8話 遭遇戦
アビス探索会社パキラの社員で唯一の冒険者狼原灰は、巌窟の奥へと進む。岩肌が光苔によって淡く照らされる幻想的な光景に目を奪われる事なく、周りを警戒しながら事前に頭に入れたルートを歩く。
(納品期限が4月末で今が3月下旬だから、約1か月であの紙に書かれた奴を依頼した人達に納めないといけないんだよな…責任重大だな)
ルーキー故に未だしっかりした実感が持てず漠然とまだ見ぬモンスターの素材と採取物に戦意を高めながら進んでいくと、前方の右の曲がり道から此方に近づく音を第2位階の聴覚が捉える。
耳が捉えた音は明らかに人の足音ではない為、モンスターだと断定した灰は進むのを止め、此処で迎え討つ覚悟を固めてファイティングポーズをとる。
灰が構えて数秒後曲がり道から勢いよくモンスターが飛び出す。
飛び出して来たのは、シアンの体色をした中型犬より少し大きめなカエル型モンスターだった。
(…あの体色、シアンフロッグ、酸持ちの奴か!!)
灰は自身が5日間の勉強した中に出て来たモンスターの中で身体の特徴から、口や舌に纏わせた酸性の粘液で攻撃してくる厄介な奴だと断定する。
シアンフロッグも灰を視認しお互い向き直る。先手を取ったのは、シアンフロッグだった顎下を膨らませ素早く酸性の粘液を飛ばす。
常人なら避けることも出来ずに全身の皮膚が爛れて大変な事になるが、灰は即座に飛んで来る酸性の粘液を横に姿勢を低くして走り抜けて躱わすと、全力疾走で間合いを詰め右拳に力を入れる。
「うらぁ!!」「ゲェロォ!!」
灰の放ったボディーブローがシアンフロッグの内臓を潰し岩壁まで吹き飛ばす。
殴り飛ばされたシアンフロッグは岩壁に激突すると生命活動が止まり身体が崩れ始めエーテルへと還っていく。
「うげぇカエルの内臓潰す感触って気持ち悪る!!…でも俺戦えるな。これが第2位階の力か、」
灰は、殴った右手を眺めながらグロー越しに伝わった感触に嫌悪感を抱きつつも初めての実戦を怪我や道具の損耗なく切り抜けられた事に手応えを感じる。
それもそのはず、この巌窟エリアは地上に接いる浅層の為、アビス内では比較的エーテル濃度が薄く危険度も低い深度1エリアだ。
だが1番危険度が低くとも厄介なモンスターは多く、迷路の様に入り組んだこの巌窟の地形に、毎年多くのルーキー達がこのエリアでアビスの洗礼を経験する事となるのだが、そのルーキーの中に灰にも当てはまるかと言われればそうでは無かった。要因はただ1つ肉体の位階が上がったからだ。
彼の身体能力は、変革の時以前で当てはめると中学男子の平均より上程度から世界トップアスリートクラスの身体能力へと劇的な進化遂げている為、ゲームの様な肉体レベルの差でゴリ押しというのを可能としているのだ。
「今度は酸吐かれる前に殴り飛ばそ」
何もさせずに倒すというシンプルな目標を設定し先程より軽い足取りで再び探索を再開する。だが此処はアビス、いつも1対1で戦わせてくれる訳ではない事をすぐさま教えてくる。
灰が探索を再開して数分後、狭い通路から少し開けた小ルームの様な場所で再びシアンフロッグと遭遇するが問題はその数3匹、どの個体も既に灰を補足しており獲物として見定めている。
「まじかよ」(逃げるか?いや、あいつら弱いし死角からの攻撃と囲まれないように動ければいけるか?なら1匹づつ近いのからいくか)
灰は戦うか逃げるか一瞬逡巡するが、先程戦った手応えから戦う事を決めると、1番手前にいる個体目掛けて身体を加速させる。
狙われたシアンフロッグは口を膨らませて酸を溜めているが、既に灰に間合いを詰められ迎撃の酸を浴びせる前に蹴り上げられ絶命する。
「よし、ってやば?!」
早速3匹の内の1匹倒して小さく声を漏らすが、蹴り上げた間に残り2匹のシアンフロッグは酸性の粘液を発射可能にしており、灰は顔を青くし焦りの表情を浮かべる。
慌てて移動しようとするが時既に遅く2匹のシアンフロッグの口から放たれた酸液は第2位階の身体能力を持ってしても逃れることが出来ず酸液を浴びる。
「ぐあぁぁ、いてぇぇぇなこのヤロォォ」
「「ゲェ?!」」
腕をクロスし頭と顔を守るポーズをとりながら身体を酸液で濡らす灰は怒りの声を上げる。
シアンフロッグは自身の酸を生身で食らって尚痛いで済ませ、戦意を高める灰を見て灰を見る目が獲物から化け物へと変わる。
「うらぁぁぁぁ」
灰の怒りに任せて振るわれる拳が、2匹目のシアンフロッグに叩き込まれる。確かな手応えから血を吐きながら吹っ飛ぶシアンフロッグを視線から視線を切り、3匹目へと向かう。
3匹目は酸液を溜める時間がない事を悟り灰の顔面目掛けて舌で反撃に出るが、灰は真っ直ぐ伸びてくる舌を首を傾けて躱すとそのまま掴み引き寄せて殴り飛ばす。3匹目は「ゲェロォ?!」と悲鳴をあげてた後絶命し身体が崩れていく。
「危なかったー」灰は今回の戦いをその一言で総評しながらエーテルに還っていく強敵を見ながら座り込みホッと一息つく。
実際これが位階の上がってない第1位階なら酸液に耐性がある服で全身を守らない限り大怪我を負っていただろう。だが、灰の肉体は第2位階で喜一郎の武器屋でアビス産の素材で造られた浅層での探索を想定した戦闘服を着ていた。その為比較的軽傷で済んだのだ。
(服の下は火傷したみたいになってるけど大丈夫そうだな。今度からは、多対一の場合の立ち回りと戦闘の組み立てを考える必要があるな。いつまでも身体能力に頼った戦い方じゃダメだ。もっと考えて動かねぇと)
服の下は火傷した時みたく少しヒリヒリするが、探索が続けられない程じゃないと判断した灰は、反省もそこそこに探索を続けよう立ち上がる。
「ん、2匹目まだ生きてるのか」
2匹目が飛んでいった場所にまだ特徴的なシアンの色が見える為、辛うじて息が有るのかと灰が近づくと
瀕死のシアンフロッグの姿はなく、シアン色の皮が落ちているのを見つける。
「はぁ、これを後200個かー」
初めて手に入れたモンスタードロップを手に入れた灰から最初に出た言葉は、絶望感を漂わせるしんどそうな声だった。




