第20話 バレーボール大会
合法的に授業をサボれるというのは、うちの学校の真面目な生徒たちからしても嬉しいことらしい。
突然発表されたクラス対抗バレーボール大会もすんなり受け入れられ、当日は学校全体が大いに盛り上がっていた。猿投先輩の思惑通りだな。
各クラス男女別にチームを作り、学年ごとに優勝チームを決める形式で行われる。体育館には六つのバレーコートが用意され、それぞれ一年男子、一年女子、二年男子、二年女子、三年男子、三年女子の大会が開催される運びだ。
……とまあ、そんなことは正直どうだっていい。
俺の目的は朱美の情けない姿を衆目に晒してやることだ。
こう言うととんでもなく性格の歪んだやつみたいだが、特異属性を抑え込むためにどうしても必要なことなのだから仕方ない。
「どこかで隙を見て動くしかないか……」
既に各コートで試合は始まっていて、体育館中に声援やら掛け声やらが響いている。
朱美は運動神経が悪い。
小学生の頃、一緒にバッティングセンターへ行った時のあいつは、ボールが体の横を通過した一秒後くらいにようやくバットを振り始めるくらい鈍かった。
その鈍さは未だ健在だ。ただ体育の授業などを見ているとわかることだが、朱美は運動神経が悪いなりに上手く誤魔化す術を身に付けている。
テニスの授業があれば前衛を志願し、後ろのペアにラリーをほとんど任せる。サッカーの授業があればボールが飛んでこなさそうな場所で息を潜めて気配を消している。
そんなこんなで未だこの高校における朱美のイメージは才色兼備、運動神経抜群なご令嬢のままだ。今日だって何もしなければ、あいつは上手く自分の鈍さを隠し通してしまうだろう。そこで俺が直接手を下すしかないというわけだ。
「おい、何をしてるんだ? そろそろうちの試合が始まるぞ?」
女子のコートをジッと見つめていると、吉山が声をかけてきた。
「さっきは凄かったな。まさか君があんなに運動神経がいいなんて知らなかったぞ」
「ん? ああ……まあな」
早いところ目的を達成したいのだが、男子も女子も並行して試合をしているため、朱美のところへ行けるチャンスがなかなか巡ってこない。
自分の試合をなるべく早く切り上げ、朱美のチームが試合をしている最中に近くへ行けるよう画策しているのだが、今のところタイミングが噛み合っていない。こっちが試合をしている最中に向こうも試合が始まってしまう。
「あ、来た!」
さっきまで壁際に座り、休憩していた朱美が立ち上がった。どうやら今から一年一組女子の試合が始まるらしい。
「俺、ちょっと女子の応援行ってくるから!」
「は⁉ お、おい! こっちの試合もすぐ始まるぞ!」
「そっちはお前らで何とかしてくれ!」
吉山の制止を振り切り、女子の試合が行われているコートへ。
「────あら、秀児。こっちの試合を見に来たの?」
駆け寄ってくる俺をいち早く察知した朱美が、軽く手を振りながら声をかけてくる。
「ああ、女子の試合の様子が気になってな」
朱美の顔を見ると、映画館での一件がフラッシュバックする。
突然抱き着いてきたアレは、一体なんだったんだろう。いつものいたずらにしてはちょっと度が過ぎているように思う。
それだけじゃない。から揚げの件も含めて、ここ最近の朱美はどうも様子が変だ。高嶺の花の影響が何かしら彼女自身にも出ているのだろうか。
……いや、これも考えるだけ無駄だな。今は目の前のことに集中だ。
「そっちの調子はどうだ?」
「こっちは順調よ。今のところ全勝してるわ」
「お前は出てるのか?」
「全然出てないわよ。まだ一回もボールを触ってないわ」
「一試合のうち一回は出なきゃいけないルールだろ?」
「だからちょっとだけ出てるわよ。でもなるべくボールに近づかないようにしてるの」
やはり朱美は今日も上手い具合にやり過ごそうとしているようだ。昔からの運動音痴なだけはあってその辺のバランス感覚は抜群だな。
「せっかくだからこの試合でサーブ打ってくれよ」
しかし、俺としては朱美にこのまま恥をかかずに終わってもらっては困る。どこかでその運動音痴ぶりを晒してもらわなくてはならない。
「わ、私がサーブ? 冗談でしょ?」
「冗談じゃない。俺は本気だ」
「な、なんでよ。私がこういうの苦手だって秀児は知ってるでしょ?」
「それでもいいじゃないか。お前が活躍してるところを見せてくれよ。せっかく見に来たのにお前がずっとベンチじゃつまらないだろ」
朱美の活躍が見たいという意味では、これは紛れもなく本心だ。ただ、活躍という言葉の意味合いに語弊があるであろうことにはあえて触れないが。
「……秀児がそこまで言うなら、わかったわ」
朱美は渋々ながらも、キャプテン的役割らしき女子生徒に掛け合う。するとすんなり要望が通り、朱美がサーブを打つことになった。
バレーボールの公式ルールを俺はよく知らないが、今回の来栖高校大会ではサーブ権や選手の途中交代なんかは割と融通が利くようになっている。なるべく多くの生徒に出場機会を与えるために、あえてルールを緩くしているらしい。
「それじゃあ、行くわよ」
朱美がボールを受け取り、コートの端に立った。
その瞬間、さっきまで騒がしかった体育館が一気に静かになる。示し合わせたわけでもないのに、全校生徒が朱美のプレーを見るべく一斉に動きを止めたのだ。
そんな異様な緊張感の中、朱美は頭上にボールを放り投げた。
その投げ方からしてもうわかる。このサーブは絶対に失敗すると。
ボールをトスするだけなのになぜか両足がちょっと浮いてるし、ジャンプサーブするわけでもないのにやたらとトスが高いし、しかも自分の後ろに落ちるような軌道で投げてるし、何ひとつ成功する要素の無いメチャクチャなサーブだ。
でもこれでいい。朱美には申し訳ないが、俺は朱美に退学してほしくないんだ。ちょっと恥ずかしい思いをする程度で済むなら、喜んでそっちを選ばせてもらう。
ここで大恥かいてしばらく笑いものにされる代わりに、高嶺の花の呪縛から解き放たれてくれ。
「えいっ!」
朱美が恐ろしくズレたタイミングで腕を振る。案の定その腕は空振りに終わり、ボールは床に落ちる。
……と思われたのだが、その直前で朱美の足に当たり、ポーンと跳ね上がった。
「は?」
しかもなぜか無回転になったボールは、そのままフラフラと相手チームのコートへ飛んでいく。
完全にタイミングを外された上に、かなり気持ち悪い軌道で飛んできたボールを処理することは難しかったようで、落下点に入った女子は上手くレシーブできずにボールを弾いてしまった。
「え、何今の……?」
「ミスった……のか?」
「バカ、新宮様がミスなんてするわけないだろ。アレはフェイントだよ、フェイント」
流石の観衆も今のサーブには戸惑ったようで、あちこちから歓声ともため息ともつかないような声が聞こえてくる。
「何だ今の……?」
俺だって困惑している生徒の内の一人だ。あんなヘンテコサーブ見たことがない。何がどうなればあんなものが打てるんだ。
ここで俺が考えるべきなのは、アレがただのマグレなのか。それとも特異属性の影響によるものなのかだ。
ただのマグレなら、もう一回打てば失敗するだろうからさほど問題はない。だが特異属性の影響だった場合厄介だ。
俺は高嶺の花の特異属性を、周りの人間の認識に影響を及ぼす現象だと思っていた。事実それは間違っていないはずだ。
しかし、それは具体的にはどういうことなのだろう。朱美のやることなすこと全てを正しいと感じてしまうようになるのか、それとも朱美のやることなすこと全てが本当に正しくなるのか。
後者だとすれば、朱美はサーブを打つたびに超常現象的スーパーサーブを放つことになりかねない。そうなると、このままでは彼女に恥をかかせるどころか、とんでもない見せ場を与えることになるかもしれん。
「マズいな……朱美に失敗させるためにこの場を用意してもらったのに……」
さっきのサーブで点を取った朱美は、自分自身納得していないような顔をしながらも二本目のサーブを打つべく準備に入っている。
「もう一度だけ様子を見て、マグレかどうか確認するか? ……いや、俺がマグレじゃないと確信したタイミングで、皆も同じことを思うはずだ。そうなるとその次で失敗させたとしても朱美の評判を落とすには至らない……失敗させるなら今、このサーブだ!」
既に朱美はトスを始めている。さっきと同じ、軌道も高さもメチャクチャなトスだ。
妨害することは簡単だが、あくまで朱美の運動神経の鈍さを明らかにするような形でなくてはならない。
直接触れることなく、朱美の気を逸らし、どうにか特異属性の力でも修正できないほどの大失敗に誘導するしかないか。
「だったら……」
さっきのサーブは奇妙なほどの静寂の中で行われたが、今回はあの謎サーブの直後ということもあって全体的に騒然としている。
俺一人が何か叫んだところで、群衆の声にかき消されるだろう。言葉で朱美のミスを誘うのは難しいかもしれない。だが、あいつにとって特別重要な情報であれば、ちゃんと耳に届くはずだ。いわゆるカクテルパーティー効果というやつだな。
頭上のボールを必死に追いかける朱美の近くまで行き、口の前で両手を筒のようにして朱美にだけ伝えるつもりで叫んだ。
「────朱美! ブラが透けて見えてる!」
俺の声が朱美の耳にしっかりと届いたのだということはすぐにわかった。
「へっ⁉」
彼女は顔を真っ赤にし、両腕を体の前で組んだ。そうして縮こまった彼女の背中に落ちてきたボールが当たり、そのまま壁の方へと転がっていく。
「ひゃっ⁉」
それに驚いた朱美はバランスを崩し、足をもつれさせる。そこへ壁に当たって跳ね返ってきたボールがタイミングよく現れ、彼女の足首を狙撃するかのようにぶつかる。
「ぎえっ⁉」
そうして本格的に体勢を崩した朱美は、床に手を突くこともバランスを取り直すこともできずに顔面からダイブ。尻を突き出すような姿勢で体育館の床に埋まった。
もちろんブラが透けているというのは朱美のミスを誘うための冗談だったのが、あまりにも芸術的な転び方した結果、体操服がめくれ上がり、本当にちょっと見えてしまった。
その後、体育館全体が地震かと思うほど大きくどよめいたのは言うまでもない。女子たちは近くにいた男子たちに素早く目潰しを放ち、恐らく人類史上最も間抜けな転び方をしたであろう朱美を恐るべき速さで保健室へと担いでいった。
……ちなみに紫だった。




