第25話 更生
無視することだってできた。俺にはやるべきことがあるんだ。
それこそ学級委員長から押し付けられる雑用よりはよほど重要なことだ。だが、結局俺は吉山に付き合うことにした。
敵は特異属性であり、つまりは現象だ。無策で手を出しても、俺に敵意剥き出しのクラスメイトからボコボコにされるだけ。
ブン殴って終わりというわけにはいかない以上、これといった作戦を持たない現状の俺では手が出せない。
本来なら猿投先輩や合歓木先輩と一緒に対策を練りたいところだが、既に特異属性の影響下であると思われる二人の協力を期待することはできない。
端的に言ってしまえば、打つ手がないのだ。だからといって決して諦めたわけではないのだが、しつこい吉山の命令に背く気力も湧かなかった。
「今日はジャストで買い出しだ。祭りに必要なものを買っておくぞ」
吉山は片手にメモを持ち、ジャストの店舗案内図を見ながら買い物計画を立てている。
「なあ、それってどう考えても学級委員長の仕事を越えてるだろ」
「まあな。こういうのを引き受けてばかりいたら、いつの間にか雑用係みたいになってしまったんだ。先生からしても僕は便利な生徒みたいだな」
「お前はそれでいいのかよ?」
「内申点が上がるからいいんだよ」
意外と打算的なやつだな。もっと奉仕精神に溢れたことを言うかと思ったのに。
「俺は別に内申点なんかいらないんだが?」
「そう言うと思ったよ。でも、君は日頃自由にやり過ぎているからな。こういうところで釣り合いを取っておかないと」
「……どうしてそこまでするんだよ。俺なんか放っておけばいいだろ? お前だって俺のことは嫌いなんじゃないのか?」
うちのクラスで一番俺に振り回されている生徒といえば、やはり吉山だろう。だからクラスで一番俺に対する敵意も強くなっているはず。
なのにどうしてこいつは俺と一緒に買い物なんてしてるんだ。他の連中は大して俺と関わりのないようなやつですら俺を睨んでたのに。
「委員長をやると決めた時点で、問題児の相手をするつもりはあったさ。好きとか嫌いとかは関係ない」
吉山はただそれだけを簡潔に答えた。
「ほら、何をボサッとしてるんだ。君は荷物持ちなんだから、ちゃんとついてきてくれ」
「あ、ああ……」
その答えに納得できたわけではなかったが、特に言い返す言葉も見当たらなかった。
仕方がないので吉山の背中を追いかけ、売り場をあちこち練り歩く。
祭りに使うものというからてっきり太鼓とか法被とかかと思ったのに、実際はガムテープとかビニールひもとか、そういう地味なものばかりだった。
「こういうの毎年新しく買ってるみたいなんだけど、どうせ使い切るわけじゃないんだから使い回せばいいと思うんだよなぁ」
「そもそも何に使うんだそんなもの」
「立ち入り禁止区域を作る時に使うんだよ。事件現場みたいにビニールひもで区切りを作ってさ、そこにガムテープで張り紙をするんだ。休憩所とかを作る時にも使うかな」
「それもお前がやるのか?」
「いいや、生徒会と……あと、町内会の人がやるらしいよ。一応このお祭りの主催は町内会だからね。学校が校庭を貸してるのは地域貢献みたいなものだな」
「だったらなおさら俺たちが買い出しなんかする必要ないだろ。町内会のジジババがやればいいじゃないか」
「そう言うなよ。お祭りは準備も結構楽しいぞ。そうだ。予算ちょっと余ってるし、花火でも買って打ち上げようか? ああ……でもそういうのって許可がいるのかな?」
言葉通り、吉山はいつもより楽しそうだ。むしろ夏休みの前日で、お祭りも目前だというのに重苦しい顔をしている俺の方がおかしいのかもしれない。
「ところで君、この頃調子はどうなんだ?」
「……なんだよ。調子って」
「どうも今日は一段と君の嫌われ度が増している気がしてな。もしかして新宮さんに何かしたのか?」
「何かって……」
「彼女のことになると、どうも皆が穏やかではいられないらしい。あの高嶺の花が君みたいな不良に影響されてしまうのが許せないんだろう。ちなみに僕も嫌だ。頼むから彼女に悪い遊びを教えないでくれよ?」
「教えねぇよ! 俺はただ人に嫌われたいってだけで、後ろ暗いことなんかしてないぞ」
「そうだな。君は堂々とサボる腹立たしいやつだからな」
そう言って吉山は深々とため息を吐く。
「けど、彼女との付き合い方は考え直した方がいいかもしれんぞ?」
「……あいつに近づくなってことか?」
「そうじゃない。適切に接するべきだと言ってるんだ。幼馴染だからこそ自覚できないのかもしれないが、彼女は結構凄い人なんだからな」
「凄い人ねぇ……そんなことはないと思うけどな」
あいつは運動ができないし、から揚げにかけるマヨネーズの量もおかしい。もちろん良いところは沢山あるし、特技や長所だってある。でもそれは誰にだって一つや二つあるものだ。あいつが周りと比べてそこまで特別扱いされるほど凄い人だとは思えない。
「新宮建設のことは君も知ってるだろう?」
「あいつの親父の会社だろ?」
「今はそうだな。けど、あの会社は結構古くからあるんだ。僕も詳しいことまで知っているわけじゃないけど、彼女の曽祖父が百年近く前に興した会社じゃなかったかな? 来栖高校の校舎を建てたのも新宮建設のはずだよ」
「え、そうなの?」
それは初めて聞いた。そんなに歴史のある会社だったのか。
「最近じゃ市役所の建設にも携わったって聞いてる。そんな会社の跡取りなんだから結構凄い人なんだよ」
「へぇ……」
そうか。あいつは一人っ子だ。兄弟はいない。このまま一族経営を続けるなら、将来的には朱美が会社を継ぐことになる。
「そういえば、新宮建設は今回の夏祭りにも色々協力してくれているんだ。来賓として会社の偉い人たちも結構来るはずだよ。新宮様としては素直に楽しみ辛いかもしれないね」
「……なんでだ? 別に祭りで遊ぶことを禁止されてるわけじゃないだろ?」
「そうだけど、どうしても会社の人たちが見てる前では、次期後継者として振る舞うことを意識せざるを得ないだろう? 羽目を外し過ぎたら未来の部下からの印象が悪くなるかもしれないし、ただでさえお祭りは気が抜けがちだからね」
そんなことまで気を遣わないといけないのか。あいつも意外と大変なんだな。
「だからこそ、皆君を警戒しているんだ。それだけ大事な立場にいる人が、君みたいに不真面目になったら一大事だろう? 地域経済の危機だ」
「大袈裟過ぎんだろ。俺を一体何だと思ってやがる」
「学校一の嫌われ者だよ。わかったら君も今後は少し大人しくすべきだ。そうすれば皆も君のことを認めてくれる」
「……余計なお世話だ」
こいつは未だに俺の更生を諦めていないようだ。本当に根っからの学級委員長だな。
「さて、必要なものは一通り買ったかな。この後は学校に戻って、準備の手伝いをしてもらうよ」
「いい加減俺を解放してくれ……」
「君が真面目になったら、その時に解放してやろう」
「だったらそんな時は一生来ないぞ」
今度こそ帰ってやろうかと思ったが、荷物持ちとしてここまで来てしまった以上、全て吉山に押し付けて帰るわけにもいかない。少なくともこの買った荷物を学校へ運ぶまでは付き合ってやらねばなるまい。
そしてそこまで付き合うのなら、きっと準備の手伝いからも逃れられないだろう。面倒なことだが、どうやら一年一組の所属でいる間は、俺を何としてでも更生させるというこいつの執念と戦い続けなければならないようだ。




