第34話 新学期
それから夏休みが明け、九月になった。長期休み明けというのは実に憂鬱だ。長かった休みも振り返ってみればあっという間で、なんだか騙されたような気分になる。
「おい、切畑!」
教室に入るなり、大声を張り上げながら突撃してくるのは吉山だ。
「どうした朝っぱらから。まずは挨拶だろ。おはよう」
「お、おはよう……じゃなくて! おい、君だろ⁉ 僕が買った花火を夏祭りで打ち上げたのは!」
「ああ、買い出しの時に買ったやつだろ? 打ち上げたぞ」
「どうして勝手に打ち上げるんだよ⁉」
「どうしてって、買ったのに打ち上げなかったらもったいないだろ」
「まさか夏祭りで打ち上げるとは思わないだろう⁉ あれは買い出しの時に買ったとはいえ個人的な買い物だったんだ。夏休みの終盤に、君の宿題の進捗を確認がてら、ちょっと一緒に花火でもしようと思って用意したのに! 気づいたら無くなってたんだぞ⁉」
「そんなことを企画してくれていたのか……それは悪かったな。ちなみに宿題は何一つやっていない。というか全部燃やした」
「燃やした⁉」
「綺麗な花火だったよ」
「くだらんことを言ってる場合か⁉」
休み明けで皆気分が沈んでいるというのに、こいつだけはやたらと元気だ。流石は優等生と言うべきかな。学校を愛し、学校に愛されているのかもしれない。
「祭りの最中に花火を上げたこと……ちょっと問題になってるんだぞ? もしアレを買ったのが僕だとバレたら一大事じゃないか」
「別にバレないだろ。そんなもん」
「いやいや、余った予算で買ったから領収書にも載ってるし、ずっと学校の倉庫に保管していたから見た人だっているかもしれないし……」
なるほど、俺にとってはちょっと説教を食らうかもしれないという程度の問題だが、優等生からすれば出世コースから外れるかもしれない一大事というわけか。これだけ焦るのも頷ける。
「大丈夫だよ。万が一バレても、その時は生徒会長がなんとかしてくれる」
「……なんで生徒会長が出てくるんだ?」
「そもそもアレを実際に打ち上げたのは生徒会長だからな」
「そんなバレバレな嘘を吐くなよ。生徒会長がそんなことするはずないじゃないか」
なぜだ。俺のことは顔を見て一番に疑ってきたというのに、生徒会長には全幅の信頼を寄せるとは。これが人徳の差というやつなのか。
「とにかく、君は反省すべきだ。罰として、昼休みに仕事を手伝ってもらうぞ」
「……新学期初日から? 冗談だろ?」
「僕が冗談なんか言うはずないだろう。本気も本気だ」
確かに吉山の目は本気だと言っている。瞳の中に炎が見えるくらいだ。
「仕方ないな……まあ、俺が悪いのは事実だしな。少しくらいなら……」
「────駄目よ。秀児には昼休み、私のお弁当を食べてもらうんだから」
突然背後から現れた朱美が俺の肩を叩き、吉山から剥がすように引き寄せる。
「新宮さん? ああ……そういえば、二人はそういう関係だったな……」
吉山は俺と朱美を顔を交互に見て、気まずそうに口角を下げる。
どうやら俺たちのことは相当噂になっているようだ。
そりゃそうだよな。あれだけ人が集まっているところでお姫様抱っこして、さらにキスまでしてしまったんだ。それが狙いだったとはいえ少しばかり悪目立ちし過ぎた気もする。
「あら、吉山君。それは違うわよ。私と秀児はまだそういう関係ではないわ」
「いやいや、新宮さん。お祭りの日にあれだけ派手なことをしておいて、それは無理があるでしょ」
「お祭りの日? ああ、アレは勢いでやっただけよ」
「い、勢いで?」
「ええ、ただそれだけなのよ」
「けど、あの後二人でどこかに消えたって話だったけど」
「そうね。私たちは公園に移動して……」
「こ、公園⁉ 二人きりで、夜の公園⁉」
「コンビニで必要なものを調達してから……」
「ちょ、ちょっと待った! もういい! もうこれ以上聞きたくない!」
何をギャーギャー騒いでるんだ? やっぱりこいつ、久々の学校でテンションがおかしいんじゃないか? しかし、前のように朱美を過剰に持ち上げる様子はない。アレだけのことをした甲斐はあったということだろう。
「ええい、切畑! やっぱり君には罰が必要だ! 今日から十日間居残り教室掃除の刑に処す!」
「な、なんでそうなるんだよ! 職権乱用だぞ!」
「問答無用! これくらいしなきゃ気が収まらん! なんならトイレ掃除も追加したっていいんだぞ!」
こいつ……前より俺に当たりが強くなってないか? 押し付けられる雑用がどんどん面倒なものになっていっている気がする。
「はぁ……わかった。委員長からの指示だからな。何だって引き受けてやるさ。ただし俺からも条件がある」
「条件?」
俺は首を捻る吉山の前に、マンガを一冊取り出す。
「これを読んで感想を聞かせてくれ」
「……は? 別にいいけど……なんで?」
「たまには誰かと感想を共有するのもいいかなと思ってな。何となくだけど、お前とはヒロインの趣味が合う気がするんだ」
こんなものはただの気紛れだ。だが、吉山は意外に興味を引かれたのか、受け取ったマンガをマジマジと眺め、早速ページを開き始めた。
「秀児、その本後で私にも貸して」
「お前には貸さない」
「なんでよ」
「なんか……恥ずかしいから」
朱美は不満タラタラなジト目を俺に向けてくる。
そんな目をされたところで、見せられないものは見せられない。世の中には大切に想っている相手だからこそ、教えられないことというものもあるのだ。
「切畑、これは帰ってからジックリ読ませてもらおう」
吉山はパラパラとページをめくって中身を確認した後、大事そうに鞄にしまう。
「それと、トイレ掃除はしなくていい」
「ふふん、やはりお前は話せるやつみたいだな」
俺たちがガッチリと握手をすると、それを見ていた朱美が首を傾げる。
これは男同士の秘密というやつだ。仮にヒロインの髪形とか、口調とか、性格とかがどこかの誰かに似ているからといって、そんなことをわざわざ言葉にするのは野暮というものなのである。




