第五十二話「現地調達」
午前六時十四分。
マラは、先頭のトラックを自分で運転した。
配送所の誰も止めなかった。
止める人間がいなかった。
昨夜まで並んでいた運転手たちは、朝になると一人もいなくなっていた。
エンジンだけが暖まっていた。
行先表示。
《バーガーショップ・パンデモニウム》
積荷。
空欄。
【現地調達】
マラはシートを一段前へ出した。
「勝手に持ってくなら、せめて見届ける」
トラックを出した。
*
店は、町外れの道路沿いにあった。
赤と黄色の看板。
駐車場。
ドライブスルー。
朝の油の匂い。
あまりにも普通で、マラは二度通り過ぎた。
ナビだけが、
【到着】
を動かさない。
裏へ回ると、搬入口の前に黄色い枠が一本引かれていた。
その中央へ車体を入れた瞬間、
荷台で何かが落ちた。
がん。
マラはサイドブレーキを引き、外へ飛び出した。
後扉の封印は切れていない。
鍵を開ける。
空だった荷台に、
赤い長靴が一つあった。
左。
かかと。
《ノア》
「……戻ってきた?」
拾う。
泥は乾いている。
あの日、ベルグ村へ届けたものと同じだった。
端末が鳴る。
【現地調達:1】
次。
銀色の指輪。
内側に、
《L & E 2041.6.12》
次。
家の鍵。
犬の首輪。
写真立て。
義足。
教科書。
荷台の床が、一つ鳴るたび埋まっていく。
どれもマラが配送所で見たものだった。
持ってきたのではない。
ここへ着いてから現れた。
最後に、
濡れた土の塊が落ちた。
その中から墓石の角が出た。
《アニカ・ロウ》
マラは扉を閉めた。
「ふざけるな」
端末。
【現地調達:完了】
【配送開始】
「どこから調達した」
返事の代わりに、搬入口の脇から紙が一枚出た。
レシートだった。
《お預かり 18,401,227点》
その下。
《返却 18,401,227点》
*
最初の届け先はルート村だった。
例の家。
裸足だった少年が、庭にいた。
マラはトラックを止め、赤い長靴を持って降りた。
少年が固まる。
「ノア?」
母親が玄関から出てきた。
マラは何も聞かず、長靴を地面へ置いた。
少年が履く。
右。
左。
二つ揃った。
「これ、僕の」
「そうだな」
今度は言えた。
端末を見る。
ベルグ村。
不足品目:
子供用長靴、左。
数量:
1。
表示が消えた。
マラは顔を上げた。
「待ってろ」
荷台へ戻る。
もう一つ。
赤い長靴。
左。
同じ《ノア》。
それを持ってベルグへ走った。
そこにも、片方だけで待っているノアがいた。
履かせる。
表示が消える。
二つの村に、
同じ左長靴が存在した。
*
指輪も。
墓石も。
鍵も。
椅子も。
戻した先から不足表示が消えた。
奪われた側だけではない。
届けた側にも残っている。
一つだったものが、
二つになっていた。
マラは途中で車を止めた。
端末を助手席へ置く。
画面にはまだ、
十七万件以上。
朝から走り続けても、減ったのは百にも満たない。
なのに数字が減っている。
自分が届けていない場所でも。
18,401,127。
18,399,004。
18,210,881。
道路の向こうから、
同じ型のトラックが来た。
一台。
その後ろに一台。
さらに。
昨日、配送所に並んでいた車列だった。
それぞれ別の道へ曲がっていく。
荷台は満載。
マラは、しばらく見送った。
それからハンドルを叩いた。
「だったら最初からそうしろ」
誰にも届かない悪態だった。
少し笑った。
*
夕方。
ルート村の変電設備が動いた。
エミルは自宅にいた。
ベルグ村にも技師が二人いた。
墓地にはアニカの墓石。
別の墓地にも、
同じ名ではない別人の墓石が戻っていた。
食堂の老婆は指輪を指に通し、
何度も内側の刻印を撫でていた。
誰かから奪わなくても、
不足が埋まっている。
端末の数字。
3,212。
941。
72。
8。
1。
マラは最後の一件を開いた。
【不足地点】
バーガーショップ・パンデモニウム
【不足品目】
不明
【数量】
1
トラックを店へ戻した。
*
夜の搬入口。
黄色い枠。
荷台は空。
マラが降りると、
朝と同じ細長いレシートが出てきた。
《返却完了》
《未返却 1点》
「何が足りない」
機械は答えない。
店の裏口は閉じている。
窓の向こうでは、客がバーガーを食べていた。
紙袋。
トレー。
ポテト。
飲み物。
普通の店だった。
マラはレシートを裏返した。
何もない。
もう一度表。
《未返却 1点》
その下へ、
ゆっくり文字が印刷された。
《返却先を指定してください》
端末に地図が出る。
一つだけ光点。
ベルグでも、
ルートでもない。
マラの家だった。
指が止まる。
三日前から、
家へ帰っていない。
配送所の仮眠室で寝ていた。
何がなくなったのか。
母親はいない。
夫もいない。
子どももいない。
猫が一匹いる。
「……ミロ」
トラックの荷台で、
何かが鳴いた。
マラは走った。
扉を開ける。
段ボール箱が一つ。
中から、
茶色い猫が顔を出した。
「にゃあ」
マラは箱ごと抱き上げた。
腹が立った。
笑いも出た。
猫は頬へ頭を擦りつける。
「お前まで在庫にするな」
端末。
【不足:0】
【配送完了】
全車両の行先表示が、
一斉に消えた。
*
翌朝。
配送所には、
トラックが一台もなかった。
マラは自分の車で帰った。
助手席ではミロが丸くなっている。
赤信号で止まり、
昨日のレシートを取り出した。
《お預かり 18,401,227点》
《返却 18,401,227点》
数字は合っている。
その下に、
小さな印字が増えていた。
《複製品の返品は承っておりません》
マラはレシートを二つ折りにした。
窓を開ける。
捨てようとして、
やめた。
ダッシュボードへ押し込む。
信号が青になった。
ミロがあくびをした。
マラは家へ向かった。




