第30話 悪巧み
遠目から確認してみたのだが、確かに犬山の言う通りとんでもない数の人が押し寄せていて酷い有様だった。
祭りの来賓席なんて、集まった客からすれば最も興味のない場所のはずだ。普通に考えれば人だかりができることなんかない。なのにまるでトップアイドルが地元に凱旋したかのような賑わいようだった。
「────あ! テメェ! 切畑秀児! このテントに何の用だよ! まさか新宮さんに近づこうってんじゃないだろうな!」
テントに接近すると、どこかで見たことある気がする男子が俺の行く手を阻んだ。
「お前は……なんだ? 朱美のボディーガードか?」
「そうだ! 祭りの浮かれた空気で調子に乗って、新宮さんにちょっかい出そうとする不届き者がいないか見張ってんだよ! 特にお前はダメだ! お前みたいなクズを新宮さんに近づけるわけにはいかない!」
三日前の時点では、俺が朱美に近づこうとしてもまだ睨まれたり文句を言われたりする程度で済んでいたはずなのだが、こうもハッキリと拒絶されるとは。
「それは朱美に頼まれてやってることなのか?」
「はぁ? そんなわけないだろ? 俺があの人と直接会話するなんて恐れ多い。これは自主的にやってるだけだ」
つまり、朱美の意思とは関係なく、勝手に俺を排除しようとしているわけだ。ずいぶんと勝手な振る舞いだが、その排除対象が俺だけであるならばまだいい。
しかしいずれは俺以外も見境なく排除しようとし始めるだろう。こいつだけでなく、最終的には全校生徒がそうなる。誰もが高嶺の花である新宮朱美のためになろうと、望んでもいないことを勝手にやり出す。
「もう猶予は全く無いな。恐らくは今日が最後のチャンス……」
「わかったらとっとと離れろ。ここから先には行かせないからな!」
鬱陶しいやつだ。いっそのこと強行突破するか?
……いや、それじゃ解決にはならない。俺の敵がこいつや朱美を取り囲んでいる連中なら、普通に喧嘩して決着でもいいだろう。
ただし、俺の敵は特異属性だ。人間ではなく、現象なのだ。だから目の前の人間を敵視したって意味はない。
俺が考えるべきなのは、朱美を高嶺の花から引きずり下ろし、普通の女子高生であると知らしめるための方法だ。こいつと言い争ったって何の意味もない。
「わかったよ。精々悪い虫がつかないようにしっかり見張ってろ」
「言われるまでもない! 二度とこのテントへ近づくなよ!」
朱美のいる来賓席から離れ、会場内を練り歩く。
なんとかして朱美のもとまで辿り着きたいが、そのためには邪魔な連中の注意を逸らす必要がある。
そしてその後、朱美が高嶺の花であるというイメージを破壊し得る何かをしなくてはならない。こっちは一応考えがある。だから問題なのは辿り着くための手段だ。
「何かいい手は……」
並んでいる屋台や、端の方に置いてある学校の備品なんかを見て回る。こうしている内にビビッと素晴らしいアイデアが閃かないものだろうか。
「────おや、君も来ていたのか」
頭を抱えながら歩いていると、目の前に猿投先輩が現れた。
「意外だな。君はこういう催しには興味がないのかと思っていたよ」
猿投先輩の腕には、地域安全パトロールと書かれた腕章が巻かれている。どうやら今日は生徒会長としてではなく、町内会のボランティアとして来ているようだ。
「そう言う先輩は、こんな日でも仕事してるんですか?」
「ん? ああ、どうも僕は自分が楽しむより、人が楽しんでいるのを傍から見ているのが性に合っているみたいでね。こういうお祭りには、裏方として参加することが多いかな」
これが生徒会長にまでなる男のセリフか。なんて立派な人間性なんだ。吉山も最終的にはここに到達するんだろうか。
「そうですか。じゃあ、俺はこれで」
しかし立派な人間の立派な志など今はどうでもいい。この祭り会場に集まった大勢の来栖高生が帰ってしまう前に事を起こさなくてはならないのだ。悠長に雑談などしている暇はない。
「あ、ちょっと待ってくれ。君には聞きそびれていたことがあるんだ」
会話をやや強引に切り上げて立ち去ろうとするも、呼び止められてしまう。
「……なんですか?」
「すっかりタイミングを失ってしまって、まだ報告を受けてないんだよ」
「報告?」
「バレーボール大会を催し、そこで高嶺の花の効果を打ち消す作戦を立てただろう。その件の報告をしてくれ」
「その件って……自分で見てたんじゃないんですか?」
「いいや? 僕は大会に参加していないよ。言っただろう? 自分が楽しむのは性に合わないんだ。あの時間は生徒会室で事務作業をしていたよ。時間割を変更するのには流石に手間がかかったからね。その後始末さ。だからどうなったのか何も知らないんだ」
何気なく放たれたその一言によって、霧がかかっていた俺の頭が一気に晴れ渡った。猛吹雪の中、方角も分からず歩き回っていたところに、灯台の光を見つけたような気分だった。
「だったら! ……だったら、先輩。その作戦は失敗しました。むしろ余計に朱美の注目度が上がって、今じゃ朱美ファンが朱美に近づこうとする人間を排除しようとするほどです」
「おや、他の特異属性の対応をしている間にそこまで進行していたか。合歓木君からは特に何も報告を受けていないが……」
「あの人も特異属性に取り込まれたんですよ。多分、うちの高校で高嶺の花の影響を受けていないのは、俺と先輩だけです」
「ほう、それは危機的状況だな」
猿投先輩は実に淡々と、ひょっとして俺の話を聞き流しているんじゃないかと思えるくらい、落ち着いて頷く。しかしその鋭い眼力は健在だ。
「そこで先輩に一つ頼みたいことがあるんですが」
「なんだい? 僕にできることなら何でも言ってくれ」
念のため周りに聞かれないよう、俺は猿投先輩の耳元に口を近づけ、ヒソヒソと頼みごとを伝える。
「────面白い発想だね」
聞き終わった先輩は、いかにも何か大きな事件の黒幕であるかのような意味深な笑みを浮かべた。
「これなら、高嶺の花を打ち破れる可能性があると思いますか?」
「結論から言うと、わからない。だけど面白い案ではある。特異属性は大きな力を持つ超常現象のようで、案外そういうトンチみたいな行動が上手くいく場合もあるんだ」
「なら生徒会長お墨付きってことでいいですか?」
俺の無茶ぶりを聞いても、猿投先輩の余裕が崩れることはない。
「いいだろう。全ての責任は僕が取るよ」
なんて頼もしい先輩だろう。かなり面倒な頼みごとをしているはずなのだが、二つ返事で了承してくれるとは。流石俺たちの生徒会長だ。
「後処理もこっちで引き受けよう。無事に彼女を連れ出すことができたら、その後はどこへ行ってもらっても構わないよ」
「……わかりました。そう言うなら、全部押し付けますからね?」
「ああ、任せてくれ。僕は生徒会長だからね。新宮朱美君の高校生活も、皆の楽しい夏祭りも、どちらも壊さないよう努めるさ」
その後、俺たちは念入りに時間を打ち合わせ、二手に分かれた。
「クソ……結局こうなるとはなぁ……」
これから始まるのは一発限りの大勝負だ。失敗すれば、恐らくもう挽回できるチャンスは無いだろう。
だが、俺の頭にあるのは、成功した後のことばかり。俺にとっては、そっちの方が重大な問題なのだ。
「やるしかない……か」
今まで逃げ回ってきたツケだと思うしかない。覚悟を決めるんだ。嫌われ者は嫌われ者らしく、高嶺に咲く花を摘み取ってやるとしよう。




