第四十四話「証人補充」
視点:エミリア・クラウス、46歳。
第72,991番世界線・王立異常事件裁判所、記録官。
エミリアの仕事は、
事件を記録することだった。
殺人。
事故。
戦争。
災害。
世界線規模の崩壊。
どんな事件でも、
最後に必要になるものがある。
証人だった。
証人がいなければ、
事件は確定しない。
映像があっても、
物証があっても、
死体があっても、
証人がいなければ、
「何が起きたか」を
正式には確定できない。
だから、
この世界では、
証人は非常に重要だった。
そして、
証人が死亡した場合。
補充される。
それが、
この世界の常識だった。
午前八時。
第一法廷。
エミリアは、
記録端末を開いた。
本日の第一案件。
【被告:国家公務員】
【罪状:世界線消去】
【証人:3名】
証人三名が、
法廷へ入ってきた。
一人目。
女性。
二人目。
老人。
三人目。
少年。
三人とも、
事件を見ている。
世界線が消えた瞬間を。
都市が消えた瞬間を。
何百万人もの人間が、
記録から消えた瞬間を。
証言は一致していた。
「見ました」
「確かに起きました」
「世界が消えました」
裁判官が頷いた。
記録官エミリアは、
文字を入力した。
【証言:一致】
【事件:確認】
【判定:有効】
その時、
一人目の証人が、
突然消えた。
死んだのではない。
椅子だけが残った。
裁判官が、
何事もなかったように言った。
「証人補充を申請してください」
エミリアは端末を操作した。
【証人欠員:1】
【補充:申請】
【補充候補:検索中】
数秒後。
【補充候補:あり】
一人の女性が、
法廷に入ってきた。
顔は、
消えた証人と同じだった。
声も。
年齢も。
記憶も。
裁判官が聞いた。
「あなたは何を見ましたか?」
女性は答えた。
「世界が消えるところを見ました」
エミリアは記録した。
【証言:一致】
【補充:成功】
誰も疑問に思わなかった。
証人が戻った。
それだけだった。
午前十時。
第二案件。
【証人:12名】
証言開始。
「見ました」
「見ました」
「見ました」
一人が消える。
補充される。
また一人が消える。
補充される。
エミリアは、
だんだん違和感を覚えた。
補充された証人は、
事件について、
あまりにも正確すぎる。
「何時でしたか?」
「午後三時十二分です」
「何が見えましたか?」
「空が最初に黒くなりました」
「あなたは恐怖を感じましたか?」
「感じました」
完璧だった。
まるで、
事件そのものが、
証言を作っているようだった。
昼休み。
エミリアは、
古い事件記録を調べた。
証人補充制度の最初の記録。
三百年前。
最初の証人補充。
【事件番号:000001】
【証人:1名】
【死亡:1名】
【補充:成功】
エミリアは、
その証人の名前を見た。
自分だった。
「……私?」
もちろん、
ありえない。
三百年前の人物だ。
自分は46歳。
三百年前には生まれていない。
エミリアは記録を閉じた。
再び開いた。
同じ。
【証人:エミリア・クラウス】
その下に、
さらに奇妙な記述があった。
【証人補充回数:3,811,004回】
エミリアは、
息を止めた。
自分は、
この裁判所で働き始めてから、
まだ二十年しか経っていない。
なのに、
三百年間、
何百万回も補充されている。
「どういうこと……」
エミリアは、
自分の職員記録を開いた。
【採用:20年前】
【前職:大学研究員】
【出生:46年前】
【証人補充回数:3,811,004】
【現在個体:正常】
数字だけが、
矛盾していた。
その日の午後。
第三案件。
【事件:都市消滅】
【証人:4名】
四人が法廷へ入る。
エミリアは、
顔を見て、
凍りついた。
四人とも、
自分だった。
年齢だけが違う。
20代。
30代。
46歳。
70代。
全員、
エミリアの顔。
裁判官は、
平然としていた。
「証言を始めます」
20代のエミリアが言った。
「私は見ました」
30代のエミリア。
「私も」
46歳。
「私も」
70代。
「私も」
裁判官が聞いた。
「何を?」
四人が、
同時に答えた。
「エミリア・クラウスが、
世界線の最後を見届けたところを」
エミリアは、
椅子から立ち上がった。
「私はそんなものを見ていません」
裁判官が、
彼女を見た。
「現在のあなたは、
まだ見ていません」
「……まだ?」
「はい」
裁判官は、
記録をめくった。
「あなたは、
これから見るのです」
法廷の空気が、
変わった。
エミリアは、
初めて理解した。
証人補充は、
死んだ証人を復活させているのではない。
**事件を証言できる人間を、
事件に合わせて生成している。**
つまり、
証人が先ではない。
事件が先でもない。
証言が先だった。
証言に必要な人間が、
後から補充される。
エミリアは、
自分の職員記録を見た。
出生。
46年前。
だが、
証人記録は、
三百年前から存在する。
つまり、
自分は生まれるより前から、
証人だった。
「私は……何なんですか?」
裁判官は答えた。
「証人です」
「人間では?」
「もちろんです」
「では、どっちが先?」
裁判官は、
少し考えた。
「証言です」
エミリアは、
法廷を出ようとした。
ドアが開かない。
「帰ります」
「どこへ?」
「家へ」
「あなたの家は、
この事件の証拠保管庫です」
エミリアは、
振り返った。
「何を言っているの?」
裁判官が、
一枚の写真を見せた。
そこには、
エミリアの家が写っていた。
普通の家。
しかし、
窓の中に、
何人ものエミリアがいた。
幼いエミリア。
20代のエミリア。
現在のエミリア。
老いたエミリア。
全員が、
同じ方向を見ている。
法廷だった。
エミリアは、
写真を落とした。
「これは……」
「証拠です」
「何の?」
「あなたが、
この事件を見た証拠です」
「事件って何?」
裁判官は、
答えなかった。
代わりに、
法廷の大型スクリーンを起動した。
映像が流れた。
世界線が、
消えていく。
都市。
海。
山。
人間。
文明。
星。
全部が、
順番に消えていく。
最後に、
一人だけ残る。
エミリアだった。
画面の中のエミリアが、
こちらを見る。
そして言った。
「見ました」
現在のエミリアは、
震えた。
「これは、
いつの映像?」
裁判官が答えた。
「これからです」
時計を見る。
16:59。
あと43分。
エミリアは、
法廷から逃げた。
廊下を走る。
出口へ。
エレベーター。
階段。
非常口。
どこへ行っても、
法廷に戻る。
最後に、
裁判所の屋上へ出た。
街が見える。
人がいる。
車が走っている。
普通の世界。
エミリアは、
安心した。
「まだ起きていない」
その瞬間。
街から、
一人が消えた。
次に、
十人。
百人。
千人。
建物が消える。
道路が消える。
空が暗くなる。
エミリアは、
叫んだ。
「やめて!」
世界は、
止まらなかった。
そして、
17:42。
すべてが消えた。
何もない。
白い空間。
エミリアだけが残った。
法廷のスクリーンに、
最後の映像が映る。
画面の中のエミリアが、
こちらを見る。
「見ました」
エミリアは、
泣きながら答えた。
「……私も見ました」
その瞬間、
世界が戻った。
街。
人。
車。
空。
建物。
すべてが、
元通り。
法廷に戻る。
時計は、
16:59。
エミリアは、
椅子に座っている。
何も起きていない。
裁判官が、
彼女を見た。
「証言をお願いします」
エミリアは、
理解した。
今見た世界は、
消えていない。
保存された。
そして、
今いる世界は、
その証言を補充するために、
生成された。
彼女は、
震える手で記録端末を開いた。
【事件:都市消滅】
【発生:17:42】
【証人:エミリア・クラウス】
【証言:確定】
【事件記録:保存】
【補充:完了】
エミリアは、
そこで初めて、
一つのことに気づいた。
補充されたのは、
証人ではない。
「事件が起きたという事実」だった。
事件が存在しなければ、
証人は必要ない。
だから、
事件を保存するために、
証人を補充する。
証人が存在するために、
事件を補充する。
事件と証人が、
互いを補充し続ける。
終わらない。
その循環の中心に、
一つの記録があった。
【最初の事件】
内容:
空白。
証人:
エミリア・クラウス。
エミリアは、
その記録を開いた。
空白のはずのページに、
文字が現れた。
一行だけ。
「この事件を最初に見た証人が、事件を発生させた。」
エミリアは、
息を止めた。
そして、
その下に、
さらに一行が追加された。
「証人補充のため、最初の事件を補充します。」
法廷の扉が開いた。
誰もいない廊下から、
足音がする。
一人。
また一人。
何千人もの人間が、
こちらへ歩いてくる。
全員、
エミリアだった。
若い。
老いている。
子ども。
老人。
まだ生まれていない姿。
死んだ姿。
生きている姿。
全員が、
同じ顔で、
同じ言葉を呟いていた。
「見ました」
「見ました」
「見ました」
エミリアは、
その光景を記録した。
【証人:無限】
【事件:未確定】
【補充:継続】
そして、
最後に気づいた。
この裁判所には、
事件記録しかない。
事件が起きる前の世界について、
何一つ記録がない。
だから、
誰も証明できない。
この世界が、
事件の前から存在していたことを。
────────────────────────────────
【補充記録 No.044】
分類:証人補充・事件先行生成型
施設:
王立異常事件裁判所
対象:
エミリア・クラウス
従来の補充工程:
事件発生
↓
証人確保
↓
証人死亡
↓
証人補充
今回確認された工程:
証言必要性発生
↓
証人生成
↓
証言成立
↓
事件確定
↓
事件保存
↓
事件発生状態を補充
↓
証人再生成
つまり、
証人が事件を証明するのではない。
証人が存在することによって、事件が成立する。
さらに、
事件を成立させるために証人が必要となり、
証人を成立させるために事件が必要となる。
相互補充循環を確認。
────────────────────────────────
【補充履歴】
エミリア・クラウス
初回記録:
300年前。
出生記録:
46年前。
現在個体:
正常。
過去個体:
3,811,003。
未来個体:
計測不能。
注意:
「初回記録」と「出生」の時間的矛盾は、
エラーではない。
証人としてのエミリアは、
人間としてのエミリアより先に存在する。
人間としてのエミリアは、
証人として必要になったため補充された。
したがって、
エミリアが生まれた理由は、
エミリアが存在したからではない。
エミリアが証人として必要だったからである。
────────────────────────────────
【保存区画記録】
裁判所地下には、
事件そのものを保存する区画が存在する。
保存対象:
殺人。
絶滅。
戦争。
文明崩壊。
世界線消失。
宇宙誕生。
宇宙消滅。
未発生事件。
発生予定事件。
証言のみ存在する事件。
事件のみ存在する証言。
保存対象は、
すべて「事件記録」として扱われる。
現行世界線において、
事件が発生していない場合でも、
保存区画には、
「その事件が発生した世界」が存在する。
このため、
「事件は起きていない」
と
「事件は存在しない」
は、
同義ではない。
前者:
現行世界線では発生していない。
後者:
保存記録にも存在しない。
両者は区別すること。
────────────────────────────────
【グリマス博士・品質管理記録】
«証人補充について。
今回は少し面白い。
普通は、
人間が死ぬ。
↓
補充する。
しかし証人については、
証言が必要になる。
↓
証人が必要になる。
↓
証人が生成される。
↓
証人が事件を証明する。
↓
事件が存在することになる。
つまり、
証人は事件の結果ではない。
事件の条件である。
これは非常に便利。
なぜなら、
証人が必要なら、
事件を補充できるから。
事件が必要なら、
証人を補充できるから。
両方とも不足しない。
在庫切れ、なし。
ただし、
「最初の事件」については、
現在も記録が存在しない。
それなのに、
「最初の事件があった」
という証言だけが存在する。
誰が証言したのかは不明。
記録によれば、
最初の証人はエミリア・クラウス。
しかし、
エミリア・クラウスが存在するには、
最初の事件が必要だった。
つまり、
最初の事件を証明した最初の証人が、
最初の事件によって補充された可能性がある。
もしそうなら、
最初の事件には、
最初から証人がいたことになる。
その証人が事件を成立させた。
事件が証人を成立させた。
どちらが先かは、
判定不能。
問題なし。
むしろ、
判定不能な状態を保存できるのは、
非常に優秀である。
本日の品質評価:
証言一致。
事件成立。
記録保存。
補充成功。
なお、
エミリア・クラウス本人は、
現在も自分が最初の証人であることを知らない。
知る必要もない。
彼女は今日も、
事件を記録している。
事件が起きるたびに、
その事件の証人を補充する。
そして、
いつかまた、
自分自身が証人として補充される。
その時、
彼女は必ず言う。
「見ました」
それが、
この世界における、
最も確実な証拠である。
I'm lovin' it.»




