第16話 映画デート
映画館といえばデートスポットとして実にありふれた選択肢だろう。実際今日だって多くの恋人たちが映画館に集まっている。それでいて上映中はただ並んで映画を見ているだけなので、彼氏彼女らしい振る舞いを心掛ける必要がない。
にも関わらず、きちんとデートをしたという結果を得ることはできる。これ以上の偽装デートスポットが他にあるだろうか。
「考えましたね。これなら疑われることなく時間を潰せます」
「そうでしょ? あの二人だって薄暗い映画館内ならバッタリ出くわしても相手の正体に気づかない可能性は高い。我ながら完璧な作戦です」
「では何を見ますか? 私は普段あまり映画を見ないので、おススメがあれば教えてほしいのですが」
「いやぁ、俺も詳しくなくて。映画は好きですけど、映画館に来ることはあんまりないですよねぇ……」
俺はインドア派なので映画はよく見る。しかしそれは配信などで見るということであって映画館まで来ることは稀だ。
やはり家でゴロゴロしながら見るのと違って、映画館で見る場合は映画館へ行き、シートに座り、周囲に気を遣いながら黙って見なければならないというハードルがある。出不精な俺はそのハードルを越えるのに手間取ってしまうことが多いのだ。
「ここは無難に流行りの恋愛ものでも……」
俺は普段あまりテレビを見ない。だから今人気の若手俳優とか、アイドルとか、そういう情報には疎い方だ。
この恋愛映画はどうやら大人気の実力派若手俳優と今を時めくスーパーアイドルのダブル主演らしいが……正直どっちも知らない。だがカップルで映画を見るとするなら普通に考えてこれだろうな。犬山を納得させるためにもここは無難な選択をすべきだ。
「本当にいいんですか?」
券売機の画面に触れようとしたところ、合歓木先輩が穏やかな声でそう言った。
「好きな映画を見ていいんですよ? 映画代くらいなら特異属性対策部の予算から出せると思いますが、どうせなら楽しめる映画を見た方がいいのでは?」
「え? 大丈夫ですよ。俺はこういうのも別に嫌いじゃないですから」
「そうですか? ちなみにちょうどあと十五分後に、揚物戦隊ミソカツマンの映画が始まるみたいですよ。あなたはこういうのが好きでしょう?」
「いや、別に……」
「好きでしょう?」
……なんだこのただならぬ圧は。
幼さの残る瞳が人間一人呑み込みそうなほど大きく見開かれ、どの映画のチケットを買うつもりなのか伺うように俺の指先をジッと見つめている。
「もしかして先輩、このトンカツマン……が見たいんですか?」
「ミソカツマンです。私は見たくないですよ。ただあなたが見たいんじゃないかと思っただけです」
「じゃあこっちのアクション映画にしても?」
「そっちを選んだらこの映画は必要経費として扱いません」
「なんで⁉」
「生徒会の会計は私なので」
いいのかこれ? 会計担当が予算を私物化してますよ?
「じゃあ、そのエビカツマンにしましょうか」
「ミソカツマンです」
そんなにこの映画が見たいのか……? 俺も子どもの頃は特撮映画もよく見てたし、別にいいんだけど、合歓木先輩はエンタメ性より芸術性に寄った映画を好むようなイメージだったからちょっと意外だ。
芸術に寄った映画をよく見るのはむしろ朱美の方か。あいつは海外でなんか権威のありそうな賞を取るような映画を、話題になる前から評価してたりするからな。
「カップル割が使えるみたいですね」
見たい映画を選択し、チケットの種類を選択する画面で、男女の二枚一組で購入すると割引を受けられるサービスが表示された。
「……使うんですか?」
「安くなりますし、使っておきましょう」
「でも、いいんですかね? 実際は俺たちカップルじゃないのに」
「そんなこと気にするんですね」
「そりゃ……まぁ……多少は」
俺が迷っていると合歓木先輩が横から手を伸ばし、カップル割でチケットを発券してしまった。
「あなたは変なところで真面目ですね。私たちはカップルのフリをするために来ているのですから、これくらいはしないと職務怠慢ですよ」
気付けば、俺たちの後ろにはちょっとした列ができてしまっていた。列の最後尾には犬山がおり、俺たちがどの映画のチケットを買ったのが首を伸ばして必死に確認していた。
「フードやドリンクは買いますか?」
「あ、じゃあ、ポテトを……」
「ちなみにこっちは経費で出ません」
「……やっぱいいです」
シュンと縮こまりながら売店を素通りし、ちょうど入場が開始されたのでそのままシアターの中へ。チケットの番号と照らし合わせ、自分のシートに座った辺りで、バタバタと慌ただしく犬山もシアター内に入ってきた。
かなり距離があったと思うのだが、あの位置から俺たちの操作する券売機の画面が見えていたらしい。とんでもない視力の持ち主だな。
そんな目を持った監視者が俺たちの三列後ろの席に座った。この暗い中じゃ大して何も見えていないはずだが、それは逆に言えばこっちもあいつの様子を伺えないということだ。
「あの、一応聞いておきたいんすけど」
「何でしょう?」
合歓木先輩は視線をスクリーンから外すことなく応答する。
「この映画、感動します?」
「はい?」
「いや、もし感動するなら、あいつが泣いたら終わりだと思って」
この状況であいつが泣き出したとしても、俺たちはすぐ気が付くことができない。そうなれば映画館内に雨が降る危険性は充分に考えられる。
「この映画を見るのは三回目ですが、感動するということは私が保証します」
「じゃあ駄目じゃん」
「ですが、そもそも雨女の発現条件はそこまで緩くありません。こう何度も発現してしまっているのは高嶺の花と重なってしまっているからです。映画を見て感動したくらいではよほどのことがない限り問題ありませんよ」
「そうですか? ならいいんすけど……」
え? ちょっと待って? 今なんて言った? 三回目? この映画三回も見たの?
「それはそうと、切畑秀児君。もしよろしければ、入り口でチケットと引き換えに受け取ったその劇場限定ミソカツマンファイナルオイスターソースバージョンクリアファイルをいただけませんか?」
「なんて?」
「こっちの揚物合体スーパーエビフライヤー号決戦仕様バージョンクリアファイルと交換しましょう。これは被ってしまっているので」
「だからなんて?」
なんか俺が子どもの頃見てた特撮映画とだいぶ違うような気がするんだが……今はこういうのが流行ってるのか? それともこの先輩の感性がおかしいのか?
「ま、まあ、交換はしなくていいですよ。普通にあげます」
「そう言わず受け取ってください。そしてぜひ君もミソカツマンを見ましょう。ブルーレイも貸してあげますよ」
「あぁ……はい」
合歓木先輩の意外な一面が見えたところで、シアター内が暗転する。もうそろそろ映画が始まりそうだ。
朱美や犬山のことは気になるが、最優先にすべきことは合歓木先輩とのデートを演じ切ることだ。そのためにも今は目の前の映画に集中することにしよう。




