第13話 作戦会議
「さて、一度作戦会議をしておこうか」
表は隕石関連で未だに大騒ぎしているが、俺と猿投先輩はその人混みをすり抜けるようにして生徒会室に来ていた。泣き続けている犬山については他の生徒会役員に託されたらしい。
部屋に到着すると既に合歓木先輩が居て、気を抜くとマネキンと勘違いしそうになるほど微動だにせず直立不動で突っ立っていた。
プールに隕石が落ちるという大事件の直後で、しかも彼女はまだ事情を何も知らないはずなのだが……なんだその顔は。もう少し驚いたり焦ったりしていてくれよ。
「事態は一刻を争う。雨女をこのままにすれば学校の危機を招きかねない」
猿投先輩は棚から一つファイルを取り出しつつ、生徒会長の席に腰を下ろす。
「切畑君、一応確認しておくが、君はもう特異属性の存在に疑いを持っていないということでいいんだよね?」
「……仕方ないでしょ。あんなヤバいもん見たら信じるしかない」
「それは結構。では問題の再確認からしようか」
雨女についてのレポートが挟まったページが開かれる。
「雨女は条件が揃えば何が何でも雨を降らせる危険な特異属性だ。とはいえ、よほどのことが無い限りはただ小雨を降らせるだけで無害だから、対処優先度は低く設定されていた」
「よほどのことって……犬山が泣いただけで隕石が落ちたんだぞ? 無害どころか、引き金はとんでもなく軽いような気がするんだが?」
「そこには想定外が二つある。一つは今年の雨女である彼女が、どうやらかなり感情の起伏が激しいタイプであるという事だ」
いくら多感な高校生とはいえ、普通に学校生活を送る分には、よほどのことが無い限り激しく泣いたり怒ったりすることはあるまい。
しかし犬山三春は例外だ。彼女は勝手に勘違いして勝手に泣く。それで雨女の条件を満たしやすくなってしまっているというわけか。
「そしてもう一つの想定外は、高嶺の花との共鳴だ」
「……共鳴?」
「ああ、さっきの君と犬山君の会話を僕も少しだけ聞いていたんだよ。どうやら僕の作戦が裏目に出てしまったようだね」
「作戦……? 何の話だ?」
「君は新宮君と交際するべく、色々手を打ってくれていたんだろう? しかしその結果新宮君のファンである犬山君に泣かれる羽目になった」
「あ……ああ……そういう……」
それについては犬山が勝手に勘違いしただけで、俺は一切関知していないのだが……猿投先輩からすれば、自分の指示のせいで招いたトラブルに見えるのか。
「本当ですよ! まったく! 勘弁してほしいですね! あんたがあんなしょうもないこと言うせいで、朱美の厄介ファンに目を付けられたんですから!」
この際だ。言えるだけ文句を言っておこう。こいつの言うことに振り回されて迷惑したのは事実だからな。あながちとばっちりでもないだろ。
「切畑君、あなたさっきは何もしていないと言っていたような……」
猿投先輩の後ろに立つ合歓木先輩が、矢のように鋭い視線をジッと俺に向けてくる。
「い、いや、何もしてないというか……ほぼね! ほぼ何もしてないけど、ちょっとはしたんだよ! ちょっとは!」
「ちょっと……?」
合歓木先輩から放たれるプレッシャーは少しも弱まる気配がない。
普段はロボットみたいに感情の無さそうな彼女だが、猿投先輩が絡む時だけ殺し屋みたいな雰囲気になるな……。
「まあまあ、合歓木君。僕の責任であることは間違いないんだからいいんだよ。それより問題なのは、雨女である犬山君が、高嶺の花の影響を受けているということだ。これが二つ目の想定外だよ」
猿投先輩は合歓木先輩をなだめつつ、話を先に進める。
「高嶺の花によって、新宮君は今多くの生徒から心酔される立場にある。犬山君もその影響を受けてしまった。元々涙脆い性格であっただろう彼女がこれによりさらに不安定な精神状態になっている」
「……な、なるほど、それでより簡単に雨女の条件が満たされたと?」
「そういうことだ。このままではいずれまた同じことが起こるだろう。極端な話、君の行動次第で、世界の滅亡すら有り得るということだ。最悪の事態を阻止するためには、君の協力が必要不可欠になる。お願いできるかい?」
大袈裟……とも言い難い。実際に隕石が落ちているからな。本当は断りたいところだが、事の重大さを考えれば拒否できる話ではない。気は進まないが、引き受けるしかなさそうだ。
「わかりましたよ……で、俺は何をすればいいんですか?」
「簡単な話だ。うちの合歓木君とデートして、その姿を犬山君に見せつけてきてくれ」
「────えっ?」
俺がその言葉の意味を理解するよりも先に、とんでもない反応速度で合歓木先輩が驚きの声を上げた。表情はいつも通り無感情なままだが、いつもより少しばかり眉が釣り上がっているように見える。
「なぜ私が彼とデートを……? もしかして会長、寝とらせ趣味が……?」
「違う」
「わかりました。会長がお望みならそうします。ビデオレターを送ればいいんですね?」
「待て、わかってないぞ」
「いぇーい、オタク君見てるー?」
「一旦話を聞いてくれ。あと淡々とした声でとんでもないことを言うのは止めてくれ」
猿投先輩による必死の懇願の末、合歓木先輩は口を閉じることに応じた。
機械のように平坦なトーンで喋る彼女だが、今のはアレで多分怒っていたのだろう。顔に出ないだけで、この人は案外感情豊かなのかもしれない。
「雨女の被害を食い止めるためには、犬山君の精神を落ち着けなくてはならない。そのためには、新宮君と切畑君が決して懇ろな関係ではないということを確実に示す証拠が必要になるだろう」
「それはわかりますけど、どれだけ言ってもあいつは信じませんでしたよ。証明しろって言われても、そんなのしようがないし」
「たしかに交際していないことを証明するのは難しい。だが、別の女性と交際していることを証明するのは容易だ。なにせデートしているところを見せるだけでいいのだから」
……なるほど、それで合歓木先輩とデートしろというわけか。他の女と付き合っているところを見せてやれば、流石の犬山も納得せざるを得ないだろう。
「あくまでフリをするだけでいい。犬山君が納得する程度に、恋人に見えるよう振る舞ってくれればそれでいいんだ」
「フリ……ですか。切畑秀児君と恋人のように振る舞えと。それを犬山三春さんの前で見せつけろと。そういうわけですか」
合歓木先輩は俺のことをジッと見つめ、何やら考え込んでいる。
「私は構いませんよ。会長がやれと言うのなら、それに従うまでです」
「ありがとう。切畑君はどうだ?」
俺は二人の視線を受け止めながら、腕を組んで天井を見上げる。
「仕方ない……か」
何かもっといい案が浮かばないかと考えてみたが、残念ながらそう都合よく頭が冴えるわけもない。あの疑り深い犬山を納得させるには、偽装デートくらいしなくてはどうにもならないだろうというのはその通りだ。
「やりますよ……やればいいんでしょ」
俺が首を縦に振ると、猿投先輩はホッとしたように微笑んだ。
しかし合歓木先輩の方はどうにも表情が硬い。珍しく感情が読み取れそうな顔をしている。そして恐らく、俺も彼女と同じ顔をしていることだろう。
なにせこれは偽装とはいえ、俺にとって人生初のデートになるのだから。




