ノエル 3-③ 忠誠
「イチノセ家の立場や付き合いを考えると、調査せざるを得ないんだよ。客観的に見れば、誰が判断したとしてもライネ家の行為はクロ、犯罪だ。だけどライネ家も世界七璃の一つ。騒ぎを大きくしたくない警察は、世間体を考えて示談にしようとライネ家に働きかけるはずだ。だからもう、ライネ家はノエル絡みで下手に動くことはできなくなる。ノエルも、ノエルの家族も、もうすぐ解放される。……まあ、警察側の人間でありながらイチカ様の行動を報告しなかった僕は、解雇されたけどね」
ノエルは顔面を蒼白させて、再び俯いた。ライネ一族からの解放を手放しで喜べないのは、タカヒトまで自分のせいで被害を受けているからだ。
「……申し訳ございません、私のせいで……」
「大丈夫だ、気にするな。……イチカ様が直接雇用してくれるっていうから、職には困らないしな」
その言葉を聞いて安堵したとはいえ、自分なんかが他人の人生に影響を与えてしまったことを申し訳なく思っていると、イチカによって優しく頬を掴まれ、強制的に顔を上げさせられた。
「っていうか、『私にはそこまでしていただく価値はない』だなんて、聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたんだけど? まさか、わたしがここまでしてもまだ、自分の価値を低く見積もっているんじゃないだろうね?」
「あ、その……じ、事実を申し上げたまでです……」
「……あーあ、ノエルが馬鹿なことばっかり言うから、ストレスで寿命が縮まっちゃったなー。ただでさえ隻眼になって、『あと一つしかないじゃん』って焦った連中から狙われる回数も増えたし、ボディーガードは何人いても足りないくらいなんだけどなー」
――イチカの言葉に甘えて、本当にいいのだろうか。
こんな、自分にとって都合の良すぎる話に乗ってしまって、罰は当たらないだろうか。
「だからさ、ノエル。わたしを守るために、戻ってきてくれない? わたしにはノエルが必要なんだ」
美しい金色の瞳に真っ直ぐに見つめられたら、頭でこねくり回していた理屈など吹き飛んでしまった。
胸がくすぐったくて、腹のあたりに力が入ってくる。大切な人に必要とされることがこんなにもうれしいだなんて、生まれて初めて知った。これ以上ない幸福を感じた。
抑えきれない感情は涙という形になって、ノエルの瞳からぼろぼろと零れた。溢れる思いを止められないノエルを見て優しく微笑んだイチカは、そっと手を差し出した。
「返事を聞かせてくれる?」
たとえ、自分がイチカやタカヒト、ケイに迷惑をかけるだけの存在だとしても。
自分勝手な我儘だとわかってはいても、もうノエルには、イチカの隣にいる未来しか考えられなかった。
「……この命を懸けて、あなたを絶対に守り抜くと誓います」
忠誠を胸に差し出された手を取ると、いつか握ったときと同じように、イチカの温もりがノエルを自然と笑顔にさせた。
「よし、ノエルが戻ってきた! ……あ、でも今は前にも増してめっちゃ激務だから、覚悟してね?」
様子を静かに見守っていたケイが、ノエルが笑顔を見せた瞬間に勢いよく抱き着いてきた。
「ケ、ケイさん、苦しいですよ……は、はいもちろん、覚悟のうえで働かせていただく所存です」
「固いなあー! 戻ってこられて良かったね、ノエル! また一緒に働けてうれしいよ!」
「……僕たちは今度はイチカ様の目を狙うライバル同士じゃなくて、普通の同僚として仲良くやっていけそうだな」
タカヒトは優しく微笑んでしゃがみ込み、優しい兄のようにノエルの頬を撫でた。血の繋がりはなくとも、イチカが欲しいと望んで作り上げようとしてきた家族が、ノエルにとって帰る場所となった。
今までにない幸せを噛み締めていると、
「よーし、それじゃあ早速、ヴァロ・ライネのところに行こう」
イチカの一言で、夢心地だったノエルは急に現実に戻された。
「い、今からですか?」
「うん。今すぐ『ノエルをわたしにください』って言いに行きたい。……一秒でも早く、君を正式にわたしのものにしたいから」
悪戯っ子のようにニヤリと笑うイチカを見て、眩暈がした。
恐怖を吹き飛ばす、あまりにもプロポーズめいた言葉に、頬を染めずにはいられなかった。
「さあ、行こう。ノエル、タカヒト、ケイ、道中も誰に狙われているかわかんないからさ、わたしのことをしっかり守ってね」
イチカに手を引かれて飛び出した外の世界は、信じられないくらいに眩しくて。
思わず目を瞑りたくなったけれど、これからはずっとイチカの側にいて、失われた彼女の左目の代わりになると決めたのだ。
だからしっかりと目を開けて、光に透けるイチカの背中を見つめる。与えられたものの大きさと尊さを実感し、体が熱くなる。
明るい空の下を歩きながら、この手をずっと離さないと誓った。




