表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/37

タカヒト 1-③ 着信

 六月某日。気象庁はまだ梅雨入りを発表していないが、今日は一日中弱い雨が降り続いている。そのせいか、車窓から見える街はいつもより人気が少ないようだ。


 イチカは彼女の父親が強制的にセッティングした見合いのために、車でトーハマまで向かっている最中だ。イチカ専属のベテラン運転手の腕は確かなもので、揺れの少ない車内で穏やかに談笑している彼女の様子をタカヒトは静かに見守っていた。


「イチカ様! 帰りに奔月亭の焼売買ってください! オレ、大好きなんです!」


「もちろん好きなだけ買っていいよ。売り切れるのが早いから、電話して取り置きしてもらった方がいいかも」


「やったー! じゃあオレ、早速電話しちゃいますね!」


 うれしそうなケイを見つめるイチカの表情はいつも通りだ。緊張も高揚もしている様子は見られないことから、今日の見合いもおそらく時間の無駄になるのだろうと推測できる。


 見合い相手の男性に惚れてくれれば、金色に変化した瞳を奪うだけになるから任務は少しだけ楽にはなるが、自分以外の誰かに心を奪われるイチカを見るのは堪えられない。


 深入りしてはいけないとわかっているのに、恋愛感情というのはなんて非合理的な代物だろうか。タカヒトは誰にも気づかれないように小さく深呼吸をして、気持ちをフラットにするよう意識した。


 タカヒトとしては、今日の見合い相手とイチカの縁が結ばれることはないにせよ、せめて彼女がどんな男がタイプなのか正確に把握することで今後の任務に役立てたいと思っている。


 信号待ちをしている車中で不自然にならないようにイチカを見つめると、彼女は母親と手を繋いで歩く小さな女の子を微笑ましそうに眺めていた。


「可愛らしいですね。イチカ様は、子どもがお好きですよね」


「うん、大好き。本当に可愛い」


 自分が言われたわけでもない「大好き」の言葉にいちいち反応する鼓動の厄介さを、今は鬱陶しく思う。平静を装いながら問いかけた。


「お家のこともありますし、早めに子どもが欲しいとはお考えにならないですか?」


 信号が青になり車は緩やかに発進した。ようやく子どもから目を逸らしたイチカは、琥珀色の瞳をタカヒトに向けた。


「もしわたしが子どもを作れない体だったり、子どもが生まれたとしても男の子ばかりだったら、どうするつもりなのか……前にパパに聞いたことがあるの。わたしの質問に対してのパパの回答は、『そんなことを考える暇があったら、一人でも多くの子を産めばいいだろう』だったな。なんかさ、わたしのことはただイチノセ家を残すために作ったんだなって思ったら、何もかもどうでもよくなるくらい嫌になっちゃって」


 エフィアを持つイチカにとって、子孫を残す重要さは一般家庭の比にはならないのだろう。淡々と話す彼女の顔からは重圧からくる疲れが透けて見える気がして、タカヒトは相槌を打つことすら躊躇われてしまった。


「……だから、子どもを作るつもりはないと? ……生涯、誰とも恋はしないおつもりだということですか?」


 何も言えないタカヒトの代わりに、ノエルが核心を突く質問を口にした。紺色の制服に、彼の煌びやかな金髪はよく映える。


「毎日命を狙われ続けるストレスも、将来の夢すら抱けない不自由も、わたしは自分の子どもに背負わせたくないからわたしの代でイチノセ家が終わってもいいと思っているよ。……だけど、もしわたしが心から好きだと思える人に出会って、その人がわたしのことを好きになってくれたときには……子ども、欲しいな。最高に可愛いだろうし」


 そう言ってイチカは柔らかい笑みを浮かべた。自分より三つも年下の少女の何もかもを諦めたような微笑に、タカヒトは胸が締め付けられる思いだった。


「あ、これ絶対ここだけの内緒話にしてね? パパにバレたら説教という名の洗脳が始まっちゃうんだから。クロイワさんもお願いね!」


 運転手のクロイワさんに声をかけてそのまま世間話をはじめたイチカは、どうやらこの話を切り上げたいようだ。イチカを追及しなかったのは彼女の意図を酌んだこともあるが、何よりもタカヒトの保身のためだった。


 ……危なかった。もしここが誰もいないふたりきりの密室だったなら、間違いなくイチカを抱き締めて不敬を働いてしまうところだった。


 ケイやノエルは今、何を考えているのだろう。彼らもまたタカヒトと同じように、イチカに対する思慕の念を胸中に抱えているのだろうか。


「ねえタカヒト、携帯鳴ってるよ」


 ケイに指摘されてハッとした。


「ごめん」


 謝りながら携帯電話を取り出すとすでに着信は切れていた。着信履歴に残っていた名前と届いていた新規のメッセージの差出人はタカヒトの直属の上司で、緊急時以外は滅多に電話をしてくることのない人なので嫌な予感で胸がざわついた。


 急いでメッセージを確認したタカヒトの目は、大きく見開かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ