第19話 本命
「────ご苦労だったね。作戦が上手くいったようで何よりだよ」
月曜の朝、生徒会室に顔を出すと、猿投先輩が両手を左右に広げて待ち構えていた。
「全部合歓木先輩の手柄ですよ。俺は何もしてません」
「作戦の性質上、彼女一人では成功し得なかったさ。半分は君の手柄だよ」
既に報告は合歓木先輩から受けていたのだろう。猿投先輩は事前に用意してあったかのような慰めの言葉を俺に投げかけた。
「プールに落ちた隕石も週末の内にどこぞの研究機関が回収していったそうだ。プールの底に大穴が空いてしまったが、水泳の授業も水泳部もない我が校では大した問題にはならない」
「でも、犬山が泣くとヤバいって状況に変わりはないんでしょ? この次はどうすればいいんですか?」
「雨女の危険度は単体で見ればそこまで高くない。事の元凶は、犬山君の精神を不安定にしている高嶺の花にある。雨女は放っておいても梅雨が明ければ勝手に消滅してくれるはずだから、今後我々が対処すべきなのは新宮君に関する問題の方だ」
「朱美の……」
雨女の特異属性が真実だった以上、高嶺の花についても信じざるを得ない。このままでは朱美が退学に追い込まれるという話も、信憑性が高いということだ。
脳裏に蘇るのは、目の前に隕石が落ちたあの瞬間の光景だ。あんな衝撃は人生で何度も経験するものじゃない。きっと一生忘れられないだろう。
アレと同じような大事故がまた起きるかもしれない。しかも今度の当事者はよりにもよって朱美だ。前回のような体たらくは許されない。
「教えてください。どうすれば朱美の特異属性を止められますか?」
「やる気になってくれて嬉しいよ。しかし、解決策については未だ検討中なんだ。以前は君と新宮君が交際しているという噂を流すことで、彼女が高嶺の花であるというイメージを払拭しようとしたが、雨女の犬山君がそれに強い拒否感を示していることがわかった以上、この手はもう使えない」
「だったらどうするんですか⁉ 早くしないと、朱美がヤバいんでしょ⁉」
「慌てるなよ。要は彼女の評判を、高嶺の花によって持ち上げられる以上の幅で落とせばいい。しかし悪評を流すのは論外だ。特異属性と関係なく、彼女の学校生活に甚大な悪影響を及ぼしかねないからね」
「退学になったら学校生活なんてそこで終わりです。それどころか、もっと酷いことになる可能性だってあるんじゃないんですか⁉ 前は下手したら世界の滅亡すら有り得るって……そんな悠長に構えてる暇ないでしょ!」
「仕方ないんだよ。確かに、先日は君を焚きつけるためにあえて極論を言ったけどね。本来ならあまり特異属性を危険視しすぎるのも問題なんだ。なにせアレは我々の認知次第で大きく性質を変えるからね。人類全体の脅威だと思って対応すれば、本当にそのレベルまで成長しかねない。僕らはあくまで生徒会として、学校内の些細なトラブルを解決するつもりで構えるべきなんだ」
「些細なトラブルって……」
理屈はそうだとしても、なかなかそう割り切れるものではない。アレほどの超常現象をそんなちっぽけなスケールで考えようだなんて……。
……いや、落ち着け。常識に縛られるのも、感情に流されるのも駄目だ。相手はこっちの理解を超えた存在なんだから、あまり細かいことは考えず、問題の対処にだけ集中すればいい。
一度全てのしがらみを捨てて考えよう。今回ばかりは俺の信条だって二の次だ。そうでないと到底太刀打ちできそうもない。
「……わかりました。じゃあ超常現象とか、特異属性がどうとかではなく、あくまで新宮朱美という一個人の評判を高嶺の花から引きずり落とす方法を考える……ってことでいいんですね?」
「ああ、その通りだ。新宮君と昔馴染みである君なら、彼女の評判を落とすことなく高嶺の花というイメージから遠ざける方法を考えつくんじゃないか?」
高嶺の花といえばどんなイメージだろう。成績優秀、容姿端麗、そして何でも卒なくこなし、周りの人とは一線を引いて接するお嬢様といったところか。
あいつの成績は実際に優秀だし、容姿も整っている。そのイメージを落とすことは困難だ。
ならばあいつの欠点をわかりやすく示し、何でもできるイメージを払拭してやるのが一番手っ取り早いか。
「あいつ、実は結構運動音痴なんですよ。体育の授業中は上手く誤魔化してるみたいだけど、本当はスポーツ全般苦手で、体力も無いんです。そのことがバレたら、高嶺の花のイメージは崩れるんじゃないですか?」
「運動音痴か。なるほど、欠点を知ることは親しみやすさを感じることにも繋がる。彼女が学校内で孤立することを防ぐにはいい案かもしれない」
運動全般が苦手というのは、さほど悪いイメージでもあるまい。本人は恥ずかしがるかもしれないが、それだけで済むなら退学するよりはずっとマシだろう。
「それで、具体的にはどうする? 高嶺の花の影響は今や全校に広がっている。ならば彼女が運動音痴であるというイメージもまた全校に知らしめなくてはならないが?」
「そうですね……生徒会長の権限で、マラソン大会とか企画できないんですか? あいつ体力ないんで確実にヘロヘロになりますよ。たぶん、一年の中でも最下位になるんじゃないかな。その様子を全校に見せればいいんじゃないですか?」
「マラソンか……この暑い時期に持久走はちょっと厳しいな」
「じゃあ別に球技でもいいですよ。クラス対抗バレー大会とか企画してくださいよ」
「ほう、それなら屋内でもできるし、イベントとしても面白いかもしれない」
猿投先輩はしばらく考えた後、大きく頷いて俺の案を採用することに決めた。
「では先生に相談して、近々バレーボール大会を開催しよう。隕石事故で生徒たちの間に漠然と不安が漂っていたところだしね。高嶺の花に対抗すると同時に、学校全体を明るくできる良い機会になりそうだ」
「……俺から言い出しといてなんですけど、生徒会長がイベントの企画なんてできるんですか?」
「普通はできないさ。けど、僕に任せておいてくれ。あらゆる手を尽くして、時間割を変更してみせるよ」
────それからわずか二日後、午後の授業を全て潰してクラス対抗バレーボール大会が開催されることとなった。
一体どんな手を使ったというのだろう。もはやうちの生徒会を一般的な生徒会の尺度に当てはめるべきではないのかもしれない。異様に冷静な会計と、異様な政治力を持つ会長を見るとそう思わされる。
しかし朱美のことに関しては、あの二人は高嶺の花の影響を避けるため、直接干渉することができない。舞台は整えてもらった。ここから先は俺がどうにかするしかないのだ。




