間話2 受験生
「プハー終わったー!!」
ゴールデンウィークも残すところ一日、宿題を全てやり終えたカイ。彼は、息を吐きながら長い勉強時間で凝り固まった身体を伸ばしていた。
遊びたい盛りの若者の難敵を片付けた彼の顔は、実に晴れやかな物であった。
「お疲れ様ー」
カイが喜びを噛み締めていると、胡桃が労いの言葉を掛けながらインスタントのミルク入りコーヒーをカイの机に置く。
「ありがとう」
「フフ、どういたしましてー」
「それにしても長時間よく頑張ったなー。俺がお前ぐらいの頃は座ってるだけで蕁麻疹がで出たよ」
「どんだけ勉強嫌いだったんだよ?!」
一体何がそこまでお前を勉強嫌いにさせていたんだよと軽く引きつつカイは入れてもらったコーヒーを飲む。
カフェインとミルク、砂糖が勉強疲れのカイの頭に良く回る。
「んー美味しい」
「良かったー。今度はブラックに挑戦してみる?」
「いやいや、森下さんオムライス好きの子供舌のカイにはまだ無理ですよ」
「なにお?!」
「フフ、それもそうね」
「胡桃さんまで?!」
カイが子供舌だと断定され、膨れっ面を浮かべていると、ふと何を思い出したのかハジメが疑問を投げかける。
「話は変わるけどよ。カイ、お前進路はどうするんだ?もう5月だ、行きたい学校のリストアップぐらいしてるだろ?」
「あーそれ、私も気になってたー、カイ君勉強はよくしてるけど。高校調べたりしてるとこ見たこと無いし」
「あー、進路ね…」
カイは、進路の話は言いづらい事があるのか何か迷った素振りをする。
「なんだ?まさかまだ取り組んで無いのか?おいおい受験生そんなんで大丈夫か?」
「そうだよ。5月だからって油断してると、夏の学校説明会巡るのたいへんだよー」
カイの曖昧な返答に、大人組はまだ取り組んで無い子供を諭す様に己の経験則を語り始める。しかし、2人の愛ある忠告を受けるカイは何か言いたげな微妙な表情を浮かべていた。
「いや、まぁ2人が言いたい事は分かるんだけど、そうじゃなくてさ」
「「?」」
「そもそも俺って高校行っていいの?」
「「あ?」」
そもそもの話カイと凛の契約では、衣食住を保証し保護者になる代わりに働けと言う内容だ。
ぶっちゃた話しだが、凛が会社の利益だけを追求する選択をするならば、カイが高校に通う為に必要な費用と時間をアビス探索に費やさせた方が何倍も利益がでるのだ。
そこに思い立った2人の顔は動揺しまくりの変な顔だった。
「だ、だ、大丈夫だよー社長は、そ、損得勘定だけで動く人じゃ無いはず…だよ!!」
「そ、そうだぜ。起業仕立てでスッゲー赤字だけど、そんな華の高校生活を捨ててお前にアビスに潜れなんて言う人じゃ…ないはず…だ!!」
断言するのに随分苦心していた2人を見たカイは、遠い目をしながらも自分の懸念があながち間違いでない事を確信した。
そんな何処か諦めた遠い目をするカイに胡桃とハジメは、弟分を奮い立たせる為にと含蓄ある言葉を投げ掛ける。
「ま、まぁ、先ずはぶつかってみないとな。黙ってるだけじゃ、相手には伝わらないし、説得するにも時間が掛かるもんだ」
「そうそう、それに受験期必ずピリついて絡んで来る保護者を説き伏せるのも受験生の宿命だよ!!私も説得手伝うし頑張ろ!!」
「ふ、2人共…」
凛を出汁にして3人の絆を深めていると、狙い澄ました様に玄関からドアが開く音がする。帰って来たのだあの暴虐の女王が。
先程迄暗に冷徹女と罵っていた3人は、同時に息を呑む。
洗面所からうがいの音が聞こえ、思いを打ち明ける時間が、徐々に迫りつつある事にカイは冷や汗をかき始める。
(まぁ、凛も鬼じゃないし、良いやつか悪いやつの2択なら、まぁ良いやつだろう。きっと大丈夫だ)
「お、おかえりー」
「しゃ、社長お疲れ様です」
「大学お疲れ様です。お茶淹れますね!!」
オフィスに戻った凛にカイ、ハジメ、胡桃の順で各々労いの言葉を掛ける。この時3人の考えは一致していた。
先ずは会話のジャブがてらこの挨拶から話を繋げる。そして、彼女を上機嫌になるまで褒めちぎりカイが進学したいと言い出し易い場の空気を整える。だが現実はいつも上手くいかないのが常である。
帰ってきた彼女から3人は、何故かいつも纏っているカリスマ的な覇気はではなく、雷を内包した雨雲の様な印象を受ける。
「…ああ…ありがとう」
(((なんか機嫌悪くない?)))
大学の講義を終えて帰って来た彼女の露骨な不機嫌な様子に思わず視線を合わした3人は、一時給湯室兼キッチンに集合する。
「どうします?」
「俺が妹の機嫌を直す時は、取り敢えず愚痴を聞いてやるかな」
「やっぱストレス発散させるしか無のか」
(((やだなー)))
女性のストレス発散の1つとして、TPOに即した方法として愚痴を吐き出させるという方法がある。今回はこれで行こうと3人の考えは纏まったが、問題があ1つある。誰が面倒な聞き役なるかだ。キッチンに緊張が走る。
「正直俺はあの人の愚痴を聞ける様な中じゃない気がするんだ」
ハジメの言い訳は納得であり、未だ入社して1番日の浅い彼に頼むのは違うと納得したカイは今度は自然と胡桃の方を見る。
「私は、付き合いは長いけど正直この場では愚痴は聞けないの」
「えっなんでですか?」
「女子同士の愚痴はやばいよ」
ハジメの疑問に神妙な顔で答えた彼女の言葉には妙な説得力があり、男2人はこれ以上の追求をする事は出来なかった。
「じゃあ…自分の為だし…俺がいくよ」
「頑張れ!!」
「フォローは、任せてー」
(大人ってずるいな)カイと2人の心の距離が若干離れた。
数分後お茶を入れた急須と湯呑みをお盆に乗せたカイが凛の座る席の前に立つ。
「これ、お茶」
「ん、ありがとう」
形の良い眉を顰めるながらお礼を言う彼女を見てカイは、かなりの鬱憤が溜まっている事を察する。カイは、溜め息を吐くのを我慢して愚痴引き出しに掛かる。
「なんかあったのか?」
「急だな、どうした?」
「いや、この前話聞いてもらったし、俺も愚痴ぐらい聞いてやろうかなって…」
「ほう…まぁ良いだろう。此処では2人の仕事の邪魔だし白馬に行くぞ」
「へいへい」
((が、頑張れー))
数十分後、
凛と相席しているカイの表情は、ブラックコーヒーを飲んだわけでも無いのにも関わらず渋面を作っていた。
「い、嫌すぎる」
「だろ?もう何度も断ってるのにアイツらと来たらサークルやら飲みに行こうやら、しつこいったらない!!なのに何がお高く止まっているだ!!あのアマ共ぉー?!あっ、マスターコーヒーお代わり!!」
凛がイラついていた理由は、華の大学生となった事ではっちゃけた男達によるしつこいお誘いと女性達の妬み嫉みだった。
カイは凛の怒声を物ともせず、コーヒーを入れるマスターに畏敬の念を抱く。そして、時には肯定するなどして溜まった鬱憤を吐き出させていくのだった。
「聞いてくれてありがとうな!!なんかスッキリしたぞ」
その後白馬に備え付けられた時計の長針が丁度1回転した頃。凛の溜飲は下り、いつもの実に晴れやかな表情を浮かべている。
「そ、そうか、それならよかった」
しかし、凛とは対象に愚痴を聞き続けたカイは、気持ち少しだけ頬がこけた感じのげっそりした雰囲気を醸し出す。
「…人生の夏休みとか言われてるけど大学生も大変なんだな」
「全くだ…自由度が高くなった分人間関係が面倒でな。まぁ、お前もいずれ通る道だし覚悟しておく事だ。」
「ああ、そうするよ…って?!」
「うわっ、どうした?」
凛の暗に大学行っても良いと言われたと解釈したカイは驚きのあまり思わず席を立ち上がり、彼女の顔をまじまじと凝視する。
「…俺、進学していいのか?」
「何を当たり前の事を…まさかお前らそれでさっきからコソコソしていたのか?」
(バレたー)
1を知り10を知る彼女は一瞬で今日の社員達の態度の理由を理解する。凛は長い溜め息を吐いた後極めて心外だと前置きして高校進学について話し始める。
「お前の面倒を見ると決めたとき、使い物にならなくとも高校卒業迄は面倒見ると決めていた。それに私はお前が考えている程合理的な人間じゃないんだよ」
「合理的?」
「そうだ。私は損得勘定で選択して生きているが、時には感情に任せて不合理な行動をすると言う事だ」
「?」
「生きてればそのうちお前にもわかるよ」
何処か優しげな顔をした凛はカイの頭をわしゃわしゃした後、伝票を持ってレジに向かって行く。
(相変わらず意味わからん奴だな…フッ勉強頑張らないとな)
今のカイでは、凛の言葉の意味を十全に汲み取る事は出来なかったが、その背中に一先ず付いてくのだった。




