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ノエル 1-⑤ 理解

 食事を終えたノエルはイチカに連れられて、宝物庫へと案内された。


 豪邸の中でも一番広い部屋にあてがわれたそこには管理人と司書が常駐していて、彼らと少しばかりの雑談を交わしたイチカと室内を進んだ。絵画に彫刻、化石に書物、数多くの芸術品が陳列されている。


「これが十九世紀にロートンが描いた写実絵画で、この短剣は十六世紀にミヤで発見された朝生家のものだ。二つともここまで保存状態がいいのは奇跡みたいな確率なんだよ」


 イチカが手前にある展示物から順に説明をしてくれているが、歴史にも芸術にも明るくないノエルに価値はよくわからなかった。


「も、申し訳ございません……正直、私には価値がわかりかねておりますが、ふ、深みを感じます。って、すみません。こんなことしか言えなくて……」


「はは、いいんだよ。わたしだって子どもの頃は『なんでこんなのが一億もするの?』とか首を捻ってばかりで、パパにしごかれたしね」


 それからもイチカの解説を聞きながら宝物庫の高価な品々を見ていった。


 イチカのボディーガードという大きな仕事を任命されたその日のうちから、芸術について多少は勉強してきたつもりだったが、上辺だけの薄っぺらい知識だけではなんの役にも立たなかった。


「暗い顔をしているけど、どうした? 体調でも悪い?」


「いえ、勉強不足である自分を、イチノセ家に仕える身として恥じているところでした。一日でも早く少しでも多くの知識を身につけられるよう、努力を――」


 ノエルの言葉は途切れた。これまでに見てきたどの高価な品よりも存在感がある「それ」に、意識が吸い寄せられてしまったからだ。


 厳重なガラスケースの中には、透き通るように輝く金色の眼球が飾られていた。


 あまりの美しさに目を奪われて、呼吸をすることすら忘れていた。圧倒的な存在感を前に、体が動かない。


 一目で理解する。理解させられる。


 この神々しい宝石こそが、ノエルが命をかけて守らねばならない、エフィアなのだと。


「これが、覚醒状態のエフィアのレプリカだよ。初めて見た?」


「……写真で拝見したことはありますが……ここまで違うとは……」


 イチカと話していてもなお、目はエフィアに釘付けで離せなかった。


 写真で見たときも綺麗だと思っていたけれど、生で見ると格別に美しく、暴力的とも呼べる魅力が五感のすべてを刺激してくる。レプリカにすらこんなに心を奪われるなら、現物はどれだけ美しいのだろう。見てみたい、あわよくば俺のものにしたいという抗いがたい衝動が湧き上がってくる。


 これがエフィアの力だとするなら、なんて恐ろしい力なのだろう。


 容赦なく人間の本能に訴えかけてきて、人道も道徳も外しにかかってくるのだから。


「……イチカ様、どうして私をこの部屋に連れてきてくださったのですか?」


 ノエルの「真の目的」がすでにイチノセ家には筒抜けとなっていて、レプリカを見たノエルの反応を窺っているのだろうか。もし試されているのだとしたら、レプリカに心を奪われ欲してしまった時点で初手は完全に失敗だ。


 鼓動が早くなっているのを自覚しつつ、決して顔には出さぬよう努めて聞いた。


「イチノセ家で働くことになった人には、宝物庫を見せる慣習があるんだよ。欲深い人間は宝物庫を見せてから数日以内に盗みを働こうとして捕まるんだ。まあ、平たく言えば本性がバレるってことだね」


 イチカの表情や口調からは、ノエルを追及したり糾弾したりする様子は感じられなかった。どうやら「真の目的」が露呈していたわけではなさそうだ。


「そうでしたか。しかし……テストの意味があるのなら、私に目的を話さなくても良かったのではありませんか? もし私が本当は盗みを働こうとしている悪人だとして、今の話を聞かされたならば……しばらくは盗みを我慢して、作戦を練り直す時間に充てます」


「本性は意識したところで変えられないよ。それに、慣習とはいえ、本当はこんなことしたくないんだ。家族であるノエルを試すような真似をしちゃったことに罪悪感があって、正直に言ってしまった。ごめんね」


 イチカに非などないと思うのだが、手を合わせて謝られてしまった。なんというか、腰が低すぎて彼女は人の上に立つ人間としては相応しくないのかもしれないと思った。


 しかしこれがノエルを信頼しているというパフォーマンスだと仮定するのなら、裏切りは許さないという無言の圧力とも考えられる。


 もし計算でやっているのであれば、人心掌握に長けるトップに立てる器とも言えるが、さて、彼女は一体どちらだろうか?


「ん? わたしの顔に何かついてる?」


「……いえ、なんでもありません。イチカ様、私を信頼してくださりありがとうございます」


 仕事柄癖になっているとはいえ、主人に対して見定めるような不躾な視線を送っていたことを反省して深く頭を下げた。

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