ノエル 1-⑧ 計画
ジュジュを警察に突き出し、今回の一件は幕を閉じた。
就寝前のイチカに侵入者逮捕までの経緯を報告すると、慣れているのか彼女は怖がったり怒ったりすることもなく、あっけらかんとしながら整えられた真っ白いシーツの上に転がった。
「わたしを守ってくれてありがとう、ノエル。それにしても動画配信、だっけ? わたしはそういう系は全然わかんないんだよね。ノエルは詳しいの?」
「私は……世間一般的な流行りについては別段興味もありませんし、疎い方だと思います。今回の犯人のことも、調べる前は一切知りませんでしたので」
任務に必要な情報を仕入れるだけなら、会社の各専門部署の人間によって強制的に頭に叩き込まれることになるし、趣味や娯楽に費やしている時間などノエルにはない。
「わたしたちってまだ十代なのに、流行りに疎いのか……今度ふたりで映画とか行く?」
「お誘いいただき光栄ですが、イチカ様とプライベートで交流することはボディーガードとして雇用される際に規定で禁じられております。それに、不特定多数の人が集まる場所をイチカ様が訪れるのは控えておいた方がよろしいかと」
社交辞令でも冗談だとしても、乗っかるわけにはいかない。ノエルにできることは、あくまでもボディーガードとしてのスタンスを崩さないことだ。
イチカはわざとらしく唇を尖らせてから、穏やかな声色で告げた。
「そっか、残念。じゃあ、わたしはそろそろ寝るよ。おやすみノエル」
「はい。おやすみなさい、イチカ様」
激務をこなすイチカは、ベッドに入るといつだってすぐに眠ってしまう。常に自分の命が狙われている環境下にいれば普通は寝付きが悪いはずなのに、彼女の思考回路は理解し難い。
ノエルを含む、使用人等の内部にいる人間が寝首を掻く可能性は、微塵も考慮していないのだろうか。
今個室でイチカとふたりきりのノエルが、彼女の喉に刃を立てるなんて実に容易だ。
エフィアを持ちながらこんなに無防備なのは本当の馬鹿か、あるいはこちらを油断させようとする罠なのか。
いずれにせよ、判断を下すのは早計だ。まずはじっくりと観察し、「計画」を実行するのはそれからになるだろう。
時計を確認し、イチカの寝室を出た。今夜もタカヒトとケイとミーティングの予定がある。会議室に移動して扉をノックしたが、まだ誰も来ていないようだ。
無人の部屋に入り、椅子に腰掛けて一息ついたその瞬間だった。
「イチカ様の目を奪おうと企んでいるだろう?」
耳元で囁かれたノエルは鳥肌を立てるより先に、反射的に構えを取って人影と対峙した。ノエルが背後を取られたことに気がつかないなんて、相手はかなりの手練だ。
「……タカヒトさん……!」
声に出して正体を明確にする。視認したのは、予想通りの人物だった。
「言っておくが、もしイチカ様に手をかけたら……僕がノエルを殺す」
タカヒトはイチカのボディーガード三人の中では一番年上ということもあって、ノエルは彼に対して漠然と「穏やかな先輩」という印象を抱いていた。
だけど、今は違う。今のタカヒトからは、自分と同じ血の臭いしかしなかった。
「随分とイチカ様に入れ込んでいらっしゃるようにお見受けしますが……それはボディーガードとしての発言ですか? それとも、まさか主人に対して恋心を抱くなんて不敬を?」
「前者は建前上正解、後者は違う。あの方は……僕の獲物だ」
「……やはり、そうでしたか……」
与えられた任務の性質上、その可能性は限りなく高いと予想はしていたが、自分から暴露してくるとは思っていなかった。
「ちなみにオレもエフィアが欲しい! だからここにいる三人は皆、仕事仲間でもありライバルでもあるね」
「ケイさんもですか……まあ、そうなりますよね」
人懐っこく天真爛漫だと思っていたケイもまた、明るい声を出しながらも確かな殺気で威嚇してきた。
「……こんな仕事をしている以上、正々堂々という単語は似合わない気がしますね。ですが、私にはエフィアを奪わねばならない理由があります。引く気はありません。今日のミーティングはこれで終わりですか? ならば、お先に失礼します」
元より必要以上に親しくするつもりもなかったけれど、これからは最低限の会話と距離感で淡々と業務をこなしていこうと決意を固めた。
だが、一礼をして会議室を出ようとしたノエルはタカヒトに引き止められた。
「待て。ノエル、一つだけ約束してくれ。裏ではライバル関係になる僕たちだけど……イチカ様の前では、『家族のように仲のいい同僚』を演じてほしい」
「……なぜ、そんな面倒な真似を? つかず離れず、同僚として適切な距離感で接していればいいじゃないですか」
理解できない依頼に、首を傾げざるを得ない。
「まあ、そのうちノエルにもわかるって。今は新入りとして、タカヒトの言うことを聞いてくんない? オレもここだけはタカヒトの肩持つし。ほら、オレらが結託する方が面倒でしょ?」
ケイにも言われて口を噤んだ。意図はまるでわからないものの、ケイの言う通りここで反発してふたりに手を組まれてしまっては、仕事がやりにくくなって面倒だ。一旦受け入れる振りをしておこうと思った。
「……わかりました。イチカ様の前では、そのように対応しましょう」
タカヒトは頷き、ケイは口角を上げた。
エフィアを会社に持って帰るのはノエルに与えられた最重要任務だ。達成できなければ自分の存在価値が消失してしまう。それなのに、こんな身近に同じ目的を持った手強い敵がふたりもいるなんて厄介以外の何物でもない。
先を越される前に、何がなんでも――たとえイチカを手にかけることになっても、彼女の目を奪わねばならなくなった。
焦燥感を抱きながら、ノエルは会議室を後にした。




