第35話 変化
「……ここに来るとソワソワするんだよな」
放課後、吉山に押し付けられた掃除を終え、生徒会室に来た俺は、部屋の中央に置かれた椅子に腰を下ろしてキョロキョロと周りを見回す。
「さて、まずは労いからしようか」
部屋の奥を見れば、気取った笑みをその顔に張り付ける猿投先輩と、その隣に澄ました無表情で佇む合歓木先輩がいる。
「君に任せていた雨女と高嶺の花だが、どちらも無事に鎮静化したようだ。君には感謝してもし切れないね」
「……どっちも後始末はほとんど先輩に押し付けましたけど」
「いいんだよ。君は生徒会メンバーではない。本来、特異属性のことを知り、それに対処する必要のなかった人間なんだ。協力してくれただけでも大いにありがたい」
一応感謝されているわけだが、素直に喜ぶ気にはなれない。怪しく光る猿投先輩の目が明らかに何かを企んでいると訴えかけてきている。
「ところで……君は部活動は何かしているかな?」
「部活? いや、何も」
「では、委員会活動などは?」
「それも特には」
「だったら都合がいい。君には一つ提案があってね。良ければ生徒会に入らないか?」
ほら出た。絶対そういう面倒臭い話だと思ったんだよ。もうこの部屋に来た時から猿投先輩の顔にそうやって書いてあったんだから。
「つまり、今後も特異属性の対応を手伝えと?」
「もちろん無理にとは言わないよ。ただ特異属性についての事情を知っている君は我々にとって貴重な人材だ。こうして二つの特異属性の解決に協力してくれた実績もある。生徒会メンバーは僕の裁量で決められるし、ちょうど庶務の席が空いていたところなんだ」
「庶務の席って……そんなものあるんですか? 言うなれば雑用係でしょ?」
「まあ必ず埋めなければならない役職ではないね。しかしいてくれれば、生徒のより良い学校生活を実現できる」
いつの間にか合歓木先輩が俺の背後に瞬間移動している。いつでも首の後ろからチョップを食らわせられるような位置だ。無理にとは言わないなんて言っておきながら、断り辛くなるようきっちりプレッシャーをかけてきてやがるな。
「はぁ……いいですよ。生徒会庶務、引き受けます」
そう返事すると、猿投先輩は少し驚いたような顔になった。
「てっきり断られると思っていたよ」
「あいつのためにも……俺は変わらなきゃいけないんで」
全校生徒のために身を粉にして働きたくなったなんて言うつもりはない。そんな立派な心掛けを俺が持つはずもない。
ただ、少しは人の役に立つことをしたっていいだろう。それで何が変わるのかはわからないが、少なくとも前に進むことはできるはずだ。
「でも、俺嫌われ者ですからね。支持率落ちても知りませんよ?」
「問題ない。選挙期間になったら、実は切畑秀児は捨て猫を拾って育てている心優しい少年なのだ、という噂でも流せばいいだけの話だ」
「…………」
「流石です。会長」
俺の後ろで合歓木先輩がパチパチと拍手している。大丈夫か、この生徒会……。
「歓迎するよ。切畑秀児君。ようこそ来栖高校生徒会へ。さて、では新人教育は合歓木君にお願いしようかな」
「お任せ下さい」
俺の背後にいたはずの合歓木先輩が、今度は素早く正面に回り込んでくる。
「あなたには色々教えることがありそうですが……生徒会の一員たるもの、生活態度は大切です。そうでなければ他の生徒に示しがつきませんからね」
「…………え」
「まずはそうですね……夏休みの宿題はちゃんとやったんでしょうね?」
……ヤバい。もう面倒になってきた。
俺もこの夏で色々変わったつもりではいたが、人間の性根がそうそう変わるわけもなく俺が学校一の問題児であるというのは依然として揺るがない事実なのだ。
「さあ、早く答えなさい。もしやっていないのなら……今から全てやってもらいます」
「……なるほど、そういう感じか」
どうやら俺の生徒会役員としての初仕事は、補習ということになりそうだ。
立場や環境が少しばかり変化したところで、結局俺のやることというのはさほど変わらないらしかった。




