第22話 特別な人
家に帰った俺は、ソファーに疲れた体を投げ出して寝転んだ。
「キツかったぁ~」
バレーボールなんて久々にやったな。中学の体育以来じゃないのか。
運動神経にはそれなりに自信があるのでどうにかなったが、運動不足で体力のない俺は少し動いただけで疲労困憊だ。
朱美の方へ行くため途中でチームから抜けたが、もしそういう事情がなかったとしてもあの頃にはもうガス欠を起こしていたため、以降の活躍は見込めなかっただろう。むしろチームのお荷物になっていたはずだ。
「けど、吉山たちの中じゃ俺は女子の試合を見に行くために男子の試合を放棄したってことになってるだろうからな。ひょっとしたら今頃打ち上げで、俺の悪口で盛り上がってるかもしれん」
これでますます俺はクラスの腫れ物になるだろう。そうして誰からも関わられなくなってついには世話焼きの吉山だって俺を見捨てる。その時が着々と近づいてきているのを感じる。
「これでいい。これでいいはずなんだけど……」
もしクラス内から俺の居場所が完全になくなっても、朱美は俺の味方でいてくれるんだろうか。それだけが気がかりで、せっかく順調に嫌われようとしているのに素直に喜べない。
「このままでいいのかな……」
「────それならいっそ告白しちゃえば?」
「告白かぁ……でも、俺は……」
「フラれるのが怖いんだ?」
「そういうわけじゃ……って、当たり前のように独り言に介入すんなよ⁉」
ソファーの後ろから身を乗り出している姉さんに、俺は飛び起きながら抗議した。
「えぇ? リビングで堂々と独り言話してる方が悪いでしょ。返事してくれって言ってるようなものじゃん」
そう言われてしまっては何も言い返せない。流石は姉さん。俺を言い包めることに関しては他の追随を許さない圧倒的な実力を持っている。
「……というか、俺そんなに声に出してたか?」
「お姉ちゃんだからね。大体わかるよ。朱美ちゃんのことが大好きだけど、告白するのは怖いなぁって悩んでるんでしょ?」
「全然違う!」
……しかし、当たらずも遠からずというか、朱美との付き合い方に悩んでいるという点はピタリと当ててきている。
「……あいつはなんで俺のことを嫌いにならないんだろう。俺はそれがずっと気になってるんだ。何をしても変わらず接してくれるし、今日だってあんなことしたのに嫌いになるどころか夏祭りの約束なんて……」
そこまで言ったところで、俺は自分の失言に気づく。
「へぇ~朱美ちゃんと夏祭り行くんだ。いいじゃん。楽しそうだねぇ。お姉ちゃんもこっそりついて行こうかな?」
「来るな! 絶対来るなよ⁉ マジで来るなよ⁉」
「はは、行かないよ。お姉ちゃんは弟のデートに水差すほど野暮じゃないって」
「デートじゃねぇって……」
クソ、こうやって揶揄われるから言いたくなかったんだ。
「あいつは俺と二人で行くとは明言してなかったから、ひょっとしたら大勢で行くのかもしれない。それならデートじゃないだろ」
「秀児の性格を知ってて、大勢で行くお祭りに誘うわけないでしょ。確実に二人きりだって」
「それは……まあ……」
俺がどうこう以前に、俺と一緒に祭りへ行くことを了承するやつがうちの学校にはいないだろうしな。俺を誘ったということは二人きりでほぼ確定というのは正しい。
「なんで俺を誘ったんだろう。同級生も大勢来るだろうし、俺と一緒にいたら変な目で見られることはわかってるはずなのに……」
「いやいや、何すっとぼけてんの? そんなのわかり切ったことじゃん」
姉さんはうだうだ言っている俺をぶった切るように言った。
「というか、秀児も本当はわかってるでしょ?」
「……わかるわけないだろ。他人が何を考えてるのかなんて」
「ふぅん……ま、あたしからは口出ししないけどさ。もうちょっと朱美ちゃんのことを信じてあげてもいいんじゃないかって思うけどね」
「信じる……?」
「そう、だって普段から人に嫌われるようなことばっかしてるあんたのことをわざわざお祭りに誘ってくれるんでしょ? それはもう相当だよ? あの子ならあんたとも仲良くやれると思うけどなぁ」
朱美がなぜ俺を嫌わないのか。その理由はわからない。たとえどれだけそれらしき答えが浮かび上がったとしても、朱美の心を覗けない以上それは妄想に過ぎない。
そしてそれは今後永久にそうなのだ。仮に二人の人間が今日お互いを理解しあったとしても、明日はどうなるかわからない。
だから二人は明日もまたお互いを理解できるよう努力し続けなければならない。明後日も、来週も、来月も、来年も、十年後もだ。
俺が不安なのは朱美の気持ちがわからないことじゃない。誰かを特別視するということは、ずっと互いへの理解を強制し、束縛し合うような関係になるということだ。俺は朱美にそんな呪いをかけることが不安なのだ。
どれだけ仲の良い二人でも、呪いは簡単にその関係を引き裂く。他人の心という目に見えないものに気を遣い続けるのはそれだけ過酷なことだ。そうやってバラバラになってしまった人たちを、俺はこの目で、間近に見た。
だったら他人の心は理解できないものだと割り切ってしまった方がよほどいい。その方がずっと、健全な人間関係を構築できる。
そう思ってきたのだが……。
「信じて……いいものなのか……?」
あいつを苦しめるようなことはしたくない。俺みたいな人間に縛られてほしくない。だけど、あいつが俺を受け止めてくれるなら……俺だってあいつを受け止めたい。それが俺の本音で、姉さんはそれを見抜いている。
「人の心はたしかにわからないよ? 何を考えているのかなんてサッパリね。けど、初めからどうせ無理だって諦めずに、話し合うことは大切でしょ」
「話し合うったってなぁ……そんな改まって……」
「恥ずかしい? それならその夏祭りの日に話してみなよ。イベント事の日は気分も浮かれて、口が軽くなるかもしれないし」
「うぅむ……」
腹を割り、お互いの気持ちをぶつけ合って、人はその関係を深めていく。
人から嫌われたいというのは、言ってしまえば逃げだ。自分の気持ちも、相手の気持ちも知ろうとせず、ただの逃げ惑うだけの生き方だ。
俺もそんな生き方から、少しは変わらないといけないのかもしれない。
人から好かれたいとはまだ思えない。嫌われた方がずっとマシだという考えは、きっと当分変わらないだろう。
それでも一歩前へ進まなくては、人は離れていくばかりだ。朱美だって例外ではなくいつか俺から離れていってしまう。それが嫌なら、俺が歩み寄るしかない。
「ほら、どうなの?」
「わかったよ……話してみる」
俺が首を縦に振ると、姉さんは満足げな笑みを浮かべた。
まったく……口出ししないと言いつつ、お節介なことだ。
しかし姉さんの言う通り、夏祭りはいい機会かもしれない。俺の正直な気持ちを、朱美にぶつけてみることにしよう。いつまでも中途半端な態度じゃあいつに迷惑だからな。




