第2話 煽れるときに煽っておこう
それから二週間ほどが経過し、六月も下旬となった頃。高校受験から解放された余韻に未だ浸り、緩み切っている学生たちの尻を叩くように、一学期期末試験が始まった。
結論から言えば、俺は全ての科目で満点近い点数を獲得し、入試と中間テストに引き続き、学年一位の座を守り抜くことができた。
「よし……今回も何とかなったな」
帰りのホームルームにて。担任から手渡された成績表を見て、ホッと安堵の息を吐く。
入学したての一年生の定期テストということで気を抜いているやつが多い中、国内最難関の医学部でも受験するのかという勢いで勉強した甲斐があった。
しかしこの成績自体に何か意味があるわけではない。どうせ二年の後半くらいにはみんなも勉強を頑張り出して、どれだけ頑張ってもあまり差がつかなくなってくる。俺より頭のいいやつなんていくらでもいるだろうからな。
それでもここまで時間と労力を割き、本気も本気で学年一位を死守した理由は実にシンプル。ただ自慢したいからだ。
「あ~あ、また一位取っちゃったよ。なんか申し訳ないなぁ。ノー勉でこんな簡単に一位になっちゃってさ」
教室全体に聞こえるようにわざとらしく呟く。すると各々自分の成績表とにらめっこしていたクラスメイトたちが、一斉に俺を見る。
「くっ……また君が一位か……! 今度こそ勝てると思ったのに……!」
悔しそうに唇を噛む吉山。彼の成績表を覗き見てみると、九科目の合計点はなんと俺と五点差にまで迫っていた。
それでいて順位は学年三位。学年二位が誰かは知らないが、吉山以上に俺と肉薄していた生徒がいるとなると、極めて僅差での勝利だったことになる。
「あ、危ねぇ……」
「え? 何か言ったか?」
「い、いや、何でもない。それより悪いな。相当頑張って勉強したんだろ? なのに俺が天才だったばっかりに一位になれなくて可哀そうだな。あーあ、俺と同じ学年じゃなければ良かったのになぁ~?」
なんてウザいんだ俺ェ! 我ながら完璧な嫌われ者だ。素晴らしい! これで流石の吉山もバッチリ俺を嫌いになるだろ!
「いや、勉強はそこまでしてない。というか普段通りだ。元から一日一時間は勉強するようにしてるから、テスト直前もその習慣通りに勉強しただけだな」
嘘だろ……それで俺と五点差⁉ あんなに勉強したのに、それだけしか差をつけられなかったのか⁉ なんだこいつ……天才か⁉
「しかし、どうやらいつも通りでは駄目らしい。もっと勉強して、いずれは君を学年一位の座から引きずり下ろす。そうすれば、君だって僕の話を真面目に聞くしかなくなるだろう? 君には日頃の行いを反省してもらわなくちゃいけないからな」
吉山の宣言に合わせ、教室内が大いに沸き立つ。学校一の嫌われ者に対し、正義の委員長が宣戦布告したのだから大盛り上がりだ。
「そのために僕らで力を合わせて頑張っていきましょう! ────新宮さん!」
「へぁっ⁉」
突然水を向けられた朱美が、素っ頓狂な声をあげた。
「学年二位の新宮さんと学年三位の僕が力を合わせればきっと切畑にだって勝てますよ!」
学年二位は朱美だったのか。ちょっと意外だな。あいつにそこまで成績の良いイメージはなかったのだが……今回は相当勉強したのか?
「そうですよ新宮さん! あのムカつくクソ畑を黙らせてください!」
「新宮さんが本気を出せば、切畑なんてザコですよ! ザコ!」
「新宮さんのいるクラスで、これ以上調子に乗れると思うなよバカ畑!」
教室のあちこちから罵声が飛んでくる。
いつの間にか朱美は俺に対抗するための秘密兵器みたいな扱いになっているらしい。中学まではあいつも俺ほどではないにせよ、一人でいることが多いタイプだったはずなのだが、高校では厚い人望を獲得しているようだ。
「そうだ! 切畑を倒すために……えっと……その……ぜひ、い、一緒に勉強会などどうですか? お互いに苦手なところを教え合って、弱点を補いましょう! このクラスの平和のためには、新宮さんの力が必要です!」
吉山はあちこち目を泳がせ、あたふたと手を動かしながら、朱美を誘った。
果たしてこいつは本当に勉強をする気があるんだろうか。明らかに他意のありそうな誘い方だぞ。
「ぐへへ、勉強会は勉強会でも夜の勉強会だぜ。君の心を因数分解して、僕の体と連立方程式にするのさ」ってな具合になりそうな勢いだ。……いや、まあ、あの真面目な吉山に限ってそれはないか。でも間違いなく下心は透けている。
「教え合うのもいいと思うけど、勉強は一人でした方がいいと思うわ。その方が集中できるもの」
朱美も吉山の目論見は察しているようで、特に悩むような様子もなく即座に断った。
「で、でも! 二人で力を合わせた方が効率がいいこともあると思うんです! 新宮さんだって切畑にぎゃふんと言わせたいでしょう⁉」
それでも吉山は諦めない。鼻息を荒げ、顔を真っ赤にし、ぐいぐいと猛烈な勢いで朱美に詰め寄っていく。
「ぎゃふん……?」
困惑した様子の朱美はチラリと横目で俺の方を見る。
ここだぞ、朱美。ここでビンタだ。そしてラリアットからのチョークスリーパー。おまけにトドメのバックドロップだ。
……そんな具合にジェスチャーで伝えるも、朱美は小さく首を横に振っている。そんなのできるわけないということらしい。そりゃそうだ。暴力は良くないよな。
「おいおい、吉山よぉ。まさか朱美の手を借りなきゃ俺に勝てないのか? 情けないやつだなぁ、おい。今からでも学級委員長の選挙をやり直すか?」
あの真面目野郎でも、朱美が関わると途端にボロを出すのがわかったので、ここぞとばかりに煽っておいてやろう。どうだ、うざったいだろう? 鬱陶しくてたまらないだろう? 下手をすれば暴力より不快なんじゃないか? ぜひとも嫌いになってくれていいんだぞ?
「切畑、君は……新宮さんのことをそんな風に下の名前で呼び捨てにしているのか?」
「……え?」
思わぬところに、しかもかなり真剣なトーンで食いつかれ、思わず顔に張り付けた三流小悪党のメッキが剥がれる。
「普段からそうなのか? それとも今だけ調子に乗ってそんな呼び方をしたのか?」
「……そんなことどうでもよくないか?」
「いいや! 大事なことだ! だって呼び捨てだぞ? いくら君と新宮さんが幼馴染だからといっても、距離が近すぎないか? 相手はあの新宮さんなんだぞ!」
高らかに叫ぶ吉山に呼応し、またしても教室のあちこちから声が上がる。
「そうだ! 新宮さんに失礼だぞ!」
「私なんてまだ喋ったこともないのに……」
「ってか、新宮さんと切畑が幼馴染ってマジ?」
「まさか、あいつが勝手に言ってるだけだろ」
……などなど好き放題言われている。
俺の評判が悪いのは喜ばしいことだが、朱美の評判がやけに良いのはなんなんだ。モテるとは言っていたが、それにしたって人気者過ぎやしないか。
当の朱美は、自分の席で気まずそうに小さくなっていた。好かれるのは悪くない気分だと言っていた彼女も、ここまで持ち上げられると恥ずかしいらしい。
「というか吉山! お前こそ調子に乗るなよ!」
「そうだそうだ! 何シレッと新宮さんをデートに誘ってやがる!」
「委員長だからって調子に乗んなよ! それならせめて俺も誘え!」
「はぁ⁉ じゃあ俺も行くに決まってんだろ!」
いつの間にかクラスメイトたちの矛先が吉山に向かっている。
「なっ……ちが……デートだなんて……僕はただ純粋に勉強を……」
「うるせぇ! 引っ込んでろ! ねえ、新宮さん! あいつと勉強会するくらいだったら俺に勉強教えてください!」
「ちょっと男子! あんまり新宮さんに近寄らないでよ! それより新宮さん! 勉強会なら私と一緒に……」
朱美の周りにはあっという間に人だかりができ、中心にいるはずの彼女の姿が全く見えなくなってしまった。
「……いくらなんでもモテすぎだろ」
俺の知らない間にこれほどまでの人気を獲得していたとは。いくら俺が他人との交流に無頓着だからって、こんなにも盛り上がっていたならもっと早く気づいてもよさそうなものだが。
「……まあ、興味ないけどな」
俺は荷物をまとめ、帰り支度を始める。
せっかく吉山がクラスのヒーローみたいなポジションになってくれていたのだから、俺もヒールとしてもう少し嫌われ者っぷりをアピールしたかったが、こうなってしまえば完全に蚊帳の外だ。もみくちゃにされている朱美に助け舟を出してやろうにも、アレではどうにもなりそうにない。だから人から好かれてもいいことなんかないと言ったんだ。
あんなものに関わりたくはないので、俺はこの隙に帰らせてもらうことにしよう。そう思い、そそくさと教室を出ると、そこには一人の少女が待ち伏せていたかのように佇んでいた。
「────初めまして、切畑秀児君」
俺の知る人物ではない。だから当然、俺以外の誰かを待っているんだと思った。しかし彼女はそれを訂正するかのように俺の名を呼び、俺の瞳をジッと見つめてくる。
「……誰だ?」
おかっぱ頭につぶらな瞳。その小柄な体躯は小学生か、高めに見積もってもギリギリ中学生くらいの年頃にしか見えない。彼女が来栖の制服を着ていなければ、高校に迷い込んだ子どもだと本気で思ったことだろう。
しかし、顔つきだけは妙に子どもらしくないというか、顔のパーツ自体は幼く見えるのだが、人形みたいに無感情なせいで大人びても見える。何とも不思議な人だった。
「私は生徒会会計、二年の合歓木実里です」
「ね、ねむのき……?」
やはり知らない人物だ。そもそも俺の知り合いというのは極端に数が少ないので忘れようもないのだが、顔を見ても名前を聞いてもピンとこないのなら、確実に赤の他人であると断言できる。
「このあと生徒会室に来てください」
困惑する俺をよそに、彼女は淡々と用件を告げる。
「は? 生徒会室? 俺が? なんで?」
「会長より大事なお話がありますので」
「大事なお話……」
明らかに不穏な響きだな。絶対に楽しい話ではなさそうだ。
「それでは、よろしくお願いします」
こっちの質問など受け付けないと言わんばかりに、彼女はサッサと去ってしまった。
「内容も教えず、一方的な呼び出しか……」
呼び出しを食らうような心当たりはいろいろある。あり過ぎてどれのことかわからないくらいだ。
しかし教師から生徒指導室に呼び出されるのはともかく、生徒会長から生徒会室に呼び出されるのはどういうわけだ。説教なら生徒会長の仕事ではないと思うんだが。
「なんにせよ、学校一の嫌われ者を目指す身としては、来いと言われたら素直に行くわけにはいかないよな」
いい話を聞かせてもらえる気は全くしないし、生徒会長なんて不良にとっては敵みたいなものなんだから、無視して帰ってしまおう。
上手くいけば生徒会長も俺のことを嫌いになってくれるかもしれない。学級委員長より先に生徒会長から嫌われるのは順序が逆な気もするが、別にいいだろう。
どうせ全員に嫌われる予定なんだから、順番なんて関係ないのだ。




