屋に入れられるだろうという状態になって、ちょうどまたインターホンが鳴った。
『あーけーて』
「はいはい、今行く」
玄関まで急ぎ足で向かい、鍵を開ける。
鍵を空けた途端、ほぼ間髪入れずにドアが開く。
ドアから出てきたのは、目深に帽子をかぶり、春の桜みたいにきれいな桃色のブラウスと、膝より少し長いくらいのヒラヒラしたスカートを履いた少女がいた。
儚くて綺麗だな、と不覚にも見惚れていると、小夜が帽子をとって僕を見上げる。
「ちょっと早くて、ご……」
ごめんね、と言いかけたのだろうがその言葉は途中で途切れた。
目が合って、しばし沈黙が続く。
どうしたのだろうと首を傾げると、小夜は少し恥ずかしそうにして、目線をそらした。
「なんか、ずるい」
「ん、なにが……?」
「お風呂上がり。髪、乾かしてきて」
あぁ、確かにまだ乾かしていなかった。
髪が濡れている感覚に、小夜に言われて気づく。
「ごめん、すぐ乾かしてくる」と言ってすぐにその場を離れた。
髪を乾かしてリビングに戻ると、昨日みたいにソファに寝転がり、クッションに顔を埋めて足をパタパタさせている少女がいた。
幸い、顔側が手前なので問題はないが、スカート姿でそんなことをしているのは如何なものだろう。
幼馴染とはいえ、もう少し警戒心があってもいいのではないか。
まあ、それだけ気を許せる仲なのだろうし、そういう関係を守りたいとも思う。
何も言わずに近寄り、頭を撫でると、小夜は僕を見上げてお腹のあたりを小突いた。
「なんだよ」
「お風呂上がったら、すぐに髪、乾かしなよ」
「いや、小夜が早く来るから準備してて……」
「言い訳はいいの」
もう一度、お腹のあたりを小突かれる。
そして、その後の小夜はいつも通りだった。
んーと伸びをして立ち上がり、野菜炒めを作るために、昨日の残りの食材や調味料を準備し始める。
隣にいても邪魔になってしまいそうだ。
諦めてリビングで過ごすことにした。
「できたよ、おまたせ」
10分も経たないうちに、小夜が野菜炒めをリビングのテーブルに並べた。
お風呂に入る前にセットして置いた炊きたての白ご飯も添えてある。非常に美味しそうだ。
「いただきまーす」
2人で手を合わせ、食卓を囲む。
本当に家族になったみたいだ。
本物の兄妹みたいというか、なんというか。
……そうだとすると、料理のできない情けない兄と世話焼きな妹という構図にはなるけど。
なんだか不服ではあるが、兄妹であるということ以外は事実なので、仕方ない。
「そういえばね、私の同級生で、親友の彼氏さん、心理学部なんだって」
野菜炒めを箸で持ち上げつつ、小夜は言う。
「大輝くんと、同じだね」
首をこてんと傾けて、小夜が優しく笑う。
「まあ、そりゃ同じ学部の子もいるだろうよ」
「いやいや、同じ学年だよ。大輝くんと同じで、今年入学みたい」
「なるほど……?となると、その二人はいつ付き合ったの?」
「高校の同級生なんだって。いいよね」
高校生とか、青春だよねと言いながら、美味しそうにご飯を食べ進めている。
「しかもね、昨日彼氏さんに早速友達ができて、学祭の実行委員にね、誘ったんだって」
「ふーん、そうなん……」
だ、と言い損ねたのは、なんだか聞いたことのある話だと思ったからだ。
もしかして友達って、本当に僕のことじゃないか?
だとすると、その「彼氏さん」は優真ということになる。
「どしたの?」
小夜が不安げに僕を見つめる。
いや、別に体調が悪いとかではないんだ。
「いや、その友達って僕のことかもなって」
「ほほう、やっぱりそうなのね」
彼女はなんだか誇らしげで、なぜか嬉しそうだ。
「私も、学祭実行委員、見学行こうかな」
それが、新たなイベントが始まる合図となった。




