第28話 後悔
「────あれ? 何してんの?」
ソファーで寝転がり、目を閉じるわけでもなくボーっとしていると、姉さんがリビングに踏み込んできた。
「今日、お祭り行くんじゃなかった? 時間そろそろじゃない? 準備しなよ」
「……ああ、その約束は無しになった」
朱美に電話をしたあの日から三日が経ち、今日は来栖高校で行われる夏祭りの当日。とっくに祭りは始まっている時間帯だが、俺はこうしてダラダラとしている。
「無しになった? なんで?」
「俺が断ったんだよ」
「断った?」
「ああ、俺と一緒に祭りに行くなんて、どんな噂が立つかわからないからな」
「なんじゃそりゃ。あんたそんなこと気にすんの?」
「俺は気にしないけど、あいつは気にするだろ」
「いやいや、何言って……」
姉さんは不意に黙り込み、珍しく気まずそうな顔をしていた。
「うーん……もしかして、あたしが焚きつけたせいかな。ただの幼馴染としては無視できていたものが、好きな子として意識し始めたせいで影響を受けるようになっちゃったって感じか……」
しばらくしてようやく口を開いたかと思えば、ため息交じりにブツブツと独り言を呟いている。
「しまったなぁ。あたしはなるべく口を出さないつもりだったけど、こうなっちゃうとどうもねぇ……あの子はあたしにとっても幼馴染なわけだし、放置するのも薄情か……」
「さっきから何だよ。言いたいことがあるならハッキリ言ってくれよ」
我ながら、らしくないことを言っていると思った。
だって相手はあの姉さんだ。俺の弱点を何でも見抜き、的確に突いてくるような俺の天敵とも呼べる人だ。そんな人に、ハッキリ言ってくれだなんて頼んだら、一体何を言われるかわかったものではない。
なのに俺は姉さんが口を開くのを待っている。それだけではない。わざわざ姉さんの目につきそうなリビングで、声をかけられるのを待っているかのように寝そべっていた。
俺は姉さんに何を求めているんだろう。忘れていることを思い出させてほしいのか、見て見ぬフリをしているものに目を向けさせてほしいのか。サッパリわからない。
だけど、その答えを姉さんなら持っているんじゃないかという期待は少なからずある。
「……いや、やめとこうか。あたしからは何も言わないよ」
しかし、姉さんはそっぽを向き、我関せずといった様子で部屋から出て行こうとする。
「ま、待てよ、姉さん! 何か、俺に言うことがあるんじゃないのかよ!」
俺は慌てて止めた。あまりにも期待外れだったから、つい体裁を捨てて立ち上がってしまった。
「あるよ。言いたいことは色々とね。でも、それは自分で気づかないと意味ないかなって思ってさ」
「自分で気づく……? 何のことだよ。教えてくれよ!」
「いやいや、悩むのも青春の内だから。自分の決断が正しかったのかどうか、大いに悩んで、迷って、後悔して、一歩ずつ進んでいけばいいんじゃない?」
「それじゃあダメなんだよ! 悩んでる暇も、迷ってる暇もない! 俺は……早く結論を出さないといけないんだ! そうじゃないとあいつは……もう二度と、俺の手の届かない場所へ消えてしまうかもしれない!」
「なんだ、わかってるじゃん」
姉さんは振り返り、俺と正面から向き合う。
「あんたはさ、人から嫌われるのが好きなわけじゃない。人付き合いが苦手なわけでもない。ただ、人との別れが怖いだけ。だから誰も自分に近づけないように、殻に閉じこもってる。だけどね、それじゃ自分しか守れないよ」
穏やかな口調で諭すように、ぽつぽつと姉さんは語る。
「殻にこもるのはいつか羽化するため。守りたいと思える人を見つけた時、飛んで行けるよう準備するため。あんたにとって、その時はいつ?」
その声には、少しばかりの後悔が滲んでいるような気がした。
俺より七つも年上の姉さんは、きっと俺より多くの失敗をしてきたんだろう。ひょっとしたら、今の俺とまったく同じことで悩んだ経験もあるのかもしれない。
「俺に……できると思うか? 誰かを守るなんて、そんな器用なこと」
「さぁ? どうだろうね。ただひとつ言えるのは、守りたい人を守り抜くなんて、そんなカッコいいことができるほど力がある人はほんの一握りってこと。力のない人にできるのは精々、傷を舐め合ったり、痛みを分け合ったりすることだけ。でも、あたしはそれで十分だと思うんだ。少なくともそれができていれば……」
姉さんは最後まで言い切ることなく口を閉じた。だが、その先に続く言葉が何だったのか、俺にはわかるような気がした。
「……で、どうするの? 今日の料理当番はあんたなんだから、そろそろ買い出しに行ってもらわないと困るんだけど?」
外はすっかり日が落ちてしまっている。いつもならとっくに夕飯を食べ終わっている時間帯だ。
「そうだ。あたし、今日は焼きそばが食べたいなぁ。あとたこ焼きとか、チョコバナナとか、イカ焼きとか、りんご飴とか」
「どんだけ食うつもりなんだ……」
「いいでしょ。食べたいんだから。ほら、早く買って来て」
姉さんはそう言って、俺の背中を押す。
なんだかんだ姉さんは俺に甘い。しかし、決して甘やかしてはくれないのだ。
姉さんだって、いつかは俺の前からいなくなる。きっとそれは、そんなに先の話ではないだろう。だったら俺も、甘えてばかりはいられない。
「仕方ないな。少し……いや、かなり遅くなると思うけど」
「大丈夫。お腹すかせて待ってるよ」
俺と入れ替わるようにして、姉さんはソファーに寝そべる。
「……ありがとう、姉さん」
「ん?」
「いいや、何でもない」
姉さんが振り向くより先に部屋を出ると、身支度もほどほどに靴を履き、祭り会場へ向けて駆け出した。




