ケイ 1-④ 内通
「……感傷に浸る時間はここまでにしよう。今日のミーティングの本題に入らせてもらう」
苦しむケイを介錯するかのように、タカヒトは事務的な声色で告げた。
タカヒトの言う「本題」の内容についてはケイも大体は把握している。ケイの体がある程度まで回復するのを待ったということは、今後に影響する極めて重要な事項だ。
「旅館での襲撃の後……犯人を解剖して情報が洩れた経緯と通信手段を調べ上げた結果、明らかになったことがある。……もうわかっているだろうが……僕たち三人のうちの誰かが、紅蓮一家と内通しているということだ」
こちらの反応を窺うかのようなタカヒトの視線に、真っ向から対峙した。
「一応言っておくけど、オレじゃないからね」
「私でもありません」
「もちろん、僕でもない。……まあ、ここで正直に名乗り出る犯人なんているはずがないよな。……矛盾するようだけど、僕は誰にも名乗り出てほしくなかった。僕はイチカ様へ情が移っているとよく指摘されるけれど、おまえたちに対しても同じだから」
そう言われて嫌な気持ちにならなかったケイは、きっと自分もタカヒトと同じ情を抱いているのだろう。
「私は同僚として、おふたりのことを嫌だとは思っておりません。しかし、紅蓮一家のような姑息で残忍な泥棒集団にイチカ様の情報を売ったのであれば、許せそうにありません」
ノエルの冷ややかな声色や感情を殺した無表情からは、心の底からの怒りが伝わってくる。ノエルは紅蓮一家に遺恨でもあるのだろうか。
「犯人探しは引き続き護衛団が進めているから、僕たちが最優先してやるべき仕事ではない。それより僕が懸念しているのは、疑心暗鬼になったイチカ様が心を閉ざしてしまうことだ。僕らに家族としての温もりを求めるあの方が、家族に裏切られたとなったら……どれだけ辛い思いをされるか、想像に難くない。だからこのことは、絶対にイチカ様に知られないようにしよう」
ケイは頷いた。イチカのあの屈託のない温かな笑顔が見られなくなるのは嫌だなと、素直に思ったから。
「でもさ、イチカ様の瞳を狙っている以上……オレたちは結局、ずっと前からイチカ様を裏切り続けているワケだよね。今更綺麗事言うのも変だよ」
タカヒトの顔がわかりやすく曇った。彼も決して本来の目的を忘れたわけではないだろうが、ただ思考を放棄しているだけのケイと同じ愚か者なのだ。
「……ここで議論したところで、私たちがやることは変わりません。イチカ様の瞳を狙いつつ、外部の不届き者からは命を懸けてお守りする――結局、これに尽きるということでしょう。綺麗事も裏切りも、すべてを知ったイチカ様がどう思われるのかなんて……私たちには想像することすらおこがましいのですから」
ノエルの冷静沈着な正論には腹が立つことも多いけれど、周りを落ち着かせる作用があるのも紛れもない事実だ。数々の仕事を共にし、ノエルに命を助けられたケイはもう、彼を新入り呼ばわりして発言を妨げることはしなくなっていた。
「はあー……なんだか、世知辛い世の中だよねえ」
やるせなくなって大袈裟に溜息を吐いた。いくら同僚と仲を深めたところで、最終的にはこうやって争う運命なのだ。
だからこそイチカはもちろん、イチノセ家の関係者には誰にも深入りせずに線引きした関係を築くのがベストだと、ケイは最初から理解していたはずだ。
それなのに、人間というのはとことん上手くできていない。こんな思いをするくらいなら、ハイザカイで養成されていた頃のように徹底的に感情を押し殺しておくか、最初から感情が欠落していれば良かったのに。
そのとき、ケイはハッとして目を見開いた。まさか、寝食を共にして家族のように仲を深めることは、情を抱いたボディーガードが寝首をかかないように、イチカが張った予防線――防衛手段だったのだろうか。
……いや、きっと違う。それは今まで他人に期待をせずに育ってきたケイの発想であって、イチカの考えではないだろう。自分たちに向けられるあの優しい目元が打算であるはずがないと信じたかった。
「……話を戻そう。次に銀蛇団もしくは紅蓮一家が大きく動きを見せるとするなら、イチカ様が見合いのためにコノエ家を訪問するときだろう。コノエ家は古くから続いている由緒ある名家で、ご令息であるリョウキ様はイチカ様と同い年、品のある美しい青年だと言われている」
西を中心に地価の高い土地を多く所有しており、アズワノ有数の資産家でもあるコノエ家についてはハイザカイにもある程度の情報が入ってきていた。
一方でかなり黒い噂も付きまとう家だが、イチカとの接触で何を企んでいるのだろうか。
「イチカ様は私たちボディーガードと護衛団が警護しますし、一人息子のリョウキ様にも常に手厚い護衛が付いているかと思います。双方の守りが頑丈なこの日に襲撃される可能性は、低いと思いますが……」
ノエルが抱いた疑問は、正しい機関で教育を受けてきた優等生のものだ。
「悪いことをするときってさ、護衛の数と難易度の高さは比例しないんだよ。悪さをする連中の立場になって考えてみなよ。その場にいる人数が多ければ多いほど作為的に混乱を作りやすいし、何かあっても容疑者の数も増えるわけだから仕事しやすいじゃん? オレらも地の利がないから、普段より動きが悪くなるかもしれないし」
過去にケイも、ターゲットの誕生パーティーで発生した殺人事件の混乱を利用して、その場にいた敵対組織の関係者を全員処分した経験がある。
「僕たちの目が届かないところで、裏社会が大きく変化し、動いている……そんな嫌な予感がする。……自分以外は敵だと思って、心して任務に取り組んでいこう」
淡々と告げているように見せたいのだろうが、タカヒトの表情は浮かばないものだった。
タカヒトが言う「自分以外」には当然、ケイやノエルも含まれている。イチカの言葉を借りれば「家族」も敵としてみなすことと同義であり、彼女が望まない形であることに違いないのだ。
重くなった空気の中で、ケイは白い歯を見せて明るい声を出した。
「誰が狙ってきてもイチカ様を守って、またハンバーグとイチゴ飴を作ってもらおうっと。ねえ、知ってた? イチカ様のハンバーグがボリューミーなのにヘルシーなのは、細かく切った油揚げを入れているからなんだってさ!」
空気を読めないとも言われかねない発言だったが、ケイなりの一つの決意だった。
ポーカーフェイスは得意な方だ。エフィアを狙い続けてきた裏切り者として、最後まで「食いしん坊でマイペースな弟キャラのケイくん」を演じきってやろうじゃないか、と。
裏任務を達成するか、あるいは、罪が暴かれて断罪されるか。
その日が来たとき初めて、ケイは建前とかキャラとかは無関係の、ありのままの自分を曝け出せる気がした。
決して、遠い未来ではないはずだ。




