第23話 急転直下
翌日、この日は終業式が行われた。明日から夏休み、そして三日後には夏祭りだ。昨日のバレーボール大会も尾を引いているのか、学校中に浮かれた空気が漂っている。
俺としても夏休みというのは実に歓迎すべきイベントだ。嫌われようと努力するまでもなく周囲の人間との関わりを断つことができるボーナスステージみたいなものだからな。
皆はこの夏休みで部活に勤しんだり、勉強に取り組んだり、バイトをして社会経験を積んだり、友情や恋心を育んだりするんだろう。
大いに結構。だが俺はクーラーの効いた部屋で静かな夏を過ごさせてもらう。それが切畑秀児の高校一年の夏だ。
「────なあ、おい秀児!」
終業式が終わって教室に戻る途中、同じクラスの男子が肩を組んできた。
「なんだよ。この暑いのにくっつくな」
「そう言うなよ。お前に聞きたいことがあるんだ」
話しかけられることすら稀な俺が、こうも馴れ馴れしくされるなんて珍しいことだ。俺はこいつの名前も知らないし、ほとんど関わったこともないはずなのだが。
「お前、新宮様の幼馴染なんだってな?」
「やっぱりその話か。そうだけど、それがどうした?」
「だったら新宮様の家庭事情とかにも詳しいのか?」
「……家庭事情?」
昔は新宮家と家族ぐるみの付き合いがあったが、それが途絶えてしまって久しい。ほとんど会ってもいないので、事情に詳しいとは言えないな。
「なんでそんなこと気にするんだよ」
「噂を聞いたんだよ。新宮様は小さい頃からずっと筋金入りの箱入り娘だったって」
「箱入り娘? いや、そんなことはないと思うけど……」
箱入りって部屋にずっと閉じ込められて、世間知らずなまま育てられるやつだよな?
朱美はそこそこ大きい会社の社長令嬢ではあるが、特に変わった育てられ方をしたわけではないはずだ。多少過保護というか、教育熱心だったような記憶はうっすらとあるが、少なくとも箱入りなんて呼ばれるほどじゃない。
「どこから出てきたんだその噂?」
「さあ? 出所は知らないけど、昨日のバレーを見て確信したぜ。きっと子どもの時から外で遊ぶことを許されず、大切に育てられてきたお姫様なんだろうなって」
ああ、アレか……確かにアレを見せられたら、スポーツなんて産まれてから一度もしたことがない生粋の箱入り娘だと思われても仕方ない……かもしれない。
「やっぱお嬢様は違うよなぁ。なんでこんな普通の高校に入ってくれたんだろ。もっと可憐なお嬢様が集う私立の女子高とかに居るべき逸材だろ」
「あいつは普通の女子だぞ。そんな特別なやつじゃない」
「何言ってる。あんなにも儚げで高貴な美少女が普通にいてたまるか。皆で守っていかなきゃならない高嶺の花なんだぞ?」
「…………えっ?」
気になる単語が聞こえ、俺の足は反射的に止まった。
「高嶺の花……? あいつが……まだ……?」
「ああ、そうだ。お前マジで幼馴染だからって調子に乗るなよ? 本来新宮様は俺たちが触れていいような方じゃないんだからな? もし変な虫がついたりしたらあんな天使をこの学校に通わせてくれている親御さんに申し訳が立たないぞ!」
何を無茶苦茶なことを言ってるんだコイツは。冗談のつもりか? だったらもう少しわかりやすく言ってくれないと愛想笑いもできないぞ。
「運動神経の悪さが露呈して、イメージが落ちたんじゃないのか……?」
「はぁ? 何言ってんだよ。失礼なやつだな。お前本当に新宮様の幼馴染かよ。本当は運動できないのに、皆のイメージを崩さないように今まで必死に取り繕っていてくれたんだろ? あんな健気なお嬢様が他にいるか?」
「いや、あいつはそんなこと考えてるわけじゃ……」
「何だよ。新宮様の頑張りにケチつけるのか? 俺もあんまりこういうこと言いたくないけどさ。お前いくら何でも限度ってものがあるぞ?」
さっきまで親し気だった男子生徒が急に態度を変え、俺の肩に回した腕に力がこもる。
「いつもいつも皆に迷惑かけて、ただでさえこっちは我慢してやってんのに、その上新宮様を馬鹿にするようなこと言ったらマジで流石に許さんからな? 何を勘違いしてんのか知らないけど、お前はただ新宮様と昔から知り合いだったってだけの仲だ。別にお前は偉くも何ともないんだぞ? わかってんのか?」
「……俺が朱美を利用して好き勝手やってるとでも? ふざけんな。俺は自分の責任で好き勝手やってんだよ」
「だったらもう新宮様に関わるなよ。お前のことは皆嫌いだけどな、悪口とかは言わないようにしてるんだ。だってお前の悪口を聞いたら、新宮様が悲しそうな顔するからな。あの人にあんな顔させるのがどれだけ罪深いことかお前はわかってない。今後も自分勝手なことばかりするつもりなら気を付けた方がいいぞ。そろそろ我慢の限界だってやつは大勢いるんだ。これはお前のために言ってるんだからな?」
半ば脅しのようなことを言って、彼は俺から離れた。
「んだよ……それ」
言いたいことは色々あるが、ここはグッと堪えるべきだ。今はあいつと喧嘩なんてしている場合ではない。それより優先すべきなのは、高嶺の花への対処だ。
どうやら朱美に発現した特異属性はまだ消えていない。それどころかより影響力を増しているように思える。今まで朱美ファンがあれほど攻撃的な姿勢を取ってきたことはなかった。事態はより悪化していると見るべきだろう。迅速に生徒会で対策を考えるべきだ。そう思った俺は自分の教室へは戻らず、合歓木先輩のいる教室へと向かった。




