幕間「筋を通せんやつは、どこいったって同じや」
その夜、エリゼは自室の窓際に座って、夜空を見ていた。
アルノルドが四人と向き合ってきた。全員が目を逸らした。しかし、全員に言葉が届いた。
(ちゃんとやれてる)
胸の中で、静かに呟いた。
それからなぜか、遠い記憶が浮かんできた。
◆◆◆
前世の話だ。
高校の頃、エリゼは地方の暴走族の頭をやっていた。怖いものなど何もなかった。
喧嘩は強かったし、仲間もいた。自分たちの掟があって、それを守ることが全てだった。
しかし長くやっていると、色々な人間を見た。
一人目は、入ってきた頃は素直だったやつだ。
真面目で、一生懸命で、先輩の言うことをよく聞いた。しかし力をつけるにつれて、変わっていった。後輩に横暴になった。気に入らないやつを理由もなく弾いた。自分が一番偉いと思い始めた。
そいつに聞いたことがある。
「お前、なんのためにここにおんねん」
「……仲間のためっすよ」
「ほんまか? 最近お前のやってること、自分のためにしか見えへんけど」
そいつは黙った。
結局、そいつは族を抜けた。抜けた先でも同じことを繰り返して、どこにも居場所がなくなったと後で聞いた。
(自分が力を持ったら横暴になるやつは、どこいったって同じや)
二人目は、掟に従わなかったやつだ。
族には族のやり方がある。筋を通す。相手に敬意を払う。自分勝手に動かない。単純なことだ。
しかしそいつはそれを「古い」と言った。自分が正しいと思ったことをやればいい、と。
そいつが動くたびに、あちこちでトラブルが起きた。その度に頭を下げて回ったのは、エリゼだった。
「なんで俺が怒られなあかんねん。俺は正しいことをしただけや」
そいつはいつもそう言った。
(自分が不利益だ、自分には力があるから優遇しろってやつは――全部、自己中や)
族のためと言いながら、全部自分のためだった。仲間の顔を見ていない。仲間の痛みを見ていない。見ているのは、いつも自分だけだった。
エリゼはしみじみと、夜空を見上げた。
レオナルドのことを思う。クラウスのことを思う。ガイウスのことを、セシルのことを思う。
悪いやつらじゃない。それはわかる。
ただ、自分の目の前にある甘い景色しか見えなくなっている。
それは前世で見てきた、横暴になったやつや、掟を破ったやつと、根っこは同じだった。
自分が見たいものだけ見て、見たくないものから目を逸らす。
(自分がやりてぇことを、相手の目を見て語れへんやつは――どこいったって中途半端になるもんや)
王太子には王太子としての役割がある。従者には従者としての筋がある。騎士には騎士としての誇りがある。聖職者には聖職者としての信仰がある。
それを自ら投げ捨てようとしている。たった一人の、甘い声に引き寄せられて。
(あかんよ、そんなんじゃ)
エリゼは窓を閉めた。
夜風が、すっと遮られた。
布団に入りながら、最後にもう一度だけ思った。
前世で見てきた、横暴になったやつも、掟を破ったやつも――誰かがちゃんと向き合って、耳の痛いことを言ってやれば、変われたかもしれない。
その時の自分には、それができなかった。
(でも今は、できる)
アルノルドがいる。
あいつが筋を通しに行った。耳の痛いことをぶつけに行った。全員の目を、正面から見た。
(よう頑張ったな、推し)
エリゼは目を閉じた。
夜が、静かに更けていった。




