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ノエル 3-➁ 価値

「い、イチカ様……⁉ ひ、左目はどうされたのですか⁉」


「前にも言ったよね? わたしの目一つでノエルを自由にできるのなら、惜しくはないって」


 左目を黒い眼帯で覆うイチカの目の所在と、紅蓮一家がノエルを解放した本当の理由を察した。


「……そんな……わ、私のせいで……イチカ様が……」


 ノエルは罪悪感と申し訳なさでその場に座り込み、涙が溢れて止まらなくなった。


 主人への裏切りという罪だけではなく、自分のせいでイチカの目を守れなかったというボディーガードとして最悪の失態、罪を犯してしまった現実を突きつけられたのだ。


 彼女たちがここに来たのは、ノエルを糾弾し、アズワノに連れ帰って相応の罰を与えるためなのだろう。しかし、それでも構わない。イチカが望むなら、命すら喜んで差し出そう。


 だが、俯いているノエルの頭を撫でるイチカの手つきは、怒りや憎しみなど微塵も感じさせない優しいもので、戸惑うしかなかった。


「顔を上げて。わたしがここに来た理由は、その目で見ればわかるから」


 イチカに言われて恐る恐る顔を上げたノエルは、右目のカラーコンタクトを外したイチカを見て、彼女のもう一つの大きな変化を知った。


「……ひ、瞳の色が……!」


 残されたイチカの右目は、覚醒状態と呼ばれている美しい金色になっていた。


 彼女と見つめ合ったなら確実に目が離せなくなる、心を奪われてしまうと確信させられる神々しさ。


 それは護衛任務に就く前に紅蓮一家で見せられた写真や、イチノセ家の宝物庫で見せてもらったレプリカよりもずっと美しく、比較することすらおこがましいと思うものだった。


「ノエルがいなくなってからずっと、ノエルのことを考えていたの。そしたら……いつの間にか、色が変わってた」


 あっさりと言われたものだから、ノエルの脳が混乱を起こすのも無理のない話だった。


「……私が、イチカ様の瞳の色を変えた……? そ、それって……つまり……」


 その先を口にするのを躊躇ったノエルに、イチカは堂々と告げた。


「うん。わたしはどうやら、ノエルに惚れてしまったことになる」


「ま、待ってください! 情報量が多すぎて、ワケがわかりません!」


 先程からノエルにとって人生が変わる程の重大な話を、世間話でもするかのように畳みかけられて、脳味噌のキャパシティを超えてしまった。


 それでも、イチカから告げられた想いに心臓が早鐘を打ち、喜びで指先が震え、顔が赤くなっているのを自覚する。


 体が熱い。息ができない。――だけど、嬉しい。


 頭で整理しなければならない情報がたくさんあるのにもかかわらず、様々な感情が胸の奥から溢れ出てきて、全然思考に集中できそうにない。


 慌てふためくノエルを見たケイが、からかうように口角を上げた。


「あの真面目でクールなノエルが、そんな乙女みたいな反応をするなんてねー? 可愛いじゃーん」


「ケイさん! 他人ごとだと思ってからかわないでください!」


 咄嗟に反応したせいで、ケイへの再会の挨拶がこんな形になってしまった。


「仕方ないだろ、他人ごとだしな。イチカ様の瞳の色を変え、奪う……その任務に、僕とケイは失敗したわけだ」


 肩をすくめて笑うタカヒトの口からあっけらかんと暴露されたのは、裏任務の内容だった。


 焦ってイチカの様子を窺ったが、彼女は穏やかな笑みを浮かべたままだった。そしてノエルの心の中を読んだかのように、イチカはタカヒトとケイの顔を交互に見てから白い歯を見せた。


「これから新しい生活を始めるにあたって、ふたりとはたくさん話をしたんだ。表面上で仲の良い家族を『演じる』んじゃなくて、嫌なところも知っていてこその家族になりたいと思ったからね」


「……新しい、生活……?」


 引っかかりを覚えた単語に反応すると、ケイはノエルの手を握った。


「オレは元々、任務が失敗しても別に構わないと思ってたし? ベッドで眠れて、イチカ様が作ってくれる美味しいごはんが食べられれば、それだけで十分贅沢な生活なんだよね。イチカ様がオレを雇い直してこの生活を保障してくれるって言うから、ハイザカイは辞めた! ちょっと揉めたけど、イチカ様が守ってくれたしさ。だからノエルももう一度、イチカ様の下で働こうよ! ね?」


 それは眩暈がするほど魅力的な打診だったけれど、ノエルにとっては夢物語でしかなかった。


「……それが叶うなら、どれほど幸せでしょう。ですが、私はこの部屋から出ることすら難しいのです。ライネ家現当主であるヴァロ・ライネが次の指令を出すまで、勝手な行動は許されていませんから」


「出られるよ。だって、ノエルはわたしが雇い直すんだから」


 イチカの言葉の意味を、すぐには理解できなかった。


「雇い直す、と言われましても……もう一度申し上げますが、私はこの部屋から出られないのです」


「それはライネ家の都合でしょ? 世界七璃同士の立場は平等なんだ。だからわたしが優秀なボディーガードであるノエルを雇用したいって、ライネ家に直接申し入れること自体に問題はない。……迎えに来るのが遅くなってごめんね。でもこれでようやく、ノエルを正面から迎えられる準備と体制が整った」


 淡い期待に高鳴ってしまった心臓を服の上から押さえて、夢を見ないよう自分に言い聞かせた。夢と現実を往復しているようで、体力が持たない。


「自分たちに都合のいい人間をそう簡単に手離すとは思えないから、最初はたぶん断られるけどね。もしそうなったら……ライネ家がやってきた悪行をバラすしかないよね?」


「で、ですが! そんなことをしたら国際問題に発展してしまいます! 私には……イチカ様にそこまでしていただく価値はありません……」


 自分ひとりのせいで戦争の火種を起こしてしまうなんて、あってはならない。イチカを止めようと焦燥するノエルに、タカヒトは小さい子どもを諭すように優しく告げた。


「今、国際警察が動いている。世界七璃に限らず、今までは権力者たちが何をしたとしても大体のことが揉み消されてきたせいで、ノエルも悔しい思いをたくさんしてきただろう? ……だが、ライネ一族がノエルの家族に対してやってきた非道を、世界七璃の一人であるイチカ様が直接国際警察にタレ込んだ。これがどういうことかわかるか?」


 ノエルはかぶりを振った。

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