ノエル 1-⑦ 覚悟
「あれえ? 万が一のことも考えて撮影スタッフなしで来たワケだけど……あっさり侵入できちゃったよ! え~? イチノセ家の警備って一体どうなってるのかね? こんなんじゃ、あっという間にお宝も奪われちゃうんじゃないかなあ? もしかしたら僕の動画がきっかけでイチノセ家から盗みを働こうと考える人もいるかもしれないけれど、皆は悪いことしちゃ駄目だからねー?」
ビデオカメラに向かって喋りながら歩く侵入者――ジュジュは、最初の方こそ慎重に声を潜めていたものの、興奮しているのか声量が段々大きくなっていた。
ジュジュがイチノセ家に侵入する直前につけた盗聴器が拾う不快な音声に眉を顰めながら、ノエルはあえてお粗末な侵入者をここまで泳がせていた。
「超一級の美術品だけが陳列されているって言われている、かの有名なイチノセ家の宝物庫はこの部屋みたいだね。当然警備員はいると思っていたけど、さすがに緩すぎない? 誰もいないみたいだし」
興奮気味に実況を続けるジュジュの声を聞いて、ノエルは受信機から耳を離した。もう機械を介して不快な声を聞く必要はない。
「随分と楽しそうですね?」
なぜなら、ノエルの手が届く範囲に――ノエルの間合いに、彼が入ってきたからだ。
気配を完全に殺していたノエルに気づかなかったジュジュが驚愕から声を上げた瞬間、ノエルは正確な蹴り技で彼が手に持っていたビデオカメラを床の上に落とし、拳銃で粉砕した。
もちろん記録媒体が入っている位置を狙ったし、自分の顔が映ってしまうようなヘマなどしているはずもない。
「他人の家に許可なく侵入するのは犯罪行為ですよ。あなたは義務教育で何を学んできたのですか?」
「……なっ、なんだよ驚かせやがって! ガキじゃねえか! このカメラはすげえ高いんだぞ⁉ 弁償してくれるんだろうな⁉」
撮影していたときの穏やかな口調から一転、この口汚さが彼の本性かと冷めた目で見つつ、人を見かけで判断する思慮の浅さに溜息しか出なかった。
「自己顕示欲の高さと知能指数の低さが著しい方みたいですね。なぜ私がここまであなたを泳がせたかわかりますか? ……申し訳ありませんが、インターネット上である程度の知名度があるあなたには、見せしめになっていただきます」
本来、イチノセ家の警備であれば、ノエルが出しゃばらなくともジュジュ程度の侵入者なら敷地内に足を踏み入れる前に捕らえることは容易であった。
しかし門番や宝物庫の警備を退けさせてまで、あえてここまで侵入させたのもその見せしめのためであった。
人として復帰できないような酷い暴力を浴びせる手段を取るつもりはないけれど、少々痛い目には遭ってもらうつもりだ。
「み、見せしめ? な、何言ってんだよ! 手を出すつもりならやれよ! でもたとえオレが逮捕されたとしても、出所したら全力でイチノセ家とその使用人の評判を下げる動画を配信するからな! 世界にはオレのファンがどれだけいると思ってる? 悪評判の名家なんて没落の始まりだぞ?」
「そうですか。どうぞ、ご自由に。ただ、世界七璃であるイチノセ家の尊厳を踏みにじることを吹聴したなら、名誉毀損で訴えられる可能性は極めて高いことも当然、ご存じなんですよね?」
ノエルが一歩距離を詰めると、ジュジュの顔が醜く歪んだ。
「おまえ、いい加減にしとけよ! オレのバックにはあの『紅蓮一家』が付いてんだぞ⁉ オレに手を出せば必ず仲間が報復に来る! おまえにはその覚悟があんのか? イチノセ家の大切なお嬢様の命を守りたいなら、オレに……」
ジュジュが最後まで言葉を言い切るよりも先に、彼の左耳朶は吹き飛ばされた。
「いっっってええええええええ!」
何が起きたのか正しく理解できないまま、左耳を押さえて膝をつく彼を見下ろした。
「そのピアスが目障りだと思っていたんですよね。で、先程は覚悟がどうとか仰っていたみたいですけど……私に殺される覚悟がある、という意味ですか?」
銃口を向けながらさらに一歩詰め寄ると、ジュジュはついに怯えた顔で後ずさりしはじめた。彼の被害者ぶった表情が、ノエルをより一層苛立たせる。
「私自身も嘘を吐く卑劣な人間ですが……嘘を吐くときは決して相手に悟られないように、露呈したら切腹する覚悟を持って口にしています。あなたのように、保身のために易々と自分からすぐにバレる嘘を吐く人間は気に入りませんね」
「やっ、やめてくれ! オレ、本気でエフィアや宝物庫を狙ったわけじゃないんだ! 許してくれよ! ただ、オレの動画を楽しみにしてくれているファンのために、刺激的な映像を見せてあげたかっただけなんだよ!」
「私にとっては心底どうでもいいことです。あなたが知名度を上げたり広告収入を得たりといったくだらない理由のためにイチノセ家が利用される筋合いは全くありませんし、遊び半分で手を出していいご一族でもありません。……いえ、たとえどんな崇高な目的であろうとも、不用意に近づくようなことをすれば……」
ノエルは必死になって言い訳を連ねるジュジュの髪の毛を掴んで、その額に冷たい銃口を押しつけた。
「知っていますか? エフィアの護衛のためなら、私のようなボディーガードには容疑者を殺してしまったとしても罪には問われないという特別な権利が与えられています。……弾倉にはあと二十発の弾が残っています。十分、あなたの体をドット柄にできますね」
小さく震えていたジュジュはついに何かの糸が切れてしまったのだろうか、急に白目を剥いて気絶してしまった。その姿を見届けたノエルは、静かにホルスターに銃を仕舞った。
「ビデオカメラを壊すのは、少々早すぎたかもしれませんね……この情けない姿を、この人のファンとかいう物好きにも見せてあげたかったです」
ジュジュの心は完全に折ったし、もう彼がイチノセ家について動画内で口にすることはないだろう。犯行予告までしておきながら、その後は沈黙を貫くジュジュを見た彼のファンとやらは何かを察するはずだ。存分に尾ひれをつけて噂を広めてくれることを願おう。
タカヒトとケイに実力を見てほしいと我儘を言って、今回特別に一人だけで侵入者の撃退にあたったわけだが――予想以上に度胸も知識も能力もなかった素人を退けたところで、ノエルの持っている力を理解してもらえるとは思えなかった。
貴重な機会を一つ失ったことに溜息を吐きつつ、もしも次の機会があるならばそのときに尽力しようと気持ちを切り替えた。
仕事としての難易度は低く、振り返る要素などないように思える今回の案件だが、ノエルにしては本当に珍しく、私情を挟んで吐いてしまったあの「一言」だけは、恥ずべきことだと反省した。




