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高嶺の花と線香花火  作者: 司尾文也


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第15話 偽装デート開始!

 土曜日、俺はタンスから一張羅を引っ張り出し、この町一番かつほぼ唯一のデートスポットである大型ショッピングモールジャストへ来ていた。


 一張羅と言っても黒いシャツに黒いズボンを履いただけであり、なんだかよくわからんお洒落なアクセサリーだのブランドものだのを身に纏っているわけではない。俺の中ではジャージでさえなければお洒落コスチュームだ。


 俺が立っているのは一階、食料品売り場前だ。吹き抜け構造になっており、二階も見渡すことができる。ちなみにこの建物は三階建てで、三階には映画館しかないので、基本的に全ての店は一階と二階に収まっている。

 それでもかなりの規模だと俺は思うのだが、姉さんに言わせればあんまり可愛いお店がないとのことだ。流行り物に疎い俺にはよくわからん。


「どれどれ、ちゃんと来てるかな……」


 後ろを確認すると、食料品売り場の一角に積まれた段ボールの陰から、こちらを伺う少女の姿がある。ニット帽にサングラスまでかけているので顔はわからないが、そもそも七月にニット帽なんて被っている時点で候補は一人しかいない。


「本当にいやがるな……」


 今日の目的は、俺と合歓木先輩のデートを犬山に見せ、朱美と付き合ってなどいないと証明すること。そのためには犬山をここへ呼び出す必要があった。

 そこで猿投先輩から犬山の連絡先を聞き、昨日の内に連絡しておいた。犬山はあれでも一応二年生らしく、同じクラスの猿投先輩は連絡先を知っていたのだ。

 俺には朱美以外に彼女がいるということ。そしてその彼女と明日、ジャストでデートをするということ。信じられないのであれば直接その目で見に来いと、電話でそう伝えた。

 彼女は何も答えず通話を切ってしまったが、この場に現れたということは、俺の言い分が本当かどうか確認する気くらいはあるらしい。このままコソコソ隠れて、俺たちのデートを遠目に観察するつもりなのだろう。


「改めて考えると、随分ややこしいことになってるな……」


 朱美と付き合っていないということは正真正銘の真実なのに、なぜ真実を証明するために嘘を吐かねばならないのやら。今更ながら本当に厄介な話だ。


「厄介といえばさらにもうひとつ……」


 犬山のさらに後ろで、白くてやけにつばの広い帽子を被り、顔が半分埋まるくらい大きなサングラスをかけ、白いワンピースを着た少女が、ジッとこっちを観察している。


 距離はある。顔も隠れているのでよく見えない。

 だが俺にはわかる。アレはどう見ても朱美だ。


「なんでここにあいつが……? まさか、家を出た時からつけてきたのか? あいつの方がよほど終身名誉暇人だろ……」


 俺が用事を濁したのがそんなに気になったのだろうか。やはり昨日の電話でハッキリ伝えておいた方が良かったな。なんにせよこれはマズい事態だ。


 朱美以外の女子とデートしているところを見せて、朱美と付き合っていないことを証明したいのに、そんな場に朱美が現れてしまっては犬山の疑念がさらに深まりかねない。

 今はまだ朱美も犬山も互いの存在に気づいていないようだが……このまま二人とも俺を尾行するつもりなら非常に危険だ。最悪の場合、この場で犬山が泣き出しかねない。

 ここは屋内だ。すぐに水を調達できるような環境でもない。ここで雨女の特異属性が発現すればどんな事態になるのか予測困難だ。


「うぅ……胃が痛くなってきた……」


 今すぐ朱美に電話をかけて、それとなく事情を説明すべきだろうか。しかし特異属性のことを伏せたまま状況を納得いくように説明できるか? 少なくとも俺にそんな口の上手さはないぞ……?


「────お待たせしました」


 朱美への対応について考えあぐねていると、前から一人の女子が歩いてきた。それが合歓木先輩であると気づくまでに五秒近い時間を要した。

 俺は合歓木先輩の制服姿しか見たことがない。だから白いシャツに、デニムのミニスカートを履き、モコモコのポシェットを肩から掛けた目の前の女子が、俺の中でアンドロイド疑惑が持ち上がっているあの合歓木先輩であると、すぐには結び付かなかったのだ。


「いつもと随分雰囲気が違いますね」

「本当は制服で来たかったのですが、それではデートを装えないでしょう。これは私が本気で選んだデートコーデです。中途半端ではやる意味がありませんから」


 高校二年生にしてなんという仕事人根性だろう。特異属性とかいう訳の分からん超常現象を日々相手にしているだけはある。


「すいません……それに比べて俺はあんまパッとしない感じで……」


 間違いなくこれは俺の一張羅だ。これ以上のお洒落をしろと言われても、俺のセンスでは用意できない。

 ただ、これが合歓木先輩の服装と比較してかなり劣っているということは俺にだってわかる。気合を入れて準備をしてきてくれた彼女に申し訳ないくらいの格好だ。


「構いませんよ。男子高校生ならそんなものです。というかあなたはマシな方ですよ。会長なんてもっと……」


 そこまで言いかけて、合歓木先輩は口を閉じる。


「危うく会長の弱点を晒すところでした」


 それはもう晒したも同然だと思うけどな。


「それで、犬山さんは来ていますか?」

「そのままで聞いてほしいんですけど、俺の後方十メートルくらいのところにいます」


 合歓木先輩は顔を動かさず、目だけを一瞬俺の背後に向け、その姿を確認する。


「ちゃんと来ているようですね。……ちなみにそのさらに後ろにいるハリウッドスターみたいな格好の人は?」

「朱美です……俺が昨日、土曜は珍しく用事があるって言っちゃって……それが気になってついてきたんじゃないかな……と」

「なるほど、それは一大事ですね」


 全然一大事じゃなさそうな落ち着いたテンションで言う。


「朱美だけを撒けるといいんですけどね」

「それは現実的ではないでしょう。仮に撒けたとしてもここはあまり広くないのでまたすぐに見つかってしまいます。気づかなかったことにして作戦を実行するしかありませんね」


 果たしてそう上手くいくだろうか。二人とも俺を尾行してくるなら、互いの存在に気付くのも時間の問題だ。


 一応二人とも変装しているわけだし、相手の正体にまでは気付かないかもしれない。その僅かな希望にかけるしかないか……しかし、朱美を崇拝している犬山が、朱美と対面してその正体に気づけないなんてことがあるだろうか。どうも望み薄な気がしてならない。


「それで、今日のプランはどうしますか?」

「プラン?」

「ええ、これは偽装とはいえデートです。犬山三春さんが私たちを見て、恋人であるという確信を得なくてはいけません。こうして二人で会っているだけでは足りないでしょう。もっと男女交際らしいことをしなくては」


 開始早々トラブルが発生してはいるが、今日の本題は合歓木先輩との偽装デートだ。

 それが失敗してしまえば、朱美と犬山が出会うまでもなく最悪の事態が引き起こされかねない。


「恋人のフリをするのですから、それらしいことをすべきでしょう。ただ、一応言っておきますがキスやハグはNGです。恥ずかしいので」


 まるで冗談みたいに言っているが、この人はどうやらこれでも感情豊かなので、本気で恥ずかしがっているのだろう。

 俺だって可能な限りそういうことは避けたい。特に幼馴染の目がある中では恥ずかしさも段違いだ。そういう直接的な演出は無しで恋人を演じるしかない。


「手くらいなら繋いでもいいですが、どうしますか?」


 そう言って合歓木先輩は俺の横に並ぶと右手を差し出す。


「ちなみに、私はここへ来る途中に野良犬を撫でてきたので、手から獣の匂いがします」

「……そうっすか。ちなみに俺も緊張しすぎて手汗がダラダラ出てます」

「……なら、やめておきましょうか」

「それがいいんじゃないですかね」


 双方合意の下、俺たちは手を繋がないことにした。デート中の恋人としては少々不自然かもしれないが、お互いに手が汚れているのでは仕方ない。うん、仕方ないのだ。

 しかし、これでは演出不足になるのも必然。背後にいるはずの犬山がどんな様子かは伺えないが、背中には疑いの眼差しがズキズキと突き刺さっている。


「今日のデートプランですけど……俺に良い案があります」


 俺たちはプロの役者じゃないし、お互いに守りたい一線だってある。それは恋人同士として振る舞う上でどうしてもぎこちなさとして表に出てしまうし、疑り深い犬山がそれを見逃すはずもない。だったらどうするか。犬山の視線を自然な形で掻い潜りつつ、デートとしてもありふれたプランを提示してやればいい。


「合歓木先輩、今日は俺と一緒に映画を見ましょう」

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