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第四話 「品質検査員の一日」


> 視点座標:第441,209,003番世界線 惑星ヴェルタ 首都カルヴィウス 中央政府庁舎 

> 話者:外交担当局三席・女性 享年:記録なし 

> 記録取得方法:意識残存体からの自動抽出 抽出日:当該惑星消滅の七十二時間前

>

> ※本記録の収集元である第441,209,003番世界線は、当該惑星の消滅から三百年後、世界線ごと回収済み。

> ※回収実施者:パンデモニウム 第九回収班

> ※当該世界線内のM社支部(検査員の所属組織)も同時回収。抵抗記録:なし。




今日、私の惑星に「検査員」が来た。


午前十時に、庁舎の正面玄関から入ってきた。事前に連絡があったわけではなかった。守衛が「アポイントはありますか」と聞いたら「あります」と言ったので、守衛は通した。後でアポイントの記録を確認しようとしたが、記録システムが「確認中」のまま止まって、最終的に確認できなかった。


私は外交担当局の三席で、本来こういう場合の窓口ではない。でもその日たまたま上位の二席が不在で、検査員を応接する人間が私になった。


検査員は三人組だった。


全員が黒い制服を着ていた。胸のバッジは金色のMの字。年齢は判断できなかった。顔の造形は私たちの種族に近かったが、目の焦点が人の目が合う場所より少し奥にあった。


代表らしい一人が名乗った。名前は聞き取れなかった。後で記録に書こうとしたら、手が止まって書けなかった。


「どのような目的で来られましたか」と私は聞いた。


「品質検査です」と代表が言った。


「何の品質ですか」


「この惑星の品質です」




応接室に通した。


茶を出した。代表は茶を飲まなかった。飲まない理由を聞かなかった。他の二人も飲まなかった。全員、机の向こうで静かに座っていた。


代表が鞄から書類を出した。A4サイズの用紙で、縦の長い表が印刷されていた。表の項目を読もうとしたら、文字が読めなかった。知らない文字ではなかった。私が使っている言語と同じ文字のはずだったが、目が滑って意味が取れなかった。


「これは何の書類ですか」と聞いた。


「評価表です」と代表が言った。「今日の検査の結果を記録します」


「何を評価するんですか」


「感情の純度、歴史の密度、文明の熟成度です」と代表が言った。淡々としていた。「特に重要なのは絶望の品質です。高純度の絶望は素材として価値があります」


私は少し考えた。


「それはどういう意味ですか」と聞いた。


「そのままの意味です」と代表が言った。




検査は午後から始まった。


三人は庁舎の中を自由に動き回った。止める権限が私にあるかどうか分からなかったし、止めようとして止めた時に何が起きるかも分からなかったので、私は後ろをついて歩いた。


一人が議会の傍聴席に入った。ちょうど予算委員会が開かれていた。委員たちが激しく議論していた。検査員は傍聴席に座って、小型の機器を取り出してテーブルに置いた。機器は静かに動き続けていた。五分後に数値を読んで「中程度」とだけ言って立ち上がった。


もう一人が医療区画に向かった。病院の廊下を歩きながら、端末に何かを入力していた。集中治療室の前で少し立ち止まって、ドア越しに数値を測定して「良質」と言った。


代表は一人で地下の記録庫に行った。私が追いかけたが、地下に降りる途中で代表の姿が見えなくなった。三十分後に地上に戻ってきた代表は「歴史の密度は想定通り」と言った。




夕方、応接室に戻った。


代表が評価表を広げた。今度は何かが書き込まれていた。書き込まれた文字も読めなかった。


「結果を教えてもらえますか」と私は聞いた。


「もちろんです」と代表は言った。「総合評価は最高品質です」


「それはどういう意味ですか」


「素材として最上位の分類に入ります」と代表は言った。「特に絶望の品質が際立っています。文明の熟成度が高く、かつ感情の純度が高い。この組み合わせは珍しい」


「素材」という言葉が引っかかった。


「素材というのは、何の素材ですか」と私は聞いた。


「パティの素材です」


「パティとは何ですか」


「バーガーの中心部分の肉の層です」と代表は言った。「御存知ありませんか」


私は首を横に振った。


「では説明します」と代表は言った。声のトーンが変わらなかった。「この惑星は近日中にバーガーになります。圧縮されて、パティになります。パティの厚さは惑星の歴史の密度によって決まります。あなたの惑星のパティは、標準の三・七倍の厚さになる予測です」


応接室が静かになった。


私以外の声が聞こえなくなった。


「近日中というのは」と私は言った。声が出た。なぜ声が出たか分からなかった。


「七十二時間以内です」と代表は言った。「精密な時刻は測定不能ですが、おおむねその範囲です」


「止める方法は」


「ありません」


「交渉は」


「できません」


「どこに訴えれば」


「訴え先はありません」と代表は言った。「これはシステムの運行です。個別の判断によるものではないので、判断者への訴えは機能しません」


私はしばらく何も言えなかった。


「あなたたちは何者ですか」と最終的に言った。


「品質検査員です」と代表は言った。「今日の業務はこれで終わりです」


三人は立ち上がって、応接室を出た。


廊下に出た瞬間に、姿が見えなくなった。




私は上位二席に連絡した。


状況を説明した。七十二時間以内に惑星がパティになるという話を、できるだけ正確に伝えた。


上位二席は最初、私の話を信じなかった。


私も、自分の話を信じていなかった。


でも信じるかどうかと、伝えるかどうかは別の話だと思った。




翌日、惑星の各地で異常が報告され始めた。


空の色が少し変わった。赤みが増した。


鳥の群れが西から東へ、全部同じ方向に移動した。


いくつかの場所で、地面が微細に振動した。計器で計測できる範囲の振動で、体では感じないくらいの小さいものだったが、全地点で同時に起きた。


気象局から連絡が来た。「原因不明の大気変動が観測されています」という報告だった。




七十二時間後の午前九時十七分、私は庁舎の窓から外を見ていた。


空が、縁から変わり始めた。


縁が溶けていく感じだった。溶ける、という言い方が正確かどうか分からない。境界が消えていく感じだった。空と宇宙の境界が消えて、その向こうから何かが来ていた。


来ていた何かは、巨大な手のような形をしていた。


手の形をした何かが、惑星の縁をつかんだ。


その感触が、地面の振動として伝わってきた。




私はその時、一つのことを思った。


検査員が「最高品質」と言った時の声のトーンを思い出した。


感情の温度がなかった。


褒めているのか、告げているのか、分からないトーンだった。


最高品質という言葉が、私の惑星への評価として使われていた。


最高品質であることが、より早く来ることを意味していた。


品質が低ければ、もう少し時間があったかもしれない。




庁舎のガラスが、音なく割れ始めた。


割れた破片が、床に落ちなかった。


落ちる前に、消えた。


私の手が、少し透けて見えた。


その時初めて、私は検査員が言っていた意味を全部理解した。


感情の純度が高い、と言っていた。


理解した瞬間の感情の純度は、きっと今まで一番高かったと思う。





────────────────────────────────

補充記録 No.004

分類:世界線内素材(惑星単位・パティ型)

供給先:第441,209,003番世界線内 加工プラント第七番

処理完了時刻:測定不能


備考:当該惑星、品質評価:最高位(S+)。

   絶望純度:九十八・四%。歴史密度:標準比三・七倍。

   感情熟成度:文明発展段階の九十一%時点での回収。

   最終七十二時間の絶望上昇率が予測値を十二%上回った。

   理由:検査員との接触により「理解」が発生した。

   「理解した瞬間の絶望」は通常絶望の四・二倍の純度を持つ。

   今後の補充方針:事前通告を標準化することを推奨。

   通告しない場合と比較し、最終品質が平均十五%向上する。

   話者(外交官)の意識残存体を確認。

   残存意識は「理解した瞬間の絶望」を反復生成中。

   エネルギー効率が高いため廃棄せず加工プラント付属蒸留設備に転送済み。


【追記:三百年後 パンデモニウム 第九回収班より】

   第441,209,003番世界線の回収を完了。

   当該世界線内のM社支部(本記録の検査員所属組織)も含む、

   世界線内全組織・全存在・全記録を一括圧縮処理。

   検査員三名の意識残存体を確認。

   残存意識の内容:「なぜ私どもが」という問いの反復。

   回答の必要なし。処理済み。

   世界線パティとしての品質評価:標準。

   当該世界線内M社支部が三百年かけて収集・加工した

   惑星単位パティ約四千個は、世界線パティの副素材として統合。

   在庫切れ、なし。

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