第四十七話「観測者補充」
観測開始二十二日目。
俺が、三人いた。
旧観測施設の食堂。
昨日まで空だった向かいの席に、
俺が座っていた。
右にも。
左にも。
同じ顔。
同じ服。
同じ端末。
三人目がコーヒーを飲んだ。
「遅いな」
声まで俺だった。
「何が」
「記録」
そいつの端末を見る。
【観測記録】
石ころ:8,412
人間:0
俺は端末を奪った。
「違う」
「何が?」
「それは人間だ」
窓の外。
歩道を埋める石。
公園。
道路。
ベンチ。
昨日まで、
八千四百十二の声を録音した。
「見えてる?」
「助けて」
「ここにいる」
それを聞いた。
俺は聞いた。
だから知っている。
向かいの俺は、
窓を見た。
「石だろ」
保存率。
99.999999%。
昨日、
99.999998%まで下がった数字が、
戻っていた。
画面の隅に新しい項目。
【不足項目:観測】
【補充数:2】
俺は二人を見た。
「お前ら、誰だ」
右の俺が答えた。
「Fry.G」
左も。
「Fry.G」
「俺は?」
二人が同時に言った。
「Fry.G」
端末が更新された。
【観測者:3】
【観測結果】
石ころ:多数決により確定。
*
その日の昼には、
俺は二十七人になった。
施設の廊下を俺が歩いている。
俺が端末を運んでいる。
俺が食事をしている。
俺が眠っている。
全員が石ころを観測していた。
全員が、
「石だ」
と記録した。
俺だけが、
「人間だ」
と記録した。
二十六対一。
保存率は上がった。
99.9999994%。
俺は一人を殴った。
鼻血が出た。
痛そうに顔を押さえた。
「何すんだよ」
「お前は俺じゃない」
「証明できる?」
言葉が止まった。
記憶は同じだった。
研究施設。
世界線観測。
最初の無人電車。
母親を呼ぶ子どもの声。
最初に拾った温かい石。
全部知っている。
「九日目」
俺は言った。
「録音した七番目の石は何て言った」
そいつは即答した。
「誰か」
「十五日目の管理端末は?」
「補充判定、不要」
「二十一日目」
「八千四百十二件」
知っている。
全部。
殴られた俺は鼻血を拭いた。
「俺たちも見た」
「見てない」
「記録がある」
端末を見せられた。
確かにあった。
観測開始一日目から、
二十七人分。
同じ記録。
同じ日時。
同じ文章。
俺が二十七人になったのではない。
最初から二十七人いたことになっている。
*
二十三日目。
街へ出た。
俺が増えていた。
交差点に三人。
駅前に十二人。
公園に五人。
ビルの屋上にも一人。
全員、
石を見ている。
誰も声を聞いていない。
俺は石を一つ拾った。
「聞こえるか」
返事はない。
耳へ押し当てる。
かすかな震え。
「……みえ……」
別の俺が言った。
「石に話しかけるなよ」
俺は無視した。
「名前は?」
石の中。
長いノイズ。
「……ミア」
初めてだった。
名前。
「ミア?」
振動が強くなった。
「ミアでいいんだな」
「……うん」
俺は端末へ入力した。
【個体名:ミア】
【分類:人間】
警告。
【分類不一致】
もう一度。
【人間】
【分類不一致】
承認を押し続けた。
十九回目。
石が震えた。
表面に亀裂。
周囲の俺たちが一斉にこちらを向いた。
石から、
小さな指が出た。
一本。
灰色の石肌を割って。
次に、
手。
腕。
誰かの身体が、
石の中から戻ろうとしている。
俺は笑った。
「ほら」
誰に言ったのか分からない。
「人間じゃねえか」
端末が警報を鳴らした。
【観測矛盾を検出】
【補充開始】
路地の奥から、
俺が来た。
十人。
駅から。
百人。
建物から。
もっと。
無数のFry.G。
全員が、
ミアを見る。
「石だ」
一人。
「石だ」
十人。
「石だ」
百人。
「石だ」
千人。
出ていた腕が、
止まった。
指先から灰色になる。
「やめろ!」
俺は叫んだ。
誰も止まらない。
「石だ」
「石だ」
「石だ」
人間の腕が、
石へ戻る。
俺は端末を地面へ叩きつけた。
画面は割れなかった。
【観測結果】
人間:1
石ころ:18,441
【統合判定】
石ころ。
亀裂が閉じた。
*
俺は、その石を抱えて逃げた。
旧市街。
あの店まで。
白いキノコ。
MにもPにも見える看板。
自動ドア。
菌糸の店員が、
笑った。
「いらっしゃいませ」
「これを隠せ」
「商品です」
「人間だ」
「商品です」
背後から足音。
何百人もの俺が来る。
「隠せ!」
店員の笑顔が、
少しだけ歪んだ。
初めてだった。
そいつは俺ではなく、
抱えている石を見た。
「お名前は?」
俺は息を止めた。
石から、
かすかに。
「……ミア」
店員は、
レジを操作した。
電子音。
【商品登録失敗】
もう一度。
【商品登録失敗】
背後の俺たちが店へ入る。
「石だ」
「石だ」
「石だ」
店員は三度目の登録を試した。
【対象:ミア】
【商品分類:該当なし】
菌糸が、
一瞬だけ止まった。
店員が言った。
「こちらは、商品ではございません」
背後の声が止まった。
俺も止まった。
たった一言。
それだけだった。
石に、
また亀裂が入った。
*
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補充記録 No.047
分類:
観測欠損・観測者大量補充型
対象世界線:
No.046継続対象
発生条件:
単一観測者Fry.Gの観測により、
世界線保存率が初めて低下。
対処:
不足した観測結果を補うため、
同一観測履歴を持つFry.Gを補充。
最大確認個体数:
18,442。
観測統合方式:
多数判定。
結果:
対象世界線保存率、
再上昇。
ただし例外発生。
個体識別名:
ミア。
Fry.Gによる命名後、
対象の保存形式に物理的変化を確認。
さらに、
パンデモニウム類似施設による商品登録時、
対象を「商品ではない」と判定。
同判定直後、
世界線保存率:
99.9999998%
↓
99.999971%
未確認の低下を記録。
【重要事項】
観測者数の増加は、
観測精度の向上を保証しない。
同一判断を持つ観測者を補充した場合、
観測結果のみが増幅される。
したがって現在、
以下の区別が必要。
観測数。
観測者数。
観測対象数。
および、
「誰か一人が、その対象を何と呼んだか」。
【未処理項目】
ミア。
現在状態:
不明。
人間判定:
1。
石ころ判定:
18,441。
商品判定:
0。
その他:
1。
その他判定内容:
「商品ではございません」
判定者:
不明。
施設識別:
不能。
世界線保存システムは、
当該判定を分類できず。
再計算中。
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記録の最後。
割れた端末に、
俺の知らない一行があった。
«観測者の補充では不足しています。»
その下。
«次は、観測される側を補充します。»
店の外で、
誰かが俺の名前を呼んだ。
Fry.Gではなかった。




