↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
53/55

第五十三話「羽毛補充場」


ホテルの枕は、少しずつ軽くなる。


最初に気づいたのは、客ではなく洗濯係のイサだった。


昨日まで一・二キロあった枕が、今日は九百グラム。

破れてはいない。

羽毛も落ちていない。

なのに中身だけが減っている。


三日で、百二十七個。


支配人は言った。

「交換しよう」


倉庫から新品を出した。

翌朝、それも軽くなった。


五日目、納品業者が来た。


白い袋を三十個。


《補充用羽毛》


イサは一袋持ち上げた。

妙に冷たい。


「これ、何の鳥?」


業者の男は伝票を見た。


「鳥ではありません」


袋の口から、白いものが一片こぼれた。


指でつまむ。

羽毛ではない。


水だった。


触れた瞬間だけ綿のように形を持ち、指先で溶けた。


男は言った。


「雲です」


*


補充場は、山の上にあった。


ホテルから車で一時間。


観光道路を外れ、柵を二つ越えた先。

巨大な銀色の塔が並んでいる。


塔の上部から、太い管が空へ伸びていた。


吸い込み口は見えない。


ただ、雲が近づくと形が崩れた。


白い稜線がほどけ、一本の管へ吸い込まれていく。


下の建屋から袋が出てくる。


《一号積乱雲 十二・四キログラム》

《層雲 七・一キログラム》

《巻雲 〇・八キログラム》


作業員たちは普通の顔で袋を積んでいた。


イサは聞いた。


「空から取っていいの?」


若い作業員が笑った。


「減ったら、またできますよ」


「誰が?」


「空が」


*


最初の一週間は、うまくいった。


枕はふかふかになった。

客室の苦情も消えた。


ホテルは追加発注した。

近隣の病院も。

寝具メーカーも。

航空会社も。


《天然雲綿》


軽い。

蒸れない。

形が戻る。


評判になった。


補充場は二十四時間稼働になった。


空だけが、青くなった。


*


雨が降らなくなった。


十日。

二十日。


天気予報には雨の記号が出る。

しかし雲が来ない。


気象台は上空の水蒸気量を発表した。

平年並み。


雲だけがない。


貯水池の岸が日に日に下がった。

畑が割れた。

川底に自転車が出た。


ホテルでは、客がよく眠った。


「最高の枕だった」


チェックアウトのたび、そう言われた。


イサは笑えなくなった。


*


補充場へ行った。


夜だった。


塔は全部動いていた。


晴天。

星が異様に多い。


なのに管の中を、白い塊が流れている。


「雲なんてないじゃない」


作業員は答えなかった。


袋を見る。


《未形成雲》


《降水予定 二日後》


《降水予定 六日後》


イサは一袋を落とした。


「未来の雲まで取ってるの?」


責任者が出てきた。


「需要が増えましたから」


「雨は」


「不足しています」


「補充しないの?」


責任者は端末を見た。


【雨水:不足】


【補充原料:雲】


【雲:不足】


【補充原料:未形成雲】


その下。


【未形成雲:不足】


イサは画面を指した。


「この次は?」


責任者は黙った。


表示が一行増えた。


【補充原料:海】


*


翌朝、海面が一センチ下がった。


ニュースでは潮位変動と説明された。


二日後、三センチ。


補充場の倉庫には、新しい袋が積まれていた。


《海由来雲綿》


ホテルの発注画面には、割引表示。


《大量入荷につき二〇%OFF》


イサは全客室の枕を集めた。


三百四十二個。


従業員に何も説明しなかった。

説明したら止められると思った。


駐車場へ積む。


カッターで一つ裂く。


白い綿が噴き出した。


地面へ落ちない。


空へ昇った。


二つ目。

三つ目。


百個目で、ホテルの上に小さな雲ができた。


警報が鳴った。


【商品損耗】


【在庫流出】


イサは二百個目を裂いた。


雲が厚くなった。


三百個。


風が吹いた。


最後の一つを裂いた時、雷が鳴った。


雨が落ちてきた。


最初は数滴。


すぐに土砂降りになった。


従業員たちが玄関から出てきた。


誰も怒らなかった。


何人かは、ただ空を見ていた。


イサも濡れた。


制服が重くなった。


こんなに重い雨は初めてだと思った。


*


三日後。


補充場は閉鎖された。


塔は止まった。


公式理由は設備不良。


ホテルは普通の羽毛枕へ戻した。


少し蒸れる。

へたりやすい。

客から苦情も来る。


それでいいとイサは思った。


納品口に、一つだけ白い袋が残されていた。


宛先。


《バーガーショップ・パンデモニウム》


内容物。


《雨上がり 一袋》


イサはしばらく見た。


それから袋の口を開けた。


何も入っていなかった。


外で、水たまりを踏む音がした。


子どもが笑った。


袋の底に、雨の匂いだけが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。