ノエル 1-➁ 警告
「ここが今日からノエルが暮らす部屋になる。必要なものは揃っていると思うけど、もし足りないものがあったら専任のスタッフに連絡するといい。番号はサイドテーブルに置いてある」
先程までイチカの側に立っていたボディーガードの先輩――タカヒトとケイによって案内されたノエルの部屋は、一人で使用するにはあまりにも広い、綺麗な個室だった。
「私には分不相応な部屋な気がしますが……ありがたく使わせていただきます」
「まあ、部屋は立派だけど自室にいる時間なんてほとんどないと思った方がいい。朝は五時半に起床、朝食は七時からで、イチカ様がお仕事をされている間は三人全員で護衛にあたる。朝晩の食事はイチカ様を含めて四人一緒に頂いて、一人ずつ入浴。イチカ様の就寝時の護衛は基本一人で、三時間置きに交代だが呼び出しがあればいつでも行けるように準備はしておくように。ここまでで質問はあるか?」
仕事について丁寧に教えてくれたのは、タカヒトだ。
誰もが目を引かれる高身長と手足の長いスタイルの良さ、美しい顔立ちの中でも特徴的な大きな瞳と美しい形の唇。ノエルと二つしか歳が変わらないなんて思えない程、色気のある男性だった。
丁寧に説明してくれるタカヒトと話しながら、人間関係に不安を覚えていたノエルはなんとか上手くやっていけそうだと安堵の息を洩らした。
「問題ありません、承知しました。タカヒトさん、いろいろと親切に教えてくださいまして、ありがとうございます」
「……もっとフランクに接していい。これから一緒に生活していくわけだし」
「そうそう、オレみたいにね。オレはケイ! 十六歳だから屋敷の使用人の中では唯一、イチカ様より年下になるんだ。これからよろしくー!」
小顔で猫のような大きなつり目が可愛らしいケイと名乗った青年は、ノエルに人懐こい笑顔を向けた。上背が低く細身であるためか、実年齢よりもさらに幼く見える。
「もしかして、ノエルってセロフィン人だったりする? 名前とか目の色がそんな感じがする」
好奇心に満ちた瞳でノエルを見つめて、ケイは尋ねた。
「私は生まれも育ちもアズワノですが、アズワノ人とセロフィン人のクォーターです」
「へー、そうなんだ。じゃあ、今度時間があるときにセロフィン語教えてー」
「わかりました。ケイさんがお手隙の際にでも、お声がけください」
ノエルはマルチリンガルだが、最低三ヵ国語を話せることはイチカのボディーガードに採用される条件に含まれているので、ケイも例に漏れないはずだ。特に優越感を抱いたりはしない。
「……で、ノエルはさあ……当然、イチカ様の瞳にはもう一つの秘密があるってことも、そしてその発動条件も……知ってるんだよね?」
ケイがそう口にした瞬間、室内に見えない緊張の糸が張り詰められた気がした。
「はい。イチカ様のボディーガードを務めるにあたって、当然だと思います」
堂々と答えたノエルを、タカヒトとケイはまるで審査でもするかのように見ている。
イチカの瞳には、公にされていない秘密――つまり、国の重鎮や一部の関係者、あるいは裏社会に内通している人間にしか知らない機密情報がある。先程イチカが口にした世界七璃についての問いが正テストだとしたら、これは裏テストのようなものだろう。
下手な回答をすれば文字通り首を切られてしまいかねない緊張感の中で、ノエルは細心の注意を払いながら回答を続けた。
「イチノセ家本家の女性の瞳には『物の本質や価値を見抜く』という付加価値が追加されるのは公然の事実ですが、加えて、十代の多感な時期に他人に恋心を抱いた状態になると琥珀色から美しい金色になるという、神秘的な特徴があります」
何も言わないふたりを交互に見てから、ノエルは続けた。
「この世の物とは思えぬ美しい金色となった瞳は、希少価値が飛躍的に跳ね上がり、コレクターやマニアからすれば垂涎もの、一般人が見ても心を奪われる魔性の宝石となります。ゆえに、私たちボディーガードは国家絡みの大物マフィアから近所のコソ泥まで、『エフィア』と呼ばれる金色に変化する可能性を秘めたイチカ様の瞳を狙う数多くの不届き者から、イチカ様をお守りしなければなりません」
下手に知っていては危険な情報だが、知らなければボディーガードとして烙印を押される試験だ。ふたりはどう審査しただろうか。
緊張もあって一気に捲くし立ててしまったことを反省しながら、先輩方が口を開くのを静かに待った。
「……知っているのなら、いい。そういう事情もあって、イチカ様には命を狙う輩と同じくらいにハニートラップが多いんだ。怪しい男が近寄って来たら目を光らせて、即刻捕えるように。僕たちの仕事は物騒な武器を持ってイチカ様の瞳や命を狙ってくる連中だけが相手じゃないってことを、頭に入れておけ」
「……はい。肝に銘じておきます」
優しい先輩からの有難い助言のはずなのに、ノエルにはそれが警告のようにも聞こえた。




