第21話 謝罪
保健室の入り口には一年一組女子の見張りが立っていた。ベッドで眠る朱美に男子が近づかないようにするためだろう。だから俺は窓から侵入することにした。
「最悪」
俺の侵入に気づいた朱美は、開口一番そう呟いた。
「全然透けてないじゃない。わざとあんなこと言ったわね?」
「ま、まあ……ちょっとしたいたずらというか……想像以上に効果が大きかったけど」
朱美を失敗させるためにあんなことを言ったわけだが、まさかあそこまでの大失敗をしでかすとは思ってもみなかった。しかしそれだけに効果はテキメンだ。
あの後、新宮朱美が実は運動音痴であったことに落胆する声をチラホラ聞いた。近い内に完璧超人染みたイメージは崩壊してくれるだろう。
「大丈夫か? 怪我とかしなかったか?」
「何ともないわ。ちょっと鼻がヒリヒリするくらいで無傷よ」
「それは良かった」
「良くないわよ。どうしてくれるの? 体育館のど真ん中であんなに盛大に転んで、とんでもない赤っ恥よ?」
朱美がふくれっ面で俺を睨んでいる。
当然だ、あんなことをされれば怒るに決まっている。
流石の朱美もこれで俺に愛想を尽かしたかもな。長い付き合いだった幼馴染とこれで疎遠になるというのもなんだか虚しいが、それでいいんだ。
なにせ俺は全員から嫌われて生きることを信条としている身。朱美だけが例外だった今までがおかしかったんだ。
「……本当にごめん。調子に乗り過ぎた」
なのに、どうして俺はこんなにも真剣に謝っているんだろう。
適当に笑って済ませれば、朱美だって俺のことを嫌いになるだろうに、どうして俺は許されようとしているんだ。
「今回ばかりは許さないわよ」
朱美が言い放ったその言葉に、落胆している自分がいる。信条を貫き通すならこれは願ってもない言葉であるはずなのに、なぜか受け入れられずにいる。
……いや、どうしてとか、なぜかとか、そんなとぼけた言葉で濁しつつも本当はわかっているんだ。
新宮朱美は俺にとって特別な存在である。
ただそれだけのことなのだということを。
「絶交よ。二度と私に関わらないで」
だからこんなことを言われて、晴れ晴れとした気持ちになるはずもない。俺は俺の役割を果たしたのだから仕方ないと割り切ることもできない。
俺はそんな自己犠牲の精神に溢れたヒーローではないのだ。たとえ朱美を特異属性の魔の手から救い出せるのだとしても、こんなことを言われると事前にわかっていたなら別の方法を考えた。
認めよう。全員に嫌われようとしていただなんて、そんなのは嘘だ。本当はただ一人だけ嫌われたくない人がいた。
好意的な感情は長続きしない。口では愛してると言っても、人は簡単に裏切る。だったら人から嫌われる方がずっと楽だ。そう理解していながらも、彼女にだけは嫌われたくなかった。理由なんかない。必要もない。それが俺の本音なんだ。
「朱美、俺は……」
口を開いたはいいが、言葉に詰まる。人から嫌われないようにするにはどうしたらいいんだろう。ずっと真逆のことしかしてこなかったから、正解がわからない。
「ああ……いや、えっと……その……」
「良かった」
何を言おうか迷っていた俺の顔を見て、朱美はクスリと笑う。
「そんなに泣きそうな顔をして。私から嫌われるのは、ちゃんと嫌がってくれるのね」
「へ……?」
「絶交だなんて嘘よ。そんなに怒ってないわ」
朱美の穏やかな声を聞き、俺は近くにあった椅子にへたり込むようにして座った。
こんなに安心するなんて、自分でも驚きだ。俺は一体どれだけ単純な構造でできた人間なんだろう。
「けど、タダでは許さないわよ。条件があるわ」
朱美は油断し切った俺の鼻先に人差し指を突き立てる。
「一緒に夏祭りに行くわよ。そうしたら許してあげる」
「……夏祭り? うちの校庭でやるっていう、あの?」
「そうよ。私、事情があってあの祭りに絶対出なきゃいけないのよね。でも一人で巡ったって楽しくないから秀児も一緒に来て。これが呑めないなら許してあげないわ」
「なんだそりゃ、そんなの条件になってるのか?」
「じゃあ呑めないの?」
「い、いや、そんなことはない。夏祭りに行くくらいお安い御用だ」
「そう、じゃあ約束ね」
そう言って彼女は俺の前に小指を差し出す。
「こんな子どもっぽいことしなくても……」
「いいじゃない。子どもっぽくても。ほら」
俺が躊躇っていると、朱美は無理やり俺の手を引っ張って、指切りをした。
「はい、約束。破ったら許さないからね?」
「あ、ああ、わかってる」
一緒に夏祭りへ行っただけで許されるなんて変な話だ。それとも朱美は初めからこの約束をするつもりで、怒ったフリをしていたんだろうか。だとすればそれって……。
「────あ、切畑秀児!」
室内の物音を聞きつけたのか、外で見張っていたはずの女子生徒が、大声をあげて保健室内に踏み込んできた。
「やべ、じゃあ俺はこれで」
「待ちなさいこの不良! 新宮様に何をしてるの‼」
鬼の形相で迫ってくる女子生徒から逃れるべく、俺は窓から外へ出た。
こうしてクラス対抗バレーボール大会は無事終了した。
やや想定外の事態はあったが、結果としては朱美が運動音痴であることを知らしめるという目的は達することができた。
イベントとしてもこの大会は好評を博したようで、閉会式の頃には多くの生徒が楽しそうな表情を浮かべていた。
余談だが、一年一組は男女チームともに一年生の部で優勝を果たしたらしい。放課後には打ち上げをするみたいな話で盛り上がっていたが、当然俺は行かなかった。
そもそも誘われなかったし、誘われたとしても、打ち上げにのこのこ顔を出すようなやつは嫌われ者として失格だろうからな。




