第4話 居留守を使おう
翌日は土曜日だった。当然学校は休みなわけだ。
部活に所属しておらず、また休日を共に過ごすような間柄の人間もいない俺は、特に予定もなくこの日を迎えていた。
しかし、予定がないというのは決して悪いことではない。むしろ何もせず、家でゴロゴロするというのも立派な予定の一つであると言える。
今日は姉さんもどこかへ出かけるようだし、家で一日ゆっくり過ごすことにしよう。まだ読んでいないマンガや、買ったはいいが手をつけていないゲームがたくさんあるんだ。それらをまとめて消費し、有意義な一日としようじゃないか。
……そう思っていたのだが、どうも心当たりのない来客が来てしまった。
リビングにマンガとゲームソフトを並べ、テーブルの上にジュースと大皿に移したポテトチップスを用意し、絶妙な体勢でくつろげるようクッションまで設置したタイミングでピンポーンとインターホンが鳴る。
「…………」
少しばかりの逡巡の後、多分無視しても問題ないだろうと判断し、クッションの上で寝転がる。
「ま、放っておけば勝手に帰るだろ」
ピンポーンピンポーンピンポーン。
「さて、まずはこのマンガから……」
ピンポーンピンポーンピンポーン。
「やっぱりこっちのゲームを……」
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。
「ぎゃああああああああうるさああああああああ‼」
たまらずリビングから飛び出し、玄関へ直行する。
「うるっせぇぞボケ‼ こっちが居留守使ってんのがわかんねぇのか⁉」
蹴破るような勢いで扉を開け、頭の血管がブチ切れそうになる勢いで怒鳴り散らす。しかしそこには誰もいなかった。
「────こんにちは」
声を聞き、視線を下に落とすと、そこには生徒会書記の合歓木実里が立っていた。あまりに小柄なので気づかなかった。あれだけアホみたいにインターホンを連打していたくせに、彼女は全くの真顔だった。何一つ感情が読み取れない完全な無表情で、キレてたこっちの方がおかしいんじゃないかと思わされるくらい落ち着き払っていた。
「……なぜここに?」
「昨日は生徒会室へ来てくれませんでしたね? なのでこうして呼びに来ました」
「ぎくっ」
我ながらとんでもなくベタなリアクションを取ってしまった。後日お説教を食らうことくらいは想定していたが、まさか家に直接現れるなんて。
「……ところで、俺の住所をどこで?」
「生徒会には生徒の個人情報にアクセスする権限があるので」
合歓木先輩はシレッとそんなことを言う。
……おかしいな。生徒会なんてものはただ学校側が生徒に権力者ごっこをさせるために作ったお遊び集団だと思ってたんだが、なんでそんな権限があるんだ。
「切畑秀児君、今すぐ生徒会室まで来てください」
「……今すぐ? マジで?」
「はい、可及的速やかに」
「ちょ、ちょっと待って。今日は土曜ですよ? 休日ですよ?」
「はい」
「土曜にわざわざ俺の家を調べて、生徒会室まで来いって言いに来たんですか?」
「電話だと無視されるだけだと思ったので」
「ま、まあ、それは否定できないけど、何か用事があるならこの場で言ってくださいよ」
「私の口からは何も。生徒会室で生徒会長がお待ちです」
「マジかよ。冗談でしょ? なんでわざわざ休みの日に学校なんか行かなきゃいけないんですか」
「だから昨日お呼びしたのに」
そう言われると反論の余地がない。呼び出しを受けておきながら、勝手にそれを無視したのは俺の落ち度だ。その責任を取るため、休日に呼び出されるというのは妥当な処遇だと認めざるを得ない。わざわざ迎えに来てくれるあたりむしろ優しいくらいだ。
「じゃ、じゃあせめて、用件を教えてくださいよ」
「詳しい話は生徒会長から直接聞いてください。私はただの使いですから」
「なんで俺が生徒会長様直々に呼び出されなきゃならないんですか? 説教なら月曜でもいいでしょ?」
「いえ、お説教ではありません。あなたは色々と校内で問題を起こしているようですが、それとは関係がありません。一刻も早く解決しなければならない問題があり、そのためにあなたの力を貸してほしいのです」
「俺の力を……?」
なんだか妙な話になってきたな。俺の力ってなんだよ。少年マンガじゃあるまいし、俺に特別な力なんか宿ってないぞ。
「あの、意味がわからないんですけど、俺以外の誰かじゃ駄目なんですか?」
「駄目です」
「……現実的に考えて、俺じゃなきゃできないことなんてないと思いますけどね。ましてや生徒会長様から直接指名されるようなことなんて」
「現実的に考えればそうでしょう。ただ、今回のお願いは少々非現実的なので」
聞けば聞くほど意味がわからない。こんなの普通なら変な宗教とか詐欺の類だと思ってすぐに切り上げるところだが、よりにもよって相手はうちの生徒会だ。
ある意味それなりに保証された身分の人間であるわけで、そんな奴がわざわざ家に直接訪ねてきているとなると無下にもしづらい。
しかし、それを踏まえてもやはり胡散臭い話だ。せっかくの休日を使ってまで付き合う価値のある事柄だとは思えない。
「あ~悪いけど、俺今日忙しいんで。すいませんがこれで」
相手の反応を伺うこともなく、扉を閉めてリビングに戻る。
「やれやれ、まさか直接家に来るとはな。何の用か知らないけど、あんま学校と家が近いってのも考えものだな」
俺は再びクッションの上に頭を乗せて寝転がり、マンガに手を伸ばす。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピピピピンポーンピピピンポーン。
「……………………あいつ、真面目な顔してやってることヤバすぎだろ」
どうやら俺に断るという選択肢はないらしい。ウンザリする気持ちをどうにかこうにか噛み殺しながら、俺は仕方なく制服に着替えることにした。




