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高嶺の花と線香花火  作者: 司尾文也


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第1話 校内一の嫌われ者

「テメェ……もう一度言ってみろ!」


 茶髪の男子生徒が俺を睨み、声を荒げている。ここは校舎裏。彼の声は四方を囲む校舎の壁に跳ね返ってよく響く。


「聞こえなかったか? サッカー部になんか入らないと言ったんだ。人数が足りなくて廃部寸前なら、潔く潰れたらいいだろ。俺を巻き込むな」


 要望通りさっき言ったことを復唱してやると、横一列に並んだサッカー部の連中が揃って顔をしかめた。


「そこの女子マネージャーが何度も俺のところに来てな。どうやら帰宅部の連中に片っ端から声かけてるみたいだけど、いい加減迷惑だから止めさせろ」

「迷惑だと……? マネージャーに部員の勧誘をさせて何が悪いってんだ!」

「しつこいんだよ。どうせお前ら真剣にサッカーする気もないんだろ? 仲良しグループで集まって馬鹿騒ぎできれば満足じゃないのか? そんなものに他人を巻き込むな」

「こいつ……!」


 先頭に立つ茶髪が、拳を振り上げながらにじり寄って来る。しかしその蛮行は後ろの部員たちによって阻止された。


「おい、やめとけ。暴力沙汰になんかなったらいよいよ廃部になっちまう」

「けどよ! 言われっぱなしでいいのか⁉」

「もうほっとけ。部員の当ては他にもあるんだ。おい、聡子」

「は、はい!」


 聡子と呼ばれたのは最後方に立つ女子マネージャーだ。彼女は今にも泣きそうな顔をしながら事態を見守っていたが、名前を呼ばれるとビクッと肩を震わせながら前に出た。


「こいつの勧誘担当はお前だったよな?」

「はい……そうです」

「こいつはもういい。話しても無駄そうだ」

「で、でも、この人が入ってくれないと私のノルマが……」

「ノルマは気にするな。こうなったら部員全員で入ってくれそうな奴を探すしかない。こんな奴に関わり続けるのは時間の無駄だ」


 そう吐き捨てると、彼らは俺を睨みつけながら去っていった。殺伐としていた校舎裏が一瞬で静まり返り、俺の放課後に平穏が戻って来る。


「────やれやれ、また揉め事か」


 校舎の角にある茂みから、ひょっこりとジャガイモみたいな頭が顔を出す。


「うわっ……吉山? なんだお前。いつからそこに?」

「君が呼びだされるのを見たからな。嫌な予感がして隠れていたんだ」

「嫌な予感?」

「入学してからずっと君は揉め事ばかり起こしているだろ? そろそろ事件になるんじゃないかとヒヤヒヤしてるんだ。何かあったら学級委員長である僕の責任になりかねない」


 吉山は今時高校球児でもしないような丸刈りの頭を撫でつつ俺に釘を刺した。


「心配性だな。そう大したことにはならないだろ」

「いいや、君はわかってないな。切畑秀児といえば入学してからわずか二か月で職員会議の常連となった来栖高校の問題児筆頭だ。先生方からも要注意だと言われている。いわば指名手配犯だ」

「ほう、有名人だな。悪い気はしない」

「何を言ってるんだ。君は今や学校一の嫌われ者だぞ? ……まあ、君としてはそれで望み通りなんだろうが」


 高校生らしからぬ重苦しいため息を吐き、坊主頭は責めるように俺を見る。


「さっきのだって、あんな断り方しなくてもいいだろうに」

「いい加減しつこかったからな。ハッキリ言ってやらないと」

「十一人にも満たないサッカー部じゃ存続できないから、彼らも必死なんだろう……あのマネージャーなんかは相当厳しい勧誘ノルマを課せられていたらしい」

「そりゃご苦労なことだな」

「ノルマを達成できなければ部内での立場が悪くなることは目に見えている。……が、あの様子なら大丈夫そうだ。なにせサッカー部は君という共通の敵を得た。内輪で揉めることはもうないんじゃないかな」

「おい、変な誤解をするなよ。俺は別にあいつらの仲を取り持とうと思ってやったわけじゃない」

「わかってるよ。君は孤立主義者だったね。誰からも好かれず、孤独に生きるのが最も気楽で賢い生き方……なんだっけ?」

「俺の主義をそんな軽く扱うな。いいか? そもそも人に好かれるってことは……」

「ああ、はいはい。わかったよ。とにかく、今日のところは大きな問題にもならなかったから良しとするけど、君はもう少し周りと上手くやる術を身に付けてくれ。それじゃ」


 そう言うと、吉山は逃げるように校舎裏から出ていった。


「なんだあいつ……一方的に言いたいことだけ言いやがって」


 俺は足元に置いていた鞄を肩にかけ、下校するべく正門へと向かう。


 高校に入ってからおよそ二か月。俺はあちこちで不破を起こし、切畑秀児の名は学校一の嫌われ者として轟いている。

 その結果、俺はクラスメイトと仲良くできるか不安になったり、友達に嫌われていないか心配したり、そういう煩わしさから完全に解放されている。

 誰かが自分の悪口を言っているんじゃないかとか、他人が何を考えているかが気になって仕方ないのなら、いっそ俺みたいに全員から嫌われてしまえばいいのだ。そうすれば答えはすごくシンプル。どいつもこいつも俺が嫌いだという結論でまとまる。

 人に好かれる努力などする必要はない。他人を理解しようとする必要もない。薄っぺらい人間関係を維持するために時間や労力を割く必要もなく、実に理想的な学校生活を送れている。


 ただ、唯一問題があるとすればやっぱり吉山だな。


 うちのクラスの学級委員長である彼は、公共の敵のような存在である俺を何とか更生させようと苦心しているようだ。余計なお世話だと何度言っても聞く耳を持たない。

 俺のことを自分が嫌われ者になることで皆を守ろうとしているダークヒーローか何かだと勘違いしている節もある。


「放っておいてほしいんだけど、あいつほどのお節介焼きが相手だとなぁ……それにああいう堅物はつけ入る隙が無くてやり辛い。俺の孤独で平穏な学校生活を守るために、何とかあいつにも嫌われておきたいんだが……」


 正門まで来たところでふと顔を上げると、物陰に隠れてなにやらもじもじと体をくねらせている吉山の姿を見つけた。


「……何やってんだお前」

「うおっ⁉ お、おお……なんだ切畑か」


 吉山は過剰に跳び上がり、息を乱しながら振り向く。まるで猫のような瞬発力だった。


「そんなコソコソして、誰かのストーキングか?」

「ち、違う! たまたま通りかかったのを見ていただけだ」

「見てたってことは否定しないのか」


 彼が見ていた先に視線を向けると、そこには一人の女子生徒がいた。


「新宮朱美さんだ。君も知っているだろう?」


 人付き合いをとことん避ける俺は、交友関係も極端に狭い。同級生だろうが、クラスメイトだろうが、挙句の果てには隣の席の生徒が誰なのかもあまり把握していないくらいには他人との交流に怠惰な生活を送っている。

 ただ、そんな俺でも新宮朱美のことは知っていた。その顔も名前も、よく夢に出てくるくらいには深く脳に刻み込まれている。


「腰まで届く黒い髪、切れ長の目、スラっと通った鼻筋に、教養を感じさせる上品な立ち振る舞い。まさしくお嬢様という感じだ」


 恍惚とした表情で吉山が語る。


「お嬢様ねぇ……確かにあいつは一応社長令嬢だったか」

「なんだその不服そうな言い方は。何か異議でもあるのか?」

「あいつとは幼馴染なんだ。だからそう持ち上げられてると違和感があってな」


 彼女とは家が近かったし、親同士が知り合いだったので、昔は家族ぐるみの付き合いもあった。

 うちの両親が離婚してからは関わる機会も激減したが、それでも俺にとって最も馴染みの深い他人は誰かと言われれば間違いなく彼女である。


「ば、馬鹿な……幼馴染⁉ 幼馴染だと⁉ なんと……クソ! なんでこんなやつが我が校のアイドルたる新宮さんと幼馴染なんだ⁉ 許せん‼」


 吉山は顔を真っ赤にし、目を血走らせ、激しく憤慨している。


「許せんってなんだよ。仕方ないだろ? 小学校に入る前からの付き合いなんだ」

「そ、そんな……メチャクチャ昔じゃないか……! それほどまでに長い年月を新宮さんと共に、二人三脚で歩んできたと⁉」

「いや、別に二人三脚では……」

「クソ! そんなことがあっていいのか⁉ あの新宮さんが、切畑と幼馴染だなんて!」


 他人が内心で何を考えているのかなんてわからない。想像するだけ無駄だというのが俺の持論だが、ここまで露骨だと想像するまでもなくわかってしまう。


「お前……あいつに気があるのか」

「ばっ……な、ななななななな、なーにを言ってってってってってるるるるるるんだんだんだ君は! そ、そ、そん、そそそん、そん、そんな、そんなわけ……」


 この否定の仕方はもはや肯定と同義だ。冗談でやっているのかと言いたくなるほどの慌てようである。

 こいつはもっと堅物なのかと思っていたが、案外男子高校生らしく気持ち悪いところもあるんだな。それにしてもまさかここまで取り乱すとは予想外だ。


「僕は君にだけは負けないぞ! いや……勝ち負けとかじゃないけど、別にそんなつもりなんかないけど……とにかく君に後れを取るのはなんか嫌だ!」

「は?」

「新宮さんは皆の新宮さんなんだ! アイドルなんだよ! 君が手を出そうだなんて、そんなことは許されないんだ! わかったら新宮さんを邪な目で見るのはやめるんだ! いいね!」


 そう言い残すと、吉山はすさまじい勢いで走り去っていった。


「……なんだあいつ」


 よくわからないが、もしかしたら吉山に嫌われるという目的に向け、一歩前進したのだろうか。いや、アレは嫌われるというか、一方的に敵視されただけのような気も……。


「────何の話をしてたの?」


 遠ざかる吉山の背中を目で追っていると、横から聞き慣れた声をかけられた。


「……朱美か」


 そこにはキョトンとした顔で佇む新宮朱美がいた。


「さっき私の名前が聞こえて、振り返ってみたらちょうど学級委員長の吉山君が走ってきて、私の横を通り過ぎていったんだけど、アレは何?」

「さあ……俺にもわからん」


 ここで朱美に吉山の気持ちを教えてやれば、俺は一発であいつに嫌われることができるかもしれないが、それは流石にやり過ぎというものだろう。

 嫌われ者には嫌われ者の流儀がある。嫌われるにしても、ちゃんとスポーツマンシップに則って嫌われるべきなのだ。


 だから安心しろ、吉山。お前の恋心は伏せておいてやる。


「もしかして、私のことが好きとかそういう話だった?」


 ……俺の配慮も虚しく、普通にバレていた。


 まあ……そうだよな。あの調子で本人に隠し通せているわけもない。そもそも朱美はそんなに鈍いやつではないのだ。


「お前、あいつに何かしたのか?」

「いいえ、話したこともほとんどないと思うけど」

「その割にはモテてたぞ」

「そう、私ね、高校に入ってから妙にモテるのよ」


 朱美は極めて真面目な顔で、平然とそう言ってのける。


「自分でそんなこと言うか?」

「だって本当だもの。この二か月で五人から告白されたのよ? 全部断ったけど」

「五人⁉ それはたしかにすごいな……」

「ふふん、来たわね。私の時代が」


 右手の親指と人差し指をピンと伸ばし、顎に当てて得意げにする朱美。その間抜けな仕草を見ていると、学校のアイドルであるとは到底思えない。


「でも、そんなにモテてもいいことないだろ」

「告白を断るのは気を遣うし、ちょっと大変ね。でも、人に好かれるというのはそんなに悪い気分じゃないわよ?」

「……俺は御免だね。人から好かれたっていいことなんかない。むしろ嫌われて、距離を置かれた方が都合がいい」

「秀児は相変わらずの嫌われたがりね」

「当然だ。人付き合いなんて面倒だからな」

「面倒?」

「ああ、人に好かれるってことは、何かを期待されるってことだ。その期待に応え続けられなければ、好意は簡単に消え失せる。そんなものを維持するために努力し続けるのは実に無駄なことじゃないか?」

「ふーむ……」


 朱美は腕を組み、目を瞑り、眉間に皺を寄せて唸る。


「相変わらず秀児はネガティブよね。もっと自分のことを信用してもいいと思うけど」

「信用?」

「ええ、だってそれって人の期待に応えられる自信がないってことでしょ? だから最初から誰にも期待されないように振る舞ってるんじゃない?」

「………………」


 軽く受け流すつもりが、ついつい硬直してしまった。


「秀児は頭がいいし、運動神経も悪くないんだから、もっと堂々とすればいいのに。みんな受け入れてくれると思うけど」

「……おい、勘違いするんじゃない。俺は好きで一人を選んでるんだ。いつも言ってるだろ。嫌われる方が楽なんだよ」

「けど、人は一人じゃ生きていけないわよ?」

「それは……そうかもしれないけど……」

「それとも、私がいるから一人じゃないって思ってる?」


 朱美は背伸びをして、下から突き上げるみたいに顔を寄せてくる。


「な、なんでそこでお前が出てくるんだ」

「え? だって秀児と仲良くしてるのなんて私くらいでしょ?」


 そう言うと、朱美はいたずら心に満ちた悪い笑みを浮かべる。

 ……そう、彼女は昔からこういう感じだった。俺が何をしても、嫌うどころか軽く流してからかってくる。未だに腐れ縁が切れずに続いてしまっているくらいだ。俺にとってみれば天敵と言ってもいい存在である。


「……俺のことより、お前の方はどうなんだ。この二か月で五人振ったんだろ? 恨まれたりしてないか?」

「大袈裟ね。大丈夫よ、ちゃんと優しく断っておいたから」

「そこがダメなんだ! 断る時はキッパリ! ビシッと! 『テメェに脈なんか一切ねぇんだよバーカ!』と叫びながらビンタして、ラリアットをかまして、チョークスリーパーを仕掛けるくらいの気概でなきゃ!」

「どう考えてもそっちの方が恨まれると思うんだけど……」

「相手にまだチャンスがあるかもしれないと思わせるのは悪手ってことだ。嫌われるつもりで断るくらいでちょうどいいのさ」

「そんなこと無理に決まってるじゃない。後々気まずいもの。みんながみんな、秀児みたいに嫌われる勇気を持ち合わせているわけじゃないのよ?」


 朱美の言い分はもっともだが、俺からしてみれば厄介な火種を抱えた人間関係をそのままにしておく方が不安で仕方ないがな。


「けど、わかったわ。今度からはなるべくキッパリ断るようにする。勇気を出して告白してくれたんだから、こっちも勇気を出さないとダメよね」

「それはいいんだが……断る前提なのか? 誰が告白してきても受ける気はないのか?」

「え? うーん……どうかしら……」


 朱美は思いのほか考え込み、数秒ほど時間をかけてから答えた。


「今のところはそうね。誰が告白してきたとしても、受けることはないと思うわ。誰かと付き合っている自分が想像できないもの」

「……そうか」


 真剣に考えた結果の回答がこれなら、どうやら吉山も脈はなさそうだ。

 このことを吉山に教えてやるのが親切なのだろうか。それとも放っておいてやるのが親切なのだろうか。

 普段から人に嫌われることばかり考えているからなのか、俺にはどちらが正解かわかりそうもなかった。

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