タカヒト 1-① 誓い
イチノセ・イチカの専属ボディーガードの一人であるタカヒトは、警視庁警備部警護課所属の要人警護任務に専従する警察官――通称、SPと呼ばれる肩書を持つ男である。
身長や武道の嗜み、拳銃の腕、語学能力が堪能であることなど、SPになるためには数多くの厳しい条件が課されている。それらをクリアしたとしても要人が希望する護衛は屈強で強面、戦争経験のある男性ばかりで、タカヒトは自分の職業に誇りを持っていたものの、組織からアサインされない自分に肩身の狭い思いも少なからずしてきた。
そんな折に、「イチノセ・イチカを護衛しつつ惚れさせてエフィアを奪う」という任務を打診されたタカヒトは、自分こそが適任である、むしろ自分にしかできない唯一無二の仕事であると、初めて誉れ高い気持ちになった。
警視庁がエフィアを欲しがる理由は、エフィアが存在することで発生する誘拐や窃盗、そして殺人などの犯罪を未然に防ぐためと聞いている。巨大な犯罪組織が絡んで巻き込まれる被害者を極力減らすべく、原因となるエフィアを早めに警察が回収してしまおう、というのがお偉いさん方の考えらしい。
だが組織の頂点にいる人たちの意向など、タカヒトにとってはさほど重要視されるものではなかった。自分の存在意義を証明するために、二つ返事で任務を承諾した。
誰に聞いても肯定してもらえる程度には整った顔立ちをしているという自信があったし、体付きだって女性好みだと自覚もしていた。愛銃であるH&K P2000を磨きながら、自分を磨くことだって一日たりとも忘れたことはない。ゆえに最初の頃は、常に行動を共にする三つ年下の令嬢を陥落させるなんて容易だと考えていた。
しかし、イチカのボディーガードとして配属されてすでに半年が過ぎている。
一緒に暮らし始めて結構な時間が経ったのにもかかわらず、イチカがタカヒトに靡く気配は一向に見られなかった。
こんなにアピールしても動じないなんて、男としての自信をなくしてしまいそうになる。だが同じ立場のノエルにもケイにも、将来の婿を選別するためにと現当主によって月に数回セッティングされる見合いの相手方にも、イチカは等しく同様の態度を取っており、誰にも靡く様子が見られない。
相手がどれだけ由緒ある家柄だろうが、莫大な財産を持つ一族だろうが、腰抜けになるほどのイケメンだろうが関係なしだ。
次第にタカヒトは、彼女は恋愛にまるで興味がないのではないかと推測するようになった。
「タカヒト、誕生日が近いけど何か欲しいものはある?」
イチカに優しい言葉をかけられて、タカヒトの心は瞬時に温かくなる。
……正直に白状してしまおう。イチカを落とすどころか逆に、タカヒトの方が彼女に陥落させられそうになっているから参っている。ミイラ取りがミイラになるような情けない真似、絶対にあってはならないというのに。
今日も彼女の言動に一喜一憂してしまう自分は滑稽で、実に愚かだとは思うけれど、内心はどうであれ主人の前では一切動じた様子を見せないのは、イチノセ家に仕える者として当然の振る舞いだ。
「覚えていてくださったのですか? 光栄です。しかし、欲しいものは特にございません。イチカ様が笑って日々を過ごしてくださるだけで十分ですから」
「一番欲しいのはあなたの目か、心です」なんて言えるはずもなく、当たり障りのない言葉を穏やかに告げた。
「家族の誕生日を覚えているのは当然でしょ? まだ日にちもあるし、何が欲しいか考えておいて。もし本当に何も欲しいものがないなら、わたしの自作の歌とかプレゼントしちゃうけど?」
「ふふ、イチカ様、お歌は上手くないじゃないですか。結構ですよ」
ケイみたいにいつでも無遠慮に発言できる無邪気さは持っていないが、こうして軽い冗談を言い合えるくらいには親しい関係を築けている自負はある。
親しさのベクトルがまるで恋愛方面に向く気配がないのが、問題だけれども。
「そう言えば、先月のミオリでの強盗殺人事件の犯人が捕まったらしいですよ。被害者に借金のある無職の男だとか」
イチカは仕事中だが、彼女の方から雑談を振ってきたのだ。気分転換がしたいのかと予測したタカヒトは、今朝報道されたばかりのニュースを伝えた。
「……表向きは、でしょ。裏でコソコソ動くあいつらの卑怯なやり方は嫌いだ」
「ご賢察の通り、捕まった無職の男は紅蓮一家のスケープゴートです。裏で手を引いている紅蓮一家に警察は辿り着くことはできませんし、万一気づいたとしても、見て見ぬ振りを決め込む可能性も非常に高いです。……いずれにせよ、この事件はこれで終わりでしょうね」
「紅蓮一家」のような世界的犯罪組織の動向については、あらゆるネットワークを駆使して可能な限りイチカと情報を共有しなければならない。
理由は当然、彼女の目と命を守るためである。
タカヒトは制服のポケットから一枚の紙を取り出し、イチカに手渡した。それは護衛団が調べ上げた、今回の事件の詳細について要約されたものである。
「被害者は紅蓮一家の資金調達に一役買っていたというのに……たった一度、幹部の招集に応じなかっただけで、裏切り者扱いされて消されるのか……こいつらも自分たちの組織の一員を『家族』と呼んでいるらしいけどさ、そんな脅迫じみた家族の在り方はわたしは断固として認めたくないよ」
曲がったことが嫌いなイチカの犯罪組織に対する嫌悪感は強く、すこぶる不愉快そうに眉間に皺を寄せていた。ニュースではすでに犯人が捕まったことになっているが、今牢獄にいるその男は替え玉でしかなく、真犯人である紅蓮一家の名前が報じられることはない。そういう世の中だと憂いて、諦めるしかないのだ。
「……そうですね。僕たちといたしましても、非道な連中によってイチカ様の命が脅かされることは絶対にあってはならないと思っております。必ず、お守りいたしますから」
あんな連中にイチカを奪われたくはない。
任務とは別の個人的な感情も含めて口にした誓いは、眉間に皺の寄ったイチカの表情をいつもの穏やかなものに戻した。




