第11話 会計の接触
昼休み、俺はまたいつものベンチでいつもの焼きそばパンを食う。
「……流石に飽きたな」
俺は別に焼きそばパンが大好物というわけではない。購買で売っている商品の中で一番栄養バランス的にも、価格的にも都合がいいから食べているだけだ。
なので毎日食べていれば飽きもくる。せめて何かもう一品だけでもおかずをつけたいところだが、そうすると余計な食費がかかってしまう。
姉さんに頼めば簡単にお小遣いを倍にしてくれるだろうがそれは最終手段だ。あの姉さんに頼み事なんて、空腹のライオンの前で自分から弱点を晒すようなもの。これでもかというほど揶揄われるに違いない。それだけは可能な限り避けたいんだ。
「にしても……何だアレは」
俺は視界の端でゴトゴトと音を立てるポリバケツに目を向ける。
ほぼ毎日ここで飯を食っている俺から言わせれば、アレの存在感は異様だ。あんなもの昨日まではなかったと断言できる。近づいて、耳をそばだててみる。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
中から聞こえるのは呼吸音だ。どうやら人が入っているらしい。この暑いのにそんな狭苦しいところにいれば、呼吸が荒くなるのも当然だわな。
「おい、そんなとこで一体何をしてるんだ」
放置しておくのもなんだか不気味なので、蓋を取って中を確認してみる。
「────気づかれましたか。流石ですね」
中からひょっこり顔を出すのは、来栖高校生徒会会計合歓木実里。彼女は相変わらず感情の無い顔をしている。ポリバケツに入ってダラダラと汗をかいているというのに、知らない親戚の葬式みたいに虚無な顔をしていやがる。
「どうして気づいたんですか?」
「どうしてって……え? こんな目立つものがあれば誰でもわかるだろ……」
「渾身の変装だったのですが」
……表情がないせいで、本気で言っているのか冗談のつもりなのかもわからん。どちらにせよ大マヌケであることに変わりはないが。
「……で? 何なんですか? こんなストーカーみたいなマネをして」
「あなたが一人であることを慎重に確認していたのです。特異属性についての話は混乱を避けるため、なるべく一般の生徒には伏せなくてはなりませんから」
「あぁ……やっぱりその話か。でも、それだけなら別にこんなコソコソする必要はなかったんじゃ?」
「いえ、新宮朱美さんとの接触を避けるためには、こうして身を隠すのが一番だと思いまして。あなたと彼女はよく一緒にいるようですが、もし私が彼女と直接会話などしてしまえば、どうなるかわかったものではありません」
そういえばそういう話だったな。朱美の言動を直接見聞きするとなんかよくない影響を受けるとかなんとか。
「それで、進捗の方はどうなっていますか?」
「進捗?」
「あなたは会長から役割を与えられていたはずです。新宮朱美さんと交際しろと」
「……そのことなら、信じないと言ったはずですよ。そんな馬鹿げた指示に、素直に従うはずないんだから」
「やはりそうですか。状況の悪化に歯止めがかかっていない様子なので、何もしていないのだろうとは思っていましたが」
合歓木先輩はガタガタと音を立てながらポリバケツから出ようとする。しかしその試みは上手くいかず、いまいち何を考えているかわからない瞳で俺を見る。
「あの、上手く出られないのですが」
「そんな深いバケツに入るから……」
バケツをまたいで外に出ようにもそこまで足が上がらないし、バケツを倒してしまえば自分もひっくり返ることになる。せめて上から被る形にしておけば簡単に出られたのに。
「両手を横に上げてください。真っすぐ」
「はい」
彼女がTの字になったのを確認し、脇の下から持ち上げるような形でバケツの外へ出した。
「ほら、これでいいでしょ」
「……今、胸を触りました?」
「触ってねぇよ!」
「申し訳ありませんが私には心に決めた人がいるのであなたの気持ちには応えられません」
「だから触ってないって‼ バケツの中に戻すぞ⁉」
せっかく助けてやったというのに酷い言い草だ。しかも大真面目な顔で冗談っぽさもなく言うので余計に質が悪い。
「さて、冗談はさておき」
……冗談のつもりならせめてニコリとくらい笑ってほしいものだ。
「このことは会長に報告させてもらいます。あなたがこのまま何もしないつもりなら、私たちは別の手を考えねばなりませんから」
「どうぞご自由に」
「しかしあなたの協力が得られないとなると、高嶺の花の進行を抑えるのは極めて困難になったと言わざるを得ません。緊急の対応を要する特異属性は他にもあります。生徒会のメンバーもみんな別の案件で手一杯です。新宮朱美さんの退学を確実に防げるという保証はできなくなります」
「……だから、俺は信じてないって」
「そうですか、それは残念です」
合歓木先輩は巨大なポリバケツを抱え、俺に背を向けて歩いていく。ただ、自分の体とほぼ同じサイズのバケツとあって、足元がフラついている。
「……それ片付けるの手伝いましょうか?」
「いいえ、結構です」
「そう無理せずとも、俺が運びますよ?」
「このタイミングであなたを頼ったら、なんか格好つかないので嫌です」
この人……そんなこと気にするんだ……。
「あ、そうでした。もうひとつ、あなたに伺っておきたいことが」
どこかわざとらしくそう言いながら、合歓木先輩はくるりと振り返る。
「最近、突然雨に降られたことはありませんか?」
「……はい?」
「もちろん、ただのにわか雨のことではありません。もっと特殊な……そうですね、例えば屋内で雨に降られたとか、晴れているのに雨に降られたとか、そういうことはありませんか?」
「……質問の意味がわからないんですが。屋内で雨? 雨漏りってことですか?」
「いえ、雨漏りには限りません。頭上から雨のように水が降り注ぐ現象はすべて雨として考えてください」
「頭上から水……シャワーとか?」
「ええ、そうですね。シャワーも該当します。とにかくそういう雨のような現象が、予期せぬタイミングで発生したことはありませんか?」
「普通のにわか雨なら今朝降られたばかりですけど……なんですかこの奇妙な質問は?」
「識別番号一〇二、通称『雨女』。つまり、あなたの信じていない特異属性の話です」
なんだ、またくだらない脳内設定の話か。生憎だが、俺は別にオカルト好きというわけじゃないんだ。こんなノリに付き合ってやる気にはなれない。
「……なんですか、その雨女って」
しかし、一応概要くらいは聞いてやってもいいだろう。ここまで設定が徹底していると流石に興味くらいは湧いてくる。もちろん、信じたわけじゃないがな。
「雨女の特異属性が発現した生徒は、感情を昂らせると降雨現象を引き起こします。要するに、激しく泣いたり怒ったりすると、その場に雨を降らせるんです」
「へえ、そんなのもあるんですか。でも、朱美のやつとは違って、退学に追い込まれるとかじゃなくただ雨を降らせるだけ? 随分ぬるくないですか?」
「ええ、ただ雨が降るだけの属性なら特に問題はありません。実際、対処優先度評定はCに設定されています」
「……対処優先度?」
「同時に複数の特異属性が発現した場合、生徒会の限りある人的資源をどのように割くか決める指標です。Cというのはつまり、他の特異属性を優先すべきだということですね」
そんなことまで決めてるのか……やけに本格的な設定だな。うちの歴代生徒会は一体どうなってるんだ? 全員オカルトマニアなのか?
「ただし、優先度が低いから危険度が低いというわけではありません。学校生活に与える影響が小さいものや、悪化する確率が低いもの、生徒会の力ではどちらにせよ対処困難なものなどは、どれだけ危険でも優先度は下がります」
「はあ……?」
「そして雨女もこれに該当します。降雨現象はよほど感情が昂らない限り発生することはないし、梅雨の時期なので頭上に雨雲があることも多い。そもそも雨女は毎年発現するわけでもありません。なので優先度は低いのですが……それでも最悪の場合は、大事故を引き起こす危険性があります」
「ほぇ……」
マズい。だんだん話についていけなくなってきた。つまり雨女ってヤバくなさそうで実はヤバいってことだよな……? どうヤバいのかいまいちピンとこないが……。
「なにせ近くに水がなくとも、条件さえ満たせば絶対に雨を降らせるのです。これがいかに危険か、あなたならおわかりになりますよね?」
「え? お、おう、もちろん」
全然わからん。俺のオカルト的妄想力が足りないのかな?
「そういうわけなので、高嶺の花が優先ではありますが、雨女についても一応心に留めておいてほしいのです。もし何か心当たりがあれば、すぐにでも連絡をください」
そう言うと合歓木先輩は胸ポケットから取り出したメモ帳に電話番号を走り書きし、千切って俺に手渡してくる。
「私の連絡先を教えておきましょう。何かあればここに連絡を」
「え? ああ、はい……」
……この人意外と字汚いんだな。いくら走り書きとはいえ、数字を判別できるギリギリだぞ。
「それではお願いしますね」
何を考えているかわからないのっぺりとした顔つきの合歓木先輩は、またポリバケツを抱えて、のそのそとこの場を去って行った。
「お願いしますって言われてもなぁ……」
協力する気なんかないというのに、お願いされても困る。しかも俺が連絡先を受け取ったのは、家族と朱美以外ではこれが初めてのことだ。
普通ならどれだけ受け取る流れだったとしても、それをぶった切って断っていたところなのだが……なぜか受け取ってしまった。
まあ、どうせ一度もかけることはないんだから同じことか。存在しないものについての情報なんて、手に入るわけないんだからな。




