表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は仁義で殴る  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/13

第五話「イエスマンなら犬でもできる」


クラウスを呼び出したのは、厩舎の裏だった。


人気がなく、静かで、余計な耳がない。アルノルドが場所を選んだのは、この話を他に聞かせるつもりがなかったからだ。

クラウスは最初、世間話のつもりで来たらしかった。いつも通りの、穏やかな表情をしていた。

王太子付きの従者として申し分ない、落ち着いた物腰だ。


しかし、アルノルドの顔を見て、少し眉を寄せた。


「……アルノルド殿。どうかされましたか」

「話がある」


アルノルドは単刀直入に、クラウスの目を見た。


「お前に聞きたい。何のために、従者になった」



 クラウスが、一瞬だけ目を瞬かせた。


「……それは、殿下にお仕えするためです」

「お仕えする、とはどういうことだ」

「殿下のご意思を尊重し、殿下のお役に立つことです」

「主人の顔色ばかり窺うのが、従者なのか」


クラウスの口が、閉じた。

アルノルドは続ける。


「言われたことだけやっていたら、楽だな」

「……」

「主が笑っていれば頷いて、主が怒れば宥めて、主が間違っていても黙って従う。それは楽だ。波風も立たない。誰にも責められない」


夕暮れの風が、厩舎の裏を通り抜けた。


「でも、それは従者じゃない」



クラウスの表情が、わずかに固まった。

アルノルドは、一歩だけ前に出た。


「クラウス。今のお前は、レオナルドを守っているつもりかもしれない」

「……はい」

「違う」


静かな、しかし揺るぎない声だった。


「レオナルドを貶めているのは、お前だ」

「っ……」

「主が間違った方向に進もうとしている。それを止めるどころか、黙って見ている。お前がそこにいることで、殿下は誰にも止められないと思っている」


 クラウスの拳が、わずかに握られた。


「主が間違った時、身を挺して止める。正気に引き戻す。それが本当の忠義じゃないのか」


しばらく沈黙が続いた。


クラウスは口を開こうとして、閉じた。何かを言いかけて、飲み込んだ。

アルノルドはその様子を見ながら、静かに続けた。


「ただ、それはお前自身が正気を保っていなければできないことだ」

「……」

「今のお前は、正気か」


クラウスが、息を呑んだ。


アルノルドは少し間を置いてから、また口を開いた。


「もう一つ聞く」


声が、低くなった。


「王太子殿下は――たかが男爵令嬢が、気軽に話しかけられる存在なのか。気軽に触れられる存在なのか」


クラウスの体が、ぴたりと止まった。


「次代の王だ。この国の頂点に立つ人間だ。その方が、身分も立場も弁えない距離感で接されることを、お前は黙って見ていたのか」

「……それは」

「殿下の品位を守るのも、従者の仕事じゃないのか」


言葉が、重く落ちた。


アルノルドは最後に、静かに言った。


「もし私の言っていることがわからないなら――お前の両親に聞いてみろ」

「……両親、に」

「従者とは何か。忠義とは何か。お前の両親なら、答えを知っているはずだ」


クラウスは、しばらく動かなかった。

やがてゆっくりと――目を逸らした。

厩舎の壁を見つめたまま、何も言えなかった。拳が、小さく握られていた。

アルノルドは何も言わずに、その場を後にした。


◆◆◆


渡り廊下の角。

またエリゼがいた。今日も柱に背を預けて、静かに立っている。


「どやった」

「目を逸らした」

「そか」


 エリゼは小さく息を吐いた。


「クラウスは真面目なやつや。真面目なやつほど、楽な道を選んだ自分に気づいた時、一番堪えるもんや」

「……」

「だから大丈夫や。あいつは自分で答えを出す」


アルノルドは、その横顔を見た。


「なぜそこまでわかる」

「……女の勘や」


 エリゼはそれだけ言って、歩き出した。

 アルノルドは思った。


 (この人は、人を見る目がある)

 それは頭脳でも政治力でもない、自分が持っていないものだと、静かに認めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ