36 一段落
目を覚ましたとき、真っ先に感じたのは暖かさと心地よい揺れだった。ゆさ、ゆさと一定の感覚で揺らされ、目覚めたばかりだと言うのに、その振動が眠気を誘う。
「お目覚めになられましたか?」
頭上からイースの声が聞こえ、やっと自分の状況を把握する。
どうやらあそこで倒れた後、イースに背負われて移動していたようだ。心地よい温かさの正体は彼女の体温だった。何人かの人影と共に、何処かへ向かっている
「おはよう…すまない。少し寝てしまったみたいだね。今、降りるよ」
正直もう少しこのまま寄りかかって眠っていたいが、彼女には魔女様と呼ばれている。
あまり情けない姿は見せるべきではない。
もう威厳などあったものでもないかもしれないが、少しでも体裁は保っておきたい。
…それに、人影の中に、こちらを睨むように見つめるクロも見えた。一緒に行動することにしたのか。今もチクチクと視線を感じる。
「だめ!魔女様辛そうだったから休んで!」
イースの隣からロンがそんな声をかけてくる。…だか、それを言うなら、今私を背負っているイースはどうなんだろう。彼女も相当辛そうにしていただろうに。
「彼女も相当疲れていたよ?」
私の返答にロンは、
「イースお姉ちゃんは、強いから!大丈夫なんだ!ね!」
と言って自信満々に胸を張るロン。イースを信じて疑っていない純粋な瞳を向ける。彼女は苦笑しながら背中にいる私に話しかける。
「そういうことですので、もう少しゆっくりなさってください。先ほどはありがとうございました!」
イースは下ろすつもりがないようだ。…正直私も疲れているので、今回はお言葉に甘えることにする。
「格好つかない姿で申し訳ないけどね。」
「そんなことありません!素敵でしたよ?あと、ずっと言おうと思ってタイミングを逃していたんですけど、お召しのお洋服も、とても可愛らしいです」
「リンの行きつけのお店を紹介してもらったんだ。中々の体験だったよ。リンは余裕そうだったけどね…リン?」
あのお店の着せ替え大会を思い出し、少し苦い気持ちになる。元凶であるリンの姿を探すが、周りに見えない。何処かへ行ったのだろうか…
「……オモイ。」
後方からか細い声が聞こえた。声の主を探すべく身体ごと後ろを向く。イースも私の身動ぎと連動するように首を動かして背後を確認する。そこには、私のカバンを背負って、はるか後方をのたのたと歩くリンが見えた。
「……やっぱり自分で歩くとするよ。ここまでありがとう。イース」
「あはは!…っと失礼しました。では…リンのことよろしくお願いしますね」
「どうして魔法は使わなかったの?」
カバンを受け取り背中に背負いながら、今も息の荒いリンに質問した。
「…魔力、私も限界だった。それで、クロが持っていこうとしたから…私が持った。」
クロの方を見ると露骨に嫌そうな顔をしてすぐに目線を逸らされた。
リンに向き直りお礼を言う。
「持ってきてくれてありがとうね」
「こちらこそ。あの鎖、アイリがいないとヤバかったから。…魔力は大丈夫そう?」
自分の身体を視る。いつもより目に見えて量は少ないが、視界のブレも、身体が不調なこともない。問題はなさそうだった。
いつもの彼女の真似をして、ブイのサインを指で送る。彼女は小さく笑って、同じようにブイサインを返しできた。
そこからはしばらく、行ったお店の話や、食べたかった串焼きのお店の話をしていた。
彼女は静かに話を聞いてくれて、串焼きは一緒に食べにいく約束もした。
話したいことが落ち着いてしばらくの沈黙の後、私はお願い事を切り出した。
「ところでさ、帰ったらお願いしたいことがあるんだけど……魔法について私に教えてくれない?」
後半は耳元で囁くように告げた。
ずっと考えていたことだ。
しかし、私は彼女に頼りすぎている。
これ以上余計な負担をかけたくなくて、ずっと言い出せずにいた。
それでも、今回の一件で強く思った。
私には魔法の知識が必要だ。
もちろん、ただ知りたいだけというのも大いにあるが。
私の存在の手がかりとして、魔女がいる。
そして、今後も魔女のフリをしておびき出そうとするような行為をしていたら、今回なんて比にならないトラブルに遭遇してもおかしくない。少しでも力をつけたいのだ。
敵も魔法を使い、私たちを攻撃してくる。少しでも知識があれば、できる戦略は広がる。そして、学んでいけば、私も魔法すぐに使えるようになるかもしれない。
つまり…
私も魔法を使ってみたいのだ!




