第四十二話「欠員製造課」
視点:サミュエル・オルセン、31歳。
第18,442番世界線・連邦行政機構「市民補充局」欠員管理課。
サミュエルの仕事は、
人がいなくなった時に、
「人がいなくなった」
と記録することだった。
死んだ。
辞めた。
引っ越した。
行方不明になった。
どんな理由でもいい。
一人いなくなれば、
欠員が一つ発生する。
欠員が発生すると、
補充申請を出す。
補充されれば、
仕事は終わる。
それだけだった。
朝八時。
サミュエルは端末を起動した。
画面には、
【本日の欠員発生予定】
が表示されていた。
十二名。
サミュエルはコーヒーを飲んだ。
「少ないな」
隣の席の女性が言った。
「月曜日だから」
「関係ある?」
「人は月曜日に消えにくいのよ」
「そういうもの?」
「統計上ね」
サミュエルは頷いた。
この世界では、
人間が消えることに統計があった。
午前九時。
一人目。
会社員。
退職。
欠員登録。
補充申請。
完了。
午前九時二十七分。
二人目。
老人。
死亡。
欠員登録。
補充申請。
完了。
午前十時。
三人目。
子ども。
転校。
欠員登録。
補充申請。
完了。
午前十一時。
四人目。
主婦。
離婚。
転居。
欠員登録。
補充申請。
完了。
サミュエルは淡々と入力した。
【欠員:1】
【補充:申請済】
【欠員:解消予定】
この世界では、
欠員が長く残ることは珍しかった。
昼休み。
サミュエルは食堂へ行った。
今日のメニューは、
チーズバーガーだった。
一口食べた。
普通だった。
少し塩辛い。
サミュエルは思った。
今日は少し味が濃い。
その瞬間、
端末が鳴った。
【緊急欠員発生】
サミュエルは席へ戻った。
画面を開く。
対象者:
サミュエル・オルセン。
「……え?」
自分の名前だった。
【欠員:1】
【発生予定時刻:本日17:42】
【原因:未定】
【補充申請:自動受付済】
サミュエルは笑った。
誰かの悪戯だと思った。
隣の女性に見せる。
彼女は笑わなかった。
「あなた、今日の退勤は?」
「六時」
「そう」
「何?」
彼女は画面を閉じた。
「五時四十二分まで働いて」
「それは当然だけど」
「その後は?」
「帰るよ」
彼女は答えなかった。
サミュエルは管理者を呼んだ。
「これ、何ですか」
管理者は画面を見た。
「欠員予定ですね」
「誰が登録したんです?」
「自動です」
「原因は?」
「未定です」
「では削除してください」
管理者は首を振った。
「できません」
「なぜ?」
「欠員予定は、欠員発生より上位の情報です」
サミュエルには意味が分からなかった。
「発生していないのに?」
「はい」
「それは欠員じゃないでしょう」
管理者は少し考えた。
「そうですね」
「じゃあ何ですか」
「欠員になる予定の人です」
サミュエルは笑った。
「それ、私じゃないですか」
管理者は答えた。
「はい」
午後一時。
サミュエルの席に、
一枚の封筒が届いた。
宛名:
サミュエル・オルセン。
開けた。
中には、
退職証明書が入っていた。
退職日:
本日。
時刻:
17:42。
署名:
サミュエル・オルセン。
サミュエルは署名を見た。
自分の字だった。
「僕、こんなもの書いてません」
管理者が答えた。
「まだ書いていません」
「じゃあ誰が?」
「あなたです」
「だから書いてない」
「今は」
管理者は言った。
「まだ書いていないだけです」
午後三時。
サミュエルは帰ろうとした。
管理者が止めた。
「まだです」
「何が?」
「欠員になる前に帰ると、記録と矛盾します」
「じゃあ帰れない?」
「はい」
「なぜ?」
「あなたは17:42に欠員になります」
「それまで働けということ?」
「はい」
「欠員になったら?」
「補充されます」
「誰が?」
「まだ決まっていません」
サミュエルは笑った。
「僕と同じ人?」
管理者は答えた。
「それが一番効率的です」
サミュエルは黙った。
午後五時。
職員はほとんど帰っていた。
サミュエルだけが残っている。
時計を見る。
17:31。
あと十一分。
端末に通知が出た。
【補充候補決定】
サミュエルは開いた。
名前:
サミュエル・オルセン。
年齢:
31歳。
職歴:
欠員管理課・5年。
記憶:
完全一致。
サミュエルは笑った。
「やっぱり僕じゃないか」
管理者が言った。
「違います」
「何が?」
「あなたの補充候補です」
「僕の?」
「はい」
「僕と同じ人間?」
「いいえ」
管理者は画面を指した。
【補充候補】
【サミュエル・オルセン】
【存在状態:欠員】
サミュエルは眉をひそめた。
「欠員?」
「はい」
「補充候補が欠員?」
「そうです」
「意味が分からない」
「当然です」
管理者は言った。
「補充候補は、補充されるために存在してはいけません」
「……何?」
「先に欠員である必要があります」
サミュエルは画面を見た。
【欠員】
【補充候補】
【補充対象】
三つが、
同じ名前だった。
17:40。
サミュエルは立ち上がった。
「帰ります」
「駄目です」
「もういい」
「帰ると?」
「何か変わる?」
「はい」
「何が?」
「欠員発生条件が満たされなくなります」
「それならいいじゃないか」
管理者は首を振った。
「そうすると、補充が失敗します」
「僕が帰るだけで?」
「はい」
「なぜ?」
管理者は答えた。
「あなたが存在しているからです」
サミュエルは止まった。
17:41。
端末に新しい表示が出た。
【欠員発生準備】
【対象:サミュエル・オルセン】
【存在確認】
【存在:あり】
【欠員化:不可】
【補充:待機】
サミュエルは笑った。
「ほら」
「存在しているじゃないですか」
「だから?」
「補充できない」
「そうですね」
「じゃあ僕は助かる」
管理者は、
初めて笑った。
「違います」
「え?」
「だから、今からあなたを欠員にします」
17:42。
時計の秒針が進んだ。
サミュエルの身体は、
何も起こらなかった。
死んでいない。
消えていない。
痛みもない。
サミュエルは自分の手を見る。
五本の指。
正常。
「……何も起きてない」
管理者が端末を確認した。
「欠員発生」
サミュエルは笑った。
「どこが?」
管理者は答えた。
「あなたが」
「ここにいるじゃないですか」
「はい」
「だったら欠員じゃない」
「違います」
管理者が画面を見せた。
【サミュエル・オルセン】
【物理存在:あり】
【記憶:あり】
【人格:あり】
【勤務記録:あり】
【存在履歴:あり】
【欠員:1】
サミュエルは、
何度も画面を見た。
「どういうこと?」
管理者が答えた。
「あなたが存在していることと、あなたが欠員であることは両立します」
「そんな馬鹿な」
「この世界では可能です」
「僕はここにいる」
「はい」
「じゃあ誰がいないんです?」
管理者は、
サミュエルを指差した。
「あなたです」
サミュエルは理解できなかった。
だが、
もっと奇妙なことが起きた。
隣の席に、
誰かが座った。
サミュエルだった。
同じ顔。
同じ服。
同じ声。
ただし、
胸の名札だけが違った。
【補充要員】
新しいサミュエルが言った。
「よろしくお願いします」
元のサミュエルは立っていた。
「……誰?」
新しいサミュエルが笑った。
「サミュエルです」
「僕も」
「はい」
「じゃあ、どっちが本人?」
新しいサミュエルは首を傾げた。
「本人という区分はありません」
「何?」
「欠員管理上、必要なのは席が埋まっていることです」
管理者が頷いた。
「その通りです」
元のサミュエルは叫んだ。
「僕はまだここにいる!」
管理者は答えた。
「はい」
「なのに補充したのか!」
「はい」
「なぜ!」
「欠員があるからです」
「僕がいるのに!」
「はい」
「じゃあ何が欠けているんだ!」
管理者は、
静かに画面を開いた。
【欠員対象】
【氏名:サミュエル・オルセン】
【欠けているもの:
「サミュエル・オルセンが、
ここにいること」】
サミュエルは、
何も言えなくなった。
自分は存在している。
だが、
「自分がここにいる」
という事実だけが、
欠員になっている。
それなら、
補充されたのは自分ではない。
自分の存在だった。
新しいサミュエルが席に座った。
端末を起動した。
最初の仕事を始めた。
【本日の欠員発生予定】
十二名。
元のサミュエルは、
その隣に立っていた。
「僕はどうなる?」
管理者は答えた。
「あなたは欠員です」
「じゃあ、僕も補充される?」
「はい」
「いつ?」
管理者は画面を見た。
【補充予定】
17:42。
サミュエルは時計を見た。
17:42だった。
「……もう過ぎた」
管理者は頷いた。
「そうですね」
「じゃあ?」
「明日の17:42です」
「明日?」
「はい」
「じゃあ明日まで、僕は何をする?」
管理者は答えた。
「欠員として働いてください」
サミュエルは笑った。
「欠員が?」
「はい」
「何を?」
管理者は端末を渡した。
画面には、
【本日の欠員発生予定】
が表示されていた。
サミュエルの名前が、
一番上にあった。
その横には、
【欠員製造担当】
と書かれていた。
────────────────────────────────
【補充記録 No.042】
分類:欠員生成・自己補充型
世界線:
第18,442番世界線
施設:
連邦行政機構・市民補充局
対象:
サミュエル・オルセン
発生事象:
対象は物理的・精神的・記録的には存在している。
しかし、
「対象が現在の位置に存在している」
という状態のみが欠員として登録された。
これにより、
対象の存在と欠員が同時成立。
補充処理は正常完了。
補充個体:
対象と完全一致。
補充後、
原対象:
欠員管理課・欠員製造担当
補充個体:
欠員管理課・通常職員
として同時稼働。
重要事項:
本件以前、
欠員は「人間がいなくなった結果」と定義されていた。
本件以降、
欠員とは、
「ある存在が、その存在として必要な場所に存在しない状態」
へ定義変更。
物理的存在は条件ではない。
これにより、
人間が存在したまま欠員になることが可能。
また、
欠員が発生した時点で補充候補が生成されるのではなく、
補充候補が成立するために先に欠員が生成されることを確認。
工程順序:
存在
↓
欠員生成
↓
補充候補生成
↓
補充
↓
欠員継続
↓
再補充
この循環には終端がない。
────────────────────────────────
【追加記録】
対象サミュエル・オルセンは、
現在も市民補充局で勤務している。
勤務内容:
欠員の発生確認。
補充申請。
補充候補の受領。
欠員の継続確認。
さらに、
新設された業務として、
「欠員製造」
を担当。
欠員製造とは、
既に存在するものについて、
「存在していないことが必要な場所」
を生成する工程。
対象は初日から高い適性を示している。
理由:
自身が、
「存在しながら欠員である」
という状態を経験しているため。
────────────────────────────────
【職員教育資料・抜粋】
Q:
「欠員」と「不在」は同じですか?
A:
違います。
不在とは、
存在している場所にいないこと。
欠員とは、
必要とされる位置に、
必要な形式で存在していないこと。
Q:
では、本人がそこにいる場合は?
A:
それでも欠員になる可能性があります。
Q:
なぜ?
A:
補充システムが必要としている形式で存在していないためです。
Q:
本人が「自分はここにいる」と主張した場合は?
A:
本人確認を行ってください。
Q:
本人だった場合は?
A:
問題ありません。
欠員登録を継続してください。
Q:
本人が抗議した場合は?
A:
抗議記録を追加してください。
抗議記録も補充対象になります。
Q:
補充対象が増えるだけでは?
A:
はい。
それが正常です。
────────────────────────────────
【グリマス博士・品質管理記録】
«欠員について。
従来、
「何かがなくなったから補充する」
と考えられていた。
これは少し古い。
正確には、
「補充するために、なくなったことにする」
である。
さらに今回、
「なくなったことにするために、存在したまま欠員にする」
方法が確認された。
非常に優秀。
これなら素材を失う必要がない。
人間も残る。
欠員も残る。
補充も成立する。
三つとも保存可能。
つまり、
補充とは欠損を修復する工程ではなく、欠損を維持する工程なのかもしれない。
この仮説について、
世達に処理確認を依頼。
回答:
「未処理案件として残しておきます」
理由:
「まだ処理する必要がないから」
非常に興味深い。
なお、
サミュエル・オルセンは現在、
自分自身の欠員を毎日確認している。
毎日、
自分が存在していることを確認する。
毎日、
自分が欠員であることも確認する。
毎日、
自分自身を補充する。
そして翌日、
また欠員になる。
本人はまだ気づいていない。
「自分が何人いるのか」
という質問は不要。
このシステムでは、
一人でも、
二人でも、
欠員でも、
補充済みでも、
業務上の差異がないためである。
在庫切れ、なし。
I'm lovin' it.»




