ノエル 1-④ 宝物
イチカのボディーガードとして働きはじめてから、一週間が経過した。
彼女の生活を一通り目にしたノエルは、イチノセ家の正式な後継者として生きる者の一日とはハードすぎやしないかと、同情すら覚えるものだった。
イチカは十七歳だが高等学校には通っておらず、イチノセ家が代々世襲している鑑定士としての仕事を一日中詰め込まれていた。
さらに並行して、定期的に各国の主要人との食事会をこなし、確実に子孫を残すためにと、彼女の父親が手配する見合いにも度々顔を出さなければならなかった。
スケジュール管理をするのは秘書の仕事でノエルたちが口を出せることはないものの、イチカと一緒に行動すると一日の終わりには疲労困憊になってしまうので、正直、抗議したい気持ちもある。
だが、命を狙われ続けるストレスもあって体力的にも精神的にも毎日疲れているはずなのに、イチカはいつも元気で快活な笑顔を見せていた。本心は読めないけれど、彼女の気丈な振る舞いには素直に尊敬の念を抱いている。
「さあ、今日は麻婆豆腐だよー! ノエルは辛いの大丈夫だよね?」
「はい、むしろ好きです。頂きます」
疲れやストレスから八つ当たりすることもなく、それどころか、仕事で家を空ける日以外は毎朝必ず、イチカはノエル達の料理を作った。
趣味だとは言っていたけれど、わざわざ雇用主が毎回律儀に作ってくれる必要はない。ノエルには理解できないイチカの振る舞いは、時折気持ち悪さすら覚える程だった。
「どう? 好みの辛さを教えてくれたら、次から参考にするけど」
「ちょうどいいです。山椒が効いていて、とても美味しいです」
飾らないイチカの人柄もあってか、ノエルは一週間前の自分から見たら信じられないくらい遠慮なく話せるようになっていた。タカヒトとケイとの関係も円滑に築いており、大雑把ではあるがふたりの性格も把握してきた。
タカヒトは一見とても大人びて見えるが、実はボディーガードの三人の中で一番食べ物の好き嫌いが多く、ピーマンが食卓に出された日にはイチカの見えないところでノエルの皿にこっそりと移している。
ケイは天真爛漫でマイペース、人をからかうのが好きな悪戯っ子ではあるものの、考え方はとてもビジネスライクでふとした瞬間にクールな一面を見せる。
性格に大きな破綻のない同僚と、穏やかな主人。職場での人間関係は概ね良好といって差し支えないだろう。
「イチカ様はシセンの麻婆豆腐を召し上がったことはありますか? 舌が痺れて、なくなってしまうかと思うくらいに辛いのです。それなのに食べずにはいられない不思議な味で、皆大量の汗を掻きながら夢中で食べるんですよ」
「もちろん! わたしも大好きだから中国に行く度に何度も食べているよ。おススメの店があるからさ、今度チャンズに行ったら皆で一緒に食べに行こう」
嬉しい提案にノエルの心が弾む中、タカヒトは苦笑いを浮かべていた。
「……僕は辛い食べ物は苦手なので、遠慮しておきます。イチカ様の汗拭き係でも買って出ましょう」
今頃になって気がついたけれど、タカヒトの麻婆豆腐はノエルたち三人が食べているものと比べると色が薄かった。どうやらイチカはタカヒトの分だけ辛さ控え目に作ってあるらしい。……なんてマメな方なのだろう。
「食べ終わったら、ノエルを宝物庫に連れて行こうと思う。タカヒト、ケイ、一時間だけノエルとふたりきりにさせて」
宝物庫を見せてくれるなんて予想もしていなかったノエルは、驚くと同時に興奮した。
代々傑出した鑑定士として世界にその名を轟かせるイチノセ家。そんなイチノセ家が目を付けた価値あるコレクションだけが保管されていると聞く宝物庫は、アズワノで知らない者はいない程に有名だ。
富豪にコレクター、泥棒に怪盗、誰もが喉から手が出るほど欲しい品が数多く並んでいるという噂だ。金銭的価値のあるものにあまり興味のないノエルであれど、実際にこの目で見ることができるとなると、心躍らせずにはいられなかった。




