第6話 から揚げ争奪戦
理屈はわからんでもない。
要するに、俺みたいな問題児と高嶺の花が付き合っていれば、もうそいつは高嶺の花扱いされなくなるというわけだろう。イメージの失墜は免れないからな。
だが、それはあまりにも身勝手が過ぎるというものだ。
誰と誰が付き合うかなんてことは本人たちの自由だ。たかが生徒会長にどうこう言われる筋合いなんかない。それに朱美にだって男を選ぶ権利は当然ある。やけに人気を集めてしまったせいで苦労している様子ではあったが、それを解決するために好きでもない男と交際しなければならないのでは本末転倒だ。
「そもそも頭おかしいんだよな。なんだよ特異属性って」
選挙で生徒会長に選ばれている以上、猿投先輩はそれなりにまともで優秀な人間であるはずなのだが、なぜあんなことになってしまっているのか。
ひょっとして生徒会長という役職は莫大なストレスがかかるんだろうか。多忙を極めたせいで妄言を吐くようになってしまったのでは?
もしそうなら、今後あの生徒会長に嫌われようとするのは止めてあげた方がいいかもしれない。これ以上ストレスをかけたら、いよいよ何をしでかすかわからない。
「はぁ……しばらくは大人しくしていた方がいいかもなぁ……」
月曜日の昼休み、裏庭のベンチにて。
俺は土曜の出来事を思い返しながら購買で買った焼きそばパンを齧っていた。
ここは静かでいい。校舎内はどこもかしこも動物園のように騒ぎ立てるやつか、席に座って異様な殺気を放ちながら参考書に向かっているやつばかりで居心地が悪いが、ここにはそのどちらもいない。いるのは心地よい声で鳴く小鳥くらいなものだ。
「────あら、秀児」
一人でいられる空間の素晴らしさを全身で享受していたところ、視界の端からひょっこりと見慣れた顔が現れた。
「こんなところで何をしてるの?」
「朱美……」
彼女の顔を見ると、猿投先輩から言われたことをまた思い出す。
俺と朱美が付き合う……か。もしかしてあの人は、俺たちが昔からの付き合いだと聞いて何か勘違いしたのかもしれない。
だが、俺は一人で生きていくと決めているし、朱美だってそんな俺のことを好きになるわけもない。だから俺たちが特別な関係になることなんて有り得ない。
したがって、朱美のことを妙に意識する必要もないんだ。平常心、平常心。俺は彼女に対し、いつも通り雑談をすればいい。
「何って、見てわかるだろ。飯を食ってんだよ」
視線を逸らしつつ、努めてそっけなく答える。
「ふうん」
朱美は手に弁当が入っているであろう包みを持っていた。
そして俺をベンチの端に押し込めると、当たり前のように隣に座る。
「なんでここに来るんだよ。隣のベンチも空いてるぞ」
「そっちは鳥のフンがついてたから」
「……そうだったか?」
「教室は騒がしくて、静かにご飯を食べられる場所を探していたの。いいでしょ?」
俺に確認を取る姿勢を見せておきながら、俺が何か言う前に弁当箱を開け始める。相変わらずマイペースな奴だ。
「欲しかったら何かおかずあげようか?」
「いらない」
「パンだけじゃ栄養が偏るでしょう?」
「焼きそばパンは肉も野菜も炭水化物も入った完璧なメニューなんだよ」
「せっかく早起きしてから揚げ作ってきたのに?」
「それを早く言え、から揚げだったら食べるに決まってるだろ」
「だよね、男の子は皆から揚げが大好きだもんね」
朱美の弁当箱を覗いてみる。
なんと驚くべきことに、端から端までビッチリと茶色のから揚げで埋まっていた。
「……おい、お前これで人に栄養バランスを説いたのか?」
「だってお肉たくさん食べたいでしょ?」
「ま、まあ、子どもの頃に一度は憧れる弁当ではあるが……まさか本当に実行するやつがいるとは」
両親がまだ家にいた頃、家族でピクニックなんかに行くと、弁当に必ずから揚げが入っていたような記憶が薄っすらとある。
たくさん欲しいと言って父さんの分まで食べてしまい、それでも足りないと喚き散らしたものだ。
ミニトマトやらアスパラのベーコン巻きなんかはやめて、弁当箱の中身を全てから揚げにしてくれと母さんに頼んだこともあったようななかったような。
しかしあれから時を経て、いざこうして食い切れないほどの量のから揚げを目の当たりにすると、何とも言えない気分になる。
何というか……アレだな。やっぱり、彩りって大事なんだな。主役だけで映画は成り立たないというか、一等星だけで星空は映えないというか……何事にも程度ってものがあるよな……うん。
「おっと、まだよ! から揚げはまだ完成していないわ!」
俺がから揚げを一つ摘まもうとすると、朱美はすかさずマヨネーズを取り出した。そして躊躇することなくから揚げの上にぶちまけていく。
「から揚げといえばマヨよ。これで初めてから揚げはから揚げとしてこの世界に生まれ落ちることができるの」
弁当箱はあっという間にマヨネーズで埋め尽くされ、その下に何があったのかすらわからなくなってしまった。
「お前は相変わらず……こういうところ極端だよな」
「好きなものにはとことんこだわるタイプだから。常識とか、周りの目とか、そんなものは好きって感情に比べれば些細な問題よ」
朱美はマヨネーズの海に箸を突っ込み、から揚げを引っ張り上げて頬張る。その豪快な食べっぷりは、クラスで高嶺の花扱いされている時とはまるで別人だ。
「けど、秀児はもうちょっと常識とか周りの目に囚われた方がいいと思うわ。最近は流石に悪目立ちし過ぎよ?」
「……ほっとけ。いいんだよ、悪目立ちし過ぎるくらいで」
「良くないわよ。私は秀児が嫌われてるのを見ると悲しいもの」
「なんでだよ。俺がどれだけ嫌われようと、お前には関係ないだろ?」
「……ふぅん、そんなことを言うのね」
隣に座る朱美が、尻をスライドさせてぴたりと密着してきた。
「…………え」
さらに、撫でるようにして太ももに手まで乗せてくる。
「ちょっ……」
そのまま今度は耳元に口を近づけ、フッと息を吹きかけてきた。生暖かい風が至近距離から顔に当てられ、全身の毛がゾワゾワと逆立つ。
「だああああああっ⁉」
俺はたまらず顔を背け、ベンチの端に身を乗り出すようにして逃げた。耳を抑えて朱美を見ると、彼女は満足げにしたり顔を浮かべている。
「な、なにすんだよ!」
「別に何も。ただの嫌がらせよ。私のこと、嫌いになった?」
「いや……俺は人から嫌われたいってだけで、自分からはそう簡単に人のことを嫌いになったりしない」
「ならよかった」
朱美とは長い付き合いだが、たまに何を考えているのかわからない時がある。そもそも他人の内心などわかるわけもないが、彼女の場合はさらに輪をかけてわからない。
朱美のことを中途半端に知っているからこそ、余計にそう思うのだろう。他人のことなんて、知らない方がいいことの方が多いんだ。
「それよりほら、あーんして」
彼女は箸でから揚げを掴み、俺の口の前まで持ってくる。
「あーんてお前、付き合いたてのカップルじゃあるまいし……自分で食べるよ」
「箸は一膳しかないわよ?」
「……じゃあ手で食べる」
「マヨネーズでベタベタなのに?」
そう言われると、あまり素手で触りたくなくなってくる。俺は決して潔癖症ではないと思うが、全くの無頓着というわけでもない。
「ああ、そうだ。いいこと思いついたわ」
そう言うと彼女は掴んでいたから揚げを口に咥え、そのまま顔を近づけてきた。
「ふひふふひほ」
そのまま躊躇うこともなく接近し、口同士が触れ合いそうになる。
「なっ……ちょ……待て待て待て!」
その直前で、俺は慌てて飛び退いた。
「……あら、あーんが嫌なら口移ししてあげようと思ったのに」
朱美は残念そうにから揚げを口に入れ、咀嚼しながらそう呟く。
「余計に食い辛いわ! ペンギンかよお前! あのまま俺が避けなかったらどうするつもりだったんだよ!」
「そのまま口移しするわよ。から揚げを挟んでキスするの」
「本気で?」
「……いや、流石にその直前で引っ込めたわよ。私だってファーストキスがから揚げの口移しはちょっとアレだし」
しかも相手が俺で、そのから揚げはマヨネーズ塗れなんだから、ちょっとどころじゃなくアレだと思うけどな。
「少し悪ふざけが過ぎたわね。そういえば、ちゃんと割り箸を用意して……」
何か言いかけた朱美だったが、俺の背後に何かを見つけると、すぐさま弁当箱をしまいベンチの後ろに隠れてしまった。
「……ん?」
振り向いてみると、吉山をはじめとするクラスの男子が数名こっちに来ていた。
「────おい、切畑! 新宮さん見なかったか⁉」
息を切らし、吉山が俺を問い詰めてくる。
「……いいや、見てないな。何かあったのか?」
見たか見ていないかで言えば当然見たが、咄嗟に隠れた朱美を差し出すほど俺も察しの悪い男ではない。何か事情があるのだろう。
「何かあったというわけじゃないんだが……今日は昼食を新宮さんとご一緒しようと思っていたんだ」
「おい吉山! お前約束したわけでもないのに抜け駆けすんなよ⁉ お前が新宮さんと一緒に昼飯を食えるなら、俺だって食えるはずだろ⁉」
「そうだそうだ! 俺たちにだってチャンスはあるはずだ!」
「ばっ……君らはすっこんでろ! こういうのは一対一だからいいんだろう⁉ 君らが同席してたらいつもと変わらんじゃないか‼」
なるほどなるほど、誰が朱美と一緒に飯を食うかで揉めていると。
何とも馬鹿らしい争いだな。朱美はそれに付き合い切れず、逃げてきたというわけか。
「お前らなぁ、一番大事なのは朱美本人の気持ちだろ。あいつはなんて言ってんだよ」
「昼食は秀児と食べるから、と言って姿を消したんだ」
「ん……?」
「だから、君なら知ってると思って探してたんだよ。おい、知ってるんだろう? 新宮さんはどこへ行ったんだ? というか、なんで新宮さんは君を指名してるんだよ! これが幼馴染の特権なのか⁉」
これはまた面倒なことになったな。まさか俺を隠れ蓑に使いやがるとは。もしかしてさっきのから揚げはそのお詫びのつもりだったのか?
「クソ、羨ましい! 言っておくがな! 新宮さんは君のことなんか全然何とも思ってないからな! 一番付き合いの長い知り合いが君だから、そうやって時々名前を出してもらえるだけなんだ! 勘違いするなよ!」
勘違いするなって……そのフレーズ、ツンデレヒロイン以外が使うことあんのかよ。
「それ以前に、新宮さんを堂々と下の名前で呼び捨てにするんじゃない! せめて朱美様とお呼びしろ!」
「どこのお嬢様だよ」
「知らないのか⁉ 新宮さんは新宮建設のお嬢様だろう!」
こいつ、よく知ってるなぁ。新宮建設って昔はそこそこ有名だったけど、今じゃ地元の小さな建設会社に過ぎない思うんだが。やっぱこいつストーカーだろ。
「何なら僕たちも新宮様と呼ぶべきかもしれん」
「確かにそうだ。新宮さんだなんて恐れ多い」
「そう考えると、一緒にご飯を食べようなんて烏滸がましいんじゃないかと思えてきた」
ゴチャゴチャと騒がしいやつらだな。もういい加減に帰ってくれないか。この裏庭のベンチは静かであることが一番の利点なのに、それが台無しだ。
「わかったわかった。仕方ない、白状するよ」
俺が両手を上げると、群がった男子どもの視線が一挙に集まる。
「朱美とは屋上で一緒に昼飯を食う約束をしてたんだ。俺はお前らが来るまでそれをすっかり忘れてた。だから多分、まだ屋上で待ってるんじゃないか?」
「何を言ってる。屋上は立ち入り禁止だろう」
「でも風通しがよくて結構気持ちいいぞ。俺はちょくちょく使ってる」
「なっ……君はまさか、新宮様にまで校則違反を強いるつもりか! 許せん、この外道め! 今すぐに屋上へ行って連れ戻さなくては!」
「おい、待て吉山! 委員長だからって調子に乗ってんじゃねぇ! そんな格好いい役目、お前に任せておけるか!」
とか何とか騒ぎながら、集団はドタドタと屋上へ駆けて行った。
あいつらが去ると一転、この場所は静かになる。
やはり飯を食う時は落ち着いた雰囲気が一番だな。
「行った?」
ベンチの陰から、朱美が顔を覗かせる。
「お嬢様を狙う男たちなら屋上へ行ったぞ」
「お嬢様はやめて。小学生の時、それで揶揄われたのを思い出すから」
「そんなことあったのか?」
「……もう気にしてないけど」
朱美は改めてベンチに座り、弁当箱を開ける。
「またすぐに戻って来ると思うぞ。逃げた方がいいんじゃないか?」
「いいえ、私はここにいるわ」
「そうか」
「うん」
会話が途切れ、場に沈黙が漂う。と言っても、別に俺たちは今さらそれを気まずく感じるような関係でもない。俺は朱美の隣に改めて座ると、焼きそばパンを齧る。
「こっち向いて」
「ん?」
次の一口を齧ろうとした瞬間、朱美に声をかけられる。反射的に首を横に向けると、待ってましたと言わんばかりにから揚げが口の中へ放り込まれた。
「うぉうっ」
突然のことで、変な呻き声を出してしまった。
口の中で舌を動かすと、冷めてしまってはいるが旨味の詰まった鶏肉がその存在をアピールしてくる。
「美味しい?」
首を傾げ、まっすぐな目で尋ねてくる朱美。俺はなぜかその目を直視できず、正面に向き直りながら答えた。
「……マヨネーズの味しかしない」




