ノエル 1-⑥ 予告
危機管理能力が欠けているのか、隙が多くて頼りないイチカに対して不安を感じることは多かった。ただでさえ狙われやすい立場だというのに、彼女にはつけ込まれる隙が大いにあり、危険度に拍車をかけているのだ。
ノエルたちボディーガードの契約は、イチカが二十歳の誕生日を迎えるまでだ。
だがあと三年もあるというのにこんな状態では、いくら尽力しても両目を死守できる可能性は低いだろうと悲観した。決して自信がないわけではなく、至って冷静に分析した結果である。
そんなある日、ノエルの予測が非常に腹の立つ形で現れた。
国内で有名らしい動画配信者が、「近日中に世界的に有名な家に侵入する」という犯行予告動画を配信したのだ。当然、すぐに警察が動いたものの、誰をターゲットにしているのか明確にしていないために厳重注意のみで即逮捕にはならなかった。
ただインターネット上では、予告の動画では彼が普段は付けないカラーコンタクトを入れていたこと、さらに「ルパンが狙うなら一番高価なモノでしょ」という発言をしていたことから、イチノセ・イチカを狙っているのではないかという予想が濃厚だった。
窃盗団や裏稼業の人間のみならず、知名度と広告収入を得ることしか考えていない人間にまでターゲットにされるなんて、舐められていると思った。
三人だけで行われる毎夜のミーティングは、業務の一環だ。
この動画配信者への対応についてノエルが議題を出すと、同僚も同じことを思っていたらしい。溜息を吐きながら、タカヒトは呆れたように呟いた。
「国内トップクラスの動画再生数を誇るユーチューバー『ジュジュ』ねえ……こんなチャラそうに見えるだけの男にまで狙われるなんて、イチノセ家のボディーガードも見くびられたものだな。承認欲求が強すぎると、思考回路がおかしくなるのか? エフィアを守るボディーガードがどれだけ難しい試験を突破してきているのかまでは、わかっていないようだ」
「チャンズでトップのマフィアだと認識されている『紅蓮一家』をはじめ、巨悪犯罪組織の連中でさえまだ様子見をしている段階だっていうのに、犯行予告まで出すなんて……犯人は相当の馬鹿としか考えられませんね」
世界七璃を守るボディーガードは膨大な報酬を貰える代わりに、厳しい試験を突破しなければならない。自分で言うと誇張しているように聞こえるかもしれないが、イチカのようにエフィアを持つ人間につくボディーガードは、訓練を積んだ人間の中でも選りすぐりのメンバーしか就任できない。
人員も防犯設備も最高級レベルで厳重に守られている鉄壁に挑むには、今回の犯人はあまりにも浅慮である。
「今までイチカ様や宝物庫を狙ってきた犯人なんて掃いて捨てるほどたくさんいたけどさ、こいつが素人だってことは確かだよね。オレらが出るまでもなくない? どうせ家の中に侵入することもできないだろうからさ、全部護衛団任せでいいんじゃないの?」
ケイは心底興味なさそうに、ゲーム中のスマートフォンから目を離さなかった。
イチカ直属のボディーガードであるタカヒト、ケイ、そしてノエルの三人の他にも、イチノセ家には五十二人からなる「護衛団」と呼ばれる組織が存在している。
イチカのみならず、イチノセ家一族の安全を確保するために日々奮闘する護衛団を、ノエルたち三人はどれだけ彼らが年上だろうとベテランだろうと、自由に動かすことのできる権限を持っていた。
「調べてみたのですが、この配信者は過激な動画を配信することで結構な額の収入を得ているのでしょう? 窃盗のプロを雇うことは考えられませんか?」
「いや、この馬鹿はきっと、たとえ逮捕されたとしてもオイシイって考えるタイプだよ。とにかく配信者として名を残したい目立ちたがり屋だろうから、単独で犯行に及ぶと思うよ? すぐにカタがつきそうだけど、どうする? 今後こんな阿呆な連中が出てこないように、指を全部落とすとか顔の皮を剥ぐとかして、見せしめにする?」
ケイは表情一つ変えることなく、ゲームをしながら淡々と口にした。ミーティング中にゲームをするなんて生真面目なノエルにはとても考えられないが、波風立てるのも嫌なので小言を口にするのは控えておいた。
「本音では賛成したいところだが……必要以上に相手に危害を加えることをイチカ様が許すとは思えないし、規定通りに拘束して警察行きだな」
正当防衛に限れば、敵の生死を問わずに応戦できる権利がイチカのボディーガードには与えられている。つまり、過剰防衛という刑法はノエルには無関係ということだ。
素人に舐めてかかられているのは癪だが、ようやくボディーガードとしての実力をアピールできると考えれば悪くない機会だ。相手に少しでも危険性を感じればこんな提案は絶対にしないけれど、今回の相手ならまず問題なく捻ることが可能だ。
「……あの、この予告犯は私に対応を任せてもらえませんか? 私がボディーガードとしてどれだけの力があるのか、おふたりに理解していただける好機かと思います」
それに、タカヒトとケイの人柄や実力を完全に把握しかねているノエルにとって、彼らと連携して侵入者を捕まえるなんて手間がかかって面倒が増えるだけだと思った。
ノエルに力があると知ってもらえれば、今後何かしらの交渉事が発生した際に、対等あるいは優位に立てる可能性が高くなる。
ここは一人で対応するのが一石二鳥だと計算したのだ。
「イイんじゃん? お手並み拝見ってやつで。オレが楽できるだけじゃなくて、ノエルの実力を測れるわけだし、ぜひお願いしたいね」
仕事をサボれることがうれしいのか、ノエルの実力に興味があるのか、ケイは明るい声色で賛成してくれた。タカヒトは反対していたが、ノエルの引かない態度を見てようやく折れた。
「……わかった。じゃあ、今回の予告犯はノエルに任せて、僕とケイはイチカ様の護衛に専念しよう。ただし、あまりにお粗末な動きだったら加勢する。いいな?」
「はい、任せてください。冗談でもイチノセ家に手を出すような真似をすればどうなるのか、予告犯には身をもって知ってもらいます」
ノエルの身体の中を、普段よりも温度の低い血液が巡った。




