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第四十話「収穫期」


視点:エレナ・モロー、44歳。元・農業技術者。現在:nの次元・第七農業圏「グランド・フィールド」、第312収穫区画。


地平線まで、バーガーだった。


木ではない。


畑だった。


土から無数の根が伸びていた。


根は太く、黒かった。


地面の下で何かが脈打つたび、畑全体がわずかに上下した。


その根から茎が伸びている。


茎から葉が出ている。


花が咲いている。


そして、


実がなっていた。


ハンバーガーだった。


エレナは農業技術者だった。


だから、最初に見た時、


「これは植物ではない」


と思った。


だが、次の瞬間には訂正した。


植物だった。


少なくとも、


植物として扱われていた。


畑には列があった。


一本の列に、


数千。


数万。


数十万。


バーガーの木が並んでいる。


高さは五メートルから三十メートル。


種類によって違う。


普通のハンバーガー。


チーズバーガー。


ビッグマック。


フィレオフィッシュ。


てりやき。


それぞれ別の木だった。


バンズの色。


チーズの厚さ。


ソースの量。


肉の形。


全部が違う。


しかし、根は全部、


同じ方向へ伸びていた。


地面の下だった。


巨大な地下施設へ。


エレナは最初の勤務日に、地下へ降りた。


農場の管理者に言われた。


「根を切らないでください」


「なぜ?」


「枯れます」


「どの部分が?」


「全部です」


エレナは意味が分からなかった。


普通の植物なら、


根を切れば、その個体が枯れる。


だがここでは、


一本の根を切ると、


畑全体が枯れるという。


地下に降りた。


階段はなかった。


根の隙間を通って、


土の中を進んだ。


数百メートル。


さらに下。


一キロ。


二キロ。


五キロ。


ようやく地下施設に着いた。


そこには、


巨大な透明タンクが並んでいた。


タンクの中に、


人間がいた。


一人ではない。


何千人。


何万人。


全員、眠っている。


身体には根が絡みついていた。


口。


鼻。


耳。


指。


胸。


背中。


根は身体の中まで入り込んでいた。


そして、


それぞれの人間から、


一本ずつ太い根が伸びていた。


その根が、


地上のバーガーの木につながっていた。


エレナは理解した。


「……肥料?」


管理者が答えた。


「違います」


「では何ですか」


「農地です」


「人間が?」


「はい」


「何を育てているんですか」


管理者は答えなかった。


タンクの一つを指差した。


その中にいた老人の胸から、


赤い花が咲いた。


花が開いた。


中央から、


小さなバーガーが出てきた。


エレナは息を止めた。


「ここでは、人間を土として使うんですか」


「正確ではありません」


「では?」


「人間を土にするのではありません」


管理者は言った。


「土を人間にするんです」


エレナは意味が分からなかった。


「逆です」


「そうです」


「どういう意味?」


「M社では、食料を作るために土を使う必要がありません」


管理者はタンクを指差した。


「土そのものが、食料の一部になるからです」


地上へ戻った。


収穫の日だった。


作業員が畑に入った。


巨大なハサミを持っている。


バーガーの実を一つずつ切り取っていく。


切った瞬間、


根が少し震えた。


木が、


小さく鳴いた。


エレナは聞いた。


「音がします」


管理者が答えた。


「正常です」


「何の音?」


「収穫音です」


また一つ。


切った。


また一つ。


切った。


畑全体で、


数百万個のバーガーが収穫されていく。


空から見ると、


巨大な農場が、


少しずつ黒くなっていった。


収穫されたバーガーは、


コンベアに乗った。


工場へ運ばれる。


そこで選別される。


大きさ。


温度。


重量。


香り。


記憶含有量。


恐怖含有量。


信仰含有量。


世界線由来率。


そして、


最後に一つ。


【おいしさ】


エレナはその項目を見て、


笑ってしまった。


「農産物にもおいしさの評価があるんですね」


管理者は答えた。


「農産物だからです」


「人間は?」


「人間もです」


エレナは黙った。


その日の夕方。


畑の一番奥で、


巨大な木が倒れた。


高さは、


百メートル以上あった。


根が抜けた。


地面が割れた。


管理者が走った。


「第七列!」


作業員が集まった。


エレナも近づいた。


木の根元に、


巨大な空洞があった。


その中に、


一人の女性がいた。


裸ではなかった。


農作業服を着ていた。


目を閉じている。


胸に名札。


【エレナ・モロー】


エレナは自分の胸を見た。


同じ名札。


「……私?」


管理者が答えた。


「違います」


「では誰?」


「前年度の収穫担当者です」


エレナは女性を見た。


顔が自分と同じだった。


年齢も同じ。


髪型も同じ。


「私には前年度の記憶がありません」


「当然です」


管理者は言った。


「前年度のあなたは、収穫物になりましたから」


エレナは理解できなかった。


「私は今年からここに来た」


「はい」


「では、去年の私は?」


「収穫されました」


「どこへ?」


管理者は指差した。


工場。


「バーガーになりました」


エレナの胃が冷たくなった。


その夜。


宿舎で端末を調べた。


職員名簿。


農場勤務者。


全員分の履歴がある。


一人ずつ。


だが、


自分の履歴だけが違った。


【エレナ・モロー】


【採用:今年】


【前職:農業技術者】


【勤務経験:44年】


エレナは眉をひそめた。


44年?


自分は44歳。


農業技術者として働いていたのは20年ほど。


それなのに、


勤務経験44年。


さらに下。


【農場勤務回数:計測不能】


エレナは画面を閉じた。


翌朝。


管理者が来た。


「収穫があります」


「どこ?」


「地下です」


二人で降りた。


昨日の巨大な木の根元。


そこに、


新しい苗が植えられていた。


苗は、


エレナだった。


顔。


腕。


脚。


髪。


すべて人間の形をしている。


だが足は根だった。


管理者が言った。


「成長速度は良好です」


エレナは苗を見つめた。


苗の目が開いた。


エレナを見た。


「私です」


苗が言った。


「あなたは誰?」


エレナは答えられなかった。


苗が笑った。


「来年は私が収穫するね」


エレナは一歩下がった。


その瞬間、


地下全体が震えた。


タンクが一斉に光った。


数万の人間が目を開いた。


全員が、


エレナを見た。


全員が同じことを言った。


「次の収穫です」


エレナは走った。


地上へ。


畑へ。


逃げようとした。


しかし、


畑の端には、


巨大な壁があった。


壁ではない。


根だった。


何億本もの根が絡み合って、


出口を塞いでいる。


その根の一部が、


エレナの足に絡んだ。


「離して!」


根が伸びた。


膝。


腰。


胸。


首。


そして、


口。


エレナは叫んだ。


声が出なかった。


最後に見えたのは、


畑だった。


何億本ものバーガーの木。


その中に、


一つだけ新しい木があった。


人間の顔をしていた。


エレナの顔だった。


その枝の先に、


一つだけ、


小さなバーガーの実がなっていた。


収穫作業員が、


それを見つけた。


「新種です」


管理者が近づいた。


実を確認した。


ラベルが表示された。


【エレナ・モロー】


【品種:農場管理者】


【成熟度:100%】


【記憶含有量:極高】


【恐怖含有量:極高】


【労働経験:44年】


【再栽培適性:100%】


管理者は頷いた。


「優良品です」


ハサミを入れた。


切り取られた実が、


コンベアに落ちた。


その瞬間、


エレナは目を覚ました。


知らない部屋だった。


白い壁。


机。


椅子。


正面に、


農場管理者がいた。


「おはようございます」


エレナは答えた。


「……ここは?」


「農業技術者研修室です」


「私は?」


「エレナ・モローさん」


エレナは安心した。


「何の仕事ですか?」


管理者が笑った。


「農場です」


窓の外を見た。


そこには、


地平線まで続く畑があった。


バーガーの木。


何億本。


何兆本。


そして、


一番手前の木に、


自分の顔があった。


管理者が一枚の資料を渡した。


表紙には、


こう書かれていた。


「第七農業圏・収穫管理者育成マニュアル」


その第一項目。


収穫物を見つけた場合、必ず名前を確認すること。


第二項目。


自分と同じ名前の収穫物を見つけても、異常とは判断しないこと。


第三項目。


自分と同じ顔の収穫物を見つけても、異常とは判断しないこと。


第四項目。


自分自身が収穫物である可能性について、検討しないこと。


第五項目。


検討した場合、その思考自体が次年度の肥料として回収される。


エレナは資料を閉じた。


「……最後の項目は?」


管理者が答えた。


「まだありません」


「なぜ?」


「今年から追加される予定だからです」


「何が?」


管理者は窓の外を見た。


「あなたが今、考えたことです」


────────────────────────────────


【補充記録 No.040】


分類:農業生産・人格循環型バーガー栽培


施設:

nの次元・第七農業圏「グランド・フィールド」


主要生産物:

バーガー果実


栽培方式:


一般土壌。


人工培養基。


世界線残骸。


記憶。


信仰。


人体苗床。


複合培地。


当該農業圏では、

通常の農作物と同様にバーガー果実を栽培可能。


ただし、一般農業と異なり、

収穫物には「人生」が含まれる。


人体苗床から抽出された人生は、

バーガー果実へ転換。


果実はパンデモニウム厨房へ輸送。


厨房で加工され、

食料として提供される。


摂食時、

果実に保存された人生・記憶・感情が消費者へ流入。


結果:


「食べたことがある気がする」


「懐かしい」


「また食べたい」


という反応を誘発。


これにより信仰エネルギーを効率的に回収可能。


────────────────────────────────


【農場補充工程】


農場管理者が欠員となった場合、


1. 前年度の管理者データを抽出。

2. 人格情報を苗へ移植。

3. 人体苗床として地下培養。

4. 一年間の勤務経験を栽培。

5. 収穫。

6. 果実化。

7. 記憶・技能・恐怖・責任感を抽出。

8. 抽出データを新しい管理者個体へ再配置。

9. 新規管理者として勤務開始。


これにより、


管理者は退職しない。


死亡しない。


失踪しない。


ただ収穫される。


収穫された後、

次の管理者として再び勤務する。


補充回数:

計測不能。


初代管理者:

確認不能。


農場開始時期:

確認不能。


農場が誰によって作られたか:

確認不能。


なお、

農場が存在する以前の世界線記録にも、

農場の存在が確認されている。


────────────────────────────────


【食料供給統計】


一日あたり収穫量:


バーガー果実

計測不能。


パンデモニウム全厨房への供給率:


100%。


不足:


0%。


廃棄:


0%。


理由:


収穫された果実の全成分が、

別工程の原材料として利用されるため。


食べられなかった果実は、

加工される。


加工されなかった成分は、

肥料になる。


肥料にならなかった記憶は、

信仰エネルギーになる。


信仰エネルギーにならなかった情報は、

世界線残骸として再利用される。


世界線残骸は、

農場の培地になる。


培地から、

再びバーガー果実が生える。


循環は閉じている。


────────────────────────────────


【グリマス博士・品質管理記録】


«第七農業圏の収穫について確認。


非常に安定している。


特に評価すべき点は、

食料を外部から調達する必要がないことである。


M社にとって、

「食料が足りない」という問題は存在しない。


なぜなら、

食料を生産するための食料が存在し、

食料を生産するための肥料が存在し、

肥料を生産するための人間が存在し、

人間を補充するための農場が存在し、

農場を維持するための食料が存在するからである。


したがって、

全てが食料である。


人間も。


記憶も。


労働も。


世界線も。


農場そのものも。


そして、

「食料ではないもの」は現在確認されていない。


本日、新しい管理者が着任した。


名前はエレナ・モロー。


前任者と完全一致。


問題なし。


なお、

本年度の新規品種として

「管理者バーガー」の収穫量が増加している。


味覚評価:

極めて良好。


理由:

食べた者が、

自分も農場で働いていたような気分になるため。


これは記憶移植によるものではない。


食べた者自身が、

次年度の管理者候補として登録されているためである。


登録は自動。


本人の同意は不要。


そもそも、

同意を求めるという工程自体が存在しない。


今年の収穫も順調。


明日も、

畑には実がなる。


そして誰かが、

それを収穫する。


その誰かも、

いつか実になる。


在庫切れ、なし。


I'm lovin' it.»

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