第24話 報い
「……まさか高嶺の花がそんな形で作用するとは。想定外でした」
教室前の廊下にて、俺からの報告を聞き、合歓木先輩は微かに顔をしかめる。
「恐らく、高嶺の花が外敵を排除しようと動き始めたのです」
「外敵を? どういうことですか?」
「昨日の一件で、確かに高嶺の花の影響力は落ちました。私もそれは確認しています。恐らくはその状況に危機感──ただの現象に当てはめるには少々不適な言葉ではありますが、生存本能のようなものが働いたのでしょう。高嶺の花は、自分の力を弱める可能性を持つあなたを排除しようとしているのです」
「俺を……排除?」
「新宮朱美さんに心酔している人間を使い、彼女を守るという名目であなたを遠ざけようとしているのですよ。彼女の欠点を晒したことも上手く利用されてしまいましたし、作戦は失敗したと認めざるを得ませんね」
クソ……マズい。高嶺の花がまだ消えてないってことは、事態は朱美が退学に追い込まれる未来へ向けて着々と進行してるってことだ。早く次の手を考えないと、取り返しのつかないことになってしまう。
「一度作戦を考え直す必要があるでしょうね」
「ホームルームが終わったらすぐ生徒会室に行きます」
「いえ、会長も私も、他の生徒会メンバーも今は別の特異属性の対処で手一杯です。作戦会議はまた後日行うことになるでしょう」
「後日って……明日から夏休みですよ⁉ レポートに書いてあった事例じゃ、二学期が始まる時には、高嶺の花扱いされていた生徒はもう登校拒否になってたじゃないですか!」
「まだ一か月以上猶予はあります。それにその事例と同じ状況になるとは限りません。事態はもっと遅く進行するかも」
「だったら早く進行する可能性もあるだろ! 全校生徒のイメージが大事なんだから、夏休みに入れば高嶺の花のイメージを解消できるチャンスがなくなるじゃないか! 一刻も早く対策を練らないと取り返しのつかないことに……」
「落ち着いてください。焦ったところで事態は解決しません」
合歓木先輩は腹立たしいほど冷静にそう言ってのける。
「発現している特異属性は一つではないのです。確かに高嶺の花の優先度は高いですが、生徒会の総力を挙げて対処するわけにもいきません。それに、彼女は芯の通った強い方であると聞きます。状況が悪化したとしても、きっと乗り越えられるはずです。我々は彼女を信じて、冷静に対応していく他ないのですよ」
「………………ッ」
間違ったことは言ってないと思う。俺にとって朱美は特別だが、先輩や生徒会にとってはそうではない。大勢いる生徒の中の一人に過ぎず、特別待遇する義理などない。
だが、これは明らかな矛盾だ。以前までの合歓木先輩と言っていることが違う。俺が特異属性の存在を信じずに放置していた間、あれほど早く対応するようにと催促してきた彼女はどこへ行ったんだ。
「……合歓木先輩、一つ聞いていいですか?」
「はい?」
一言で表すならば、嫌な予感というやつだ。
俺は勘が鋭い方じゃない。どちらかと言えば鈍い方だ。だから僅かな異変があったとしても気づけない。
「あんた、昨日朱美が転ぶところを見たか?」
気付くとすれば、全てが終わった後にようやくだ。
「────ええ、見ましたよ。それが何か?」
合歓木先輩の目には曇りひとつなかった。不純物の一切ない、透き通るような瞳だ。
普段から感情を表に出さない彼女ではあるが、この時ばかりはそのポーカーフェイスの裏側にすら、何の感情も抱いていないように見えた。
「……いや、何でもないです」
俺は合歓木先輩から視線を外し、静かにその場を去る。
体が急速に冷え、指先が軽く痺れてくるような、そんな感覚がした。
「マジかよ……いつからだ? 今日になって突然……? それとも、もっと前から?」
合歓木先輩は以前に言っていた。新宮朱美の言動を直接目にすると、高嶺の花の影響を受けてしまう危険があると。
だから先輩はなるべく朱美と接触しないよう注意していた。それでも同じ学校に通っている以上完全に接触を断つことはできない。影響をゼロにすることは不可能だ。
そして昨日、朱美が体育館で転んだあの一幕。あの光景によって朱美が箱入り娘であるというイメージが出来上がり、それが高嶺の花の影響を強めるに至ったというのなら、駄目押しになった可能性は高い。
本人に自覚はないだろう。高嶺の花はそういう特異属性だ。
しかし俺はもう合歓木先輩を味方だと思ってはいけない。彼女は既に、朱美を退学へ追い込む一因に組み込まれてしまった。
「何だよクソ……俺が一人でどうにかするしかないのか……⁉」
俺の作戦が裏目に出てしまった。
まるで特異属性が意思を持っているかのように、こっちの小細工を見事に利用されての形勢逆転だ。朱美を色眼鏡なしで見ることができているのは、現状この学校に俺一人だけだと思った方がいい。
「何か、何かいい方法はないのか?」
焦りを感じながら、自分の教室へ戻る。
「あれ……?」
先に戻っていたクラスメイトたちは教室のあちこちで談笑していた。もちろん誰とも会話せず一人で席に座っている生徒も何人かいたが、その内の一人が朱美であることが引っかかった。
「あいつの周りに……人だかりができてない……」
最近は高嶺の花の影響で、朱美には五人以上の生徒が常にくっついているくらいの勢いだった。なのに今、あいつは完全に一人だ。それどころか、他の生徒から距離を取られているようにすら見える。
「────ねえ、この後のことなんだけど」
朱美は席から立ち上がり、少し離れたところにいた女子に声をかける。
「ひっ……! ご、ごめん! わ、私、わかんないや!」
しかしその女子は朱美の接近に気づくなり、周りの女子と逃げるように教室を出てしまった。
「や、やば! 今、私、新宮様に話しかけられちゃった!」
「違うって! 話しかけられたのは私!」
「いやいや私でしょ! 完全に目が合ってたもん!」
廊下で集まった女子たちが、そんな心底くだらない話で盛り上がっている。
「────お、アレじゃね? 新宮朱美って」
「うお、マジじゃん。やっぱオーラが違ェな」
「写真撮っとけ、写真!」
そんな女子たちの横には、教室内にスマホのカメラを向ける上級生の姿がある。
彼らは被写体である朱美の許可など当然のように取ることなく、無遠慮にパシャパシャと写真を撮っている。
「やべ、こっち見た!」
「カメラ目線やば! 超カワイイじゃん!」
「それ、俺にも送っといて! 帰ってから例の加工してやっからさ!」
彼らはそのまま朱美に謝罪の一つもないまま、ヘラヘラと笑いつつ足早にどこかへ去って行った。
「………………」
朱美は追いかけて文句を言うこともなく、しんみりと自分の席に戻る。そんな彼女に声をかける者は誰もいない。
「なんだ……これ……?」
一言でいうならば、唖然とした。
朱美は今、特異属性の影響で人気者になっているはずだ。皆から好かれ、愛されているはずなんだ。好きという感情は嫌いという感情よりもよほど攻撃的であるというのは俺の持論だが、それでもこんな風になることは想定していなかった。
誰もこの状況に違和感を覚えないのは、特異属性のせいなのか? 全校生徒の誰もが知る人気者である以前に、朱美は普通の女子高生なんだぞ? なのにどうしてあんな、物言わぬ銅像か何かみたいな扱いが許される?
「このままじゃ……駄目だ」
いよいよ危惧していた最悪の事態が迫っているのを感じる。だが、一体俺に何ができるというのだろう。
人の心と向き合うことを徹底的に避け、嫌われ者になる道を選んだ俺が、あいつらに説教をかますのか? ちゃんと朱美の心と向き合えとでも?
「それでも……!」
俺だけは朱美の味方でいないと駄目だ。学校中が朱美を持ち上げたとしても、俺だけは朱美のためを思って行動しなくては、いよいよあいつは孤立してしまう。
「あけ……」
朱美に声をかけようとすると、教室にいた連中が一斉に俺を見た。
俺は人から嫌われるよう努力してきた。ならばこうして敵意を向けられるのも必然だろう。俺を攻撃し、排除しようとする明確な害意が教室中に充満しているのを感じる。
「………………ッ」
俺はその強大な集団意識を前にただ硬直し、呆然とすることしかできなかった。
「────あ、ここに居たか。おい切畑、君は一体どこへ行ってたんだ」
気付けば、吉山が俺の肩に手を置いていた。
「え……? あ、ああ、ちょっと二年の教室に行ってた」
「寄り道するなよ。全く……うちのクラスの生徒がいきなりいなくなったら委員長である僕の責任じゃないか。君には罰として、この後ちょっと雑用を手伝ってもらうぞ」
「は……? いや、俺はそれどころじゃ……」
「どうせ大した用事もないんだろ。ホームルームが終わったら付き合ってもらうからな」
そう一方的に言って、吉山は自分の席に戻った。
俺には大事な用があるというのに、勝手なやつだ。しかし、俺が委員長に捕まったからだろうか。心なしか俺に向けられる敵意が弱まったような、そんな気がした。




