第四話「国を揺るがす覚悟ありますか」
アルノルドが王太子の私室を訪ねたのは、夕刻だった。
扉を叩くと、しばらくして侍従が顔を出した。アルノルドが名を告げると、少し間があってから通された。
部屋の奥、窓際の椅子にレオナルドが座っていた。夕日を背に受けて、その横顔は絵画のように整っている。次代の王として申し分ない風格だった。
しかし今のアルノルドには、それが却って腹立たしかった。
「アルノルド。珍しいな、お前が私室まで来るとは」
「話がある。二人で話せるか」
侍従を下がらせた。扉が閉まる。
向かい合って座る。レオナルドは腕を組んで、余裕の表情を崩さなかった。
アルノルドは単刀直入に切り出した。
「レオナルド。王族が貴族の制度を無視して、己の欲望のままに動くことを良しとすれば――どうなるか、わかるか」
レオナルドの眉が、わずかに上がった。
「……何の話だ」
「答えてくれ」
少しの間があった。
「……貴族が離れる、とでも言いたいのか」
「離れるだけでは済まない」
アルノルドは、レオナルドの目を真正面から見た。
「国を二分することになる」
室内の空気が、変わった。
「王族が制度の外で動けば、貴族は王族を信じなくなる。信じなくなれば従わなくなる。従わなくなれば、それぞれが己の判断で動き始める。それがどういうことか――お前が一番よくわかっているはずだ」
「……」
「その覚悟が、あるのか」
レオナルドは何も言わなかった。
アルノルドは続けた。声は静かだ。しかし一語一語が、重い。
「陛下と王妃陛下の前に立って、目を見て報告できるか」
「……」
「あの男爵令嬢との仲を。まっすぐ、父君と母君の目を見て、話せるか」
レオナルドの指が、肘掛けの上でわずかに動いた。
「婚約者の家に赴いて、説明できるか。あの方の父君の目を見て、筋を通せるか」
「それは――」
「どちらもできないのならば。あなたのその恋心は、正しいものじゃない」
言葉が、室内に落ちた。
レオナルドは押し黙った。
アルノルドは、少し間を置いてから、また口を開いた。
今度は、声がわずかに違った。責めるのではなく、問うような声だった。
「レオナルド。お前はずっと、頑張ってきた」
レオナルドが、初めてアルノルドの顔をまともに見た。
「王太子として、この国のために。幼い頃から積み上げてきたものがある。私はそれを、ずっと隣で見てきた」
「……アルノルド」
「その全てを、自らないがしろにしていいのか」
静寂。
「そんなに脆いものだったのか。お前が積み上げてきたものは」
レオナルドの口が、開きかけて、閉じた。
アルノルドは最後に、静かに言った。
「お前の婚約者は、今もお前と共に歩むために努力している」
「……」
「それを、見ているか」
長い沈黙が落ちた。
夕日が、じりじりと沈んでいく。
レオナルドは、ゆっくりと――目を逸らした。
窓の外、暮れていく空を見ながら、唇を結んでいた。
何も言えなかった。言葉が、出てこなかった。
アルノルドは立ち上がった。
「……答えは、自分で出してくれ」
それだけ言って、静かに部屋を出た。
◆◆◆
渡り廊下の角。
夕暮れの中、エリゼが柱に背を預けて立っていた。アルノルドの顔を見て、小さく頷く。
「どやった」
「……目を逸らした」
「それでええ」
エリゼは空を見上げた。
「目を逸らすやつは、まだ良心が残っとる。開き直るよりずっとマシや」
「……」
「あとは、あいつが自分で答えを出すのを待つだけや」
アルノルドは、その横顔を見た。
夕日が当たって、少しだけ眩しそうな顔をしていた。




