第三十六話「欠員確認」
視点:エドガー・ヴァイス、56歳。元・物流会社管理部長。現在:nの次元・NCity資材管理局、第六倉庫、勤務開始から十一年と推定。
朝、欠員が一つあった。
エドガーは端末を確認した。
第六倉庫。
担当者数:十二名。
出勤者数:十一名。
欠員:一名。
それだけだった。
人が一人いない。
珍しいことではなかった。
nの次元では、人間が一人いなくなることは珍しくない。
昨日までいた人間がいなくなる。
名前だけ残る。
名前も残らない。
番号だけ残る。
番号も別の個体に使われる。
それでも業務は続く。
エドガーは管理部長だった頃から、欠員処理には慣れていた。
だから端末に表示された、
【欠員:1】
という数字を見ても、何も感じなかった。
補充申請を出そうとした。
申請画面を開いた。
【補充理由】
選択肢が並んでいた。
退職。
死亡。
失踪。
処理。
転属。
その他。
エドガーは「失踪」を選ぼうとして、止まった。
昨日までいた人間の名前が思い出せなかった。
十一人の顔は分かる。
全員の席も分かる。
作業内容も分かる。
だが、欠けた一人だけが思い出せない。
端末には名前が表示されていた。
【欠員番号:N-11872】
名前の欄は空白だった。
エドガーは少し考えた。
「番号だけで処理できるか」
端末が答えた。
【可能です】
申請理由を選択した。
【その他】
送信した。
数秒後、返信が来た。
【補充不要】
エドガーは画面を見た。
欠員は一名。
補充不要。
矛盾している。
だが、nの次元では矛盾は珍しくない。
パラドックス実験場では矛盾そのものが資源として使われている。
だからエドガーは、そのまま作業に戻った。
昼になった。
倉庫の搬入口が開いた。
トラックが入ってきた。
運転手はいなかった。
無人だった。
自動運転なのかと思った。
違った。
運転席に人間がいた。
だが、透明だった。
エドガーは近づいた。
「納品書を」
男は動かなかった。
エドガーが肩を叩いた。
手が、男の体を通り抜けた。
男は透明だった。
ただし、服だけは見えた。
胸の名札に、
【N-11872】
と書いてあった。
エドガーは端末を見た。
欠員番号と同じだった。
「あなたが昨日の欠員ですか」
男は答えなかった。
口は動いた。
音は出なかった。
エドガーは唇を読んだ。
「納品します」
男が言ったように見えた。
トラックの荷台が開いた。
中には何もなかった。
何もないのに、重量計は反応した。
重量:
三百二十七トン。
エドガーは確認した。
空だった。
「何を納品したんですか」
男がこちらを見た。
透明な顔だった。
目だけが見えた。
目の焦点は、五センチ奥にあった。
エドガーは一歩下がった。
その時、端末が鳴った。
【納品完了】
【受領物:欠員】
エドガーは画面を見た。
欠員。
物品として登録されていた。
【数量:1】
【状態:未使用】
【品質:良】
【保管温度:不要】
【補充期限:なし】
エドガーは端末を閉じた。
トラックを見る。
透明な男はもういなかった。
荷台にも何もない。
それでも、重量計は三百二十七トンを示している。
エドガーは倉庫担当者に言った。
「荷物を棚に入れてください」
担当者が答えた。
「どこへ?」
エドガーは端末を確認した。
棚番号が表示された。
【第六倉庫・第11872区画】
そんな棚はなかった。
確認しに行った。
壁だった。
壁に、小さな番号札だけが貼ってあった。
【11872】
エドガーは壁に手を当てた。
冷たかった。
壁の向こうから音がした。
何かが大量に積み重なる音。
金属。
書類。
人間の声。
遠くから、機械音。
そして、誰かの声。
「欠員を確認しました」
別の声が答えた。
「補充してください」
最初の声が言った。
「補充済みです」
「では、欠員は?」
少し沈黙があった。
「ありません」
エドガーは壁から手を離した。
午後三時。
もう一度端末を確認した。
第六倉庫。
担当者数:十二名。
出勤者数:十二名。
欠員:なし。
正常だった。
エドガーは少し安心した。
仕事に戻った。
十一人しかいない気がした。
数えた。
十二人いた。
もう一度数えた。
十二人。
全員の名前を確認した。
十二人分あった。
一人目。
二人目。
三人目。
四人目。
五人目。
六人目。
七人目。
八人目。
九人目。
十人目。
十一人目。
十二人目。
問題はなかった。
ただ、最後の一人の名前を読んだ時だけ、エドガーは少しだけ嫌な感じがした。
【エドガー・ヴァイス】
自分の名前だった。
退勤時刻になった。
エドガーは端末を閉じた。
帰ろうとした。
倉庫の入口で、警告音が鳴った。
【欠員確認】
エドガーは振り返った。
倉庫の中には、十二人いた。
自分もいる。
十二人。
問題ない。
警告音がもう一度鳴った。
【欠員確認】
今度は端末ではなかった。
倉庫の奥からだった。
エドガーは歩いた。
奥へ。
さらに奥へ。
第六倉庫のはずなのに、見覚えのない通路が続いていた。
壁には番号札が並んでいた。
N-11869。
N-11870。
N-11871。
N-11872。
N-11873。
N-11874。
全部、空室だった。
一つだけ、扉が開いていた。
N-11872。
中を覗いた。
部屋には机が一つ。
椅子が一つ。
机の上に、書類が一枚。
【欠員確認票】
エドガーは読んだ。
【対象:N-11872】
【欠員:1】
【補充:完了】
【現在状態:在庫】
【在庫数:1】
【欠員:1】
エドガーは書類を見つめた。
同じ欄に、
在庫:1
欠員:1
と書いてある。
意味が分からなかった。
でも、端末が勝手に入力を始めた。
【欠員確認者:エドガー・ヴァイス】
【確認結果:欠員あり】
エドガーは慌てて消そうとした。
消えなかった。
次の行が表示された。
【補充申請を開始します】
「待ってください」
画面が変わった。
【補充対象者氏名】
空欄。
エドガーは立ち尽くした。
空欄を見ていると、名前が浮かんだ。
自分の名前だった。
【エドガー・ヴァイス】
「違う」
文字を消そうとした。
消えなかった。
【補充元:第六倉庫】
【補充先:第六倉庫】
【補充理由:欠員】
【欠員:1】
【補充:1】
【処理完了】
エドガーの背後で、扉が開いた。
誰かが入ってきた。
振り返った。
自分だった。
同じ顔。
同じ服。
同じ目。
新しいエドガーが言った。
「ここはどこですか」
エドガーは答えられなかった。
新しいエドガーがもう一度聞いた。
「私は何をすればいいんですか」
エドガーは口を開いた。
なぜか知っていた。
「欠員を確認してください」
新しいエドガーが頷いた。
エドガーは部屋を出た。
廊下を歩いた。
第六倉庫へ戻った。
十二人いた。
自分を含めて十二人。
問題はなかった。
端末を確認した。
【担当者数:十二名】
【出勤者数:十二名】
【欠員:なし】
エドガーは安心した。
そして気づいた。
自分の席がなかった。
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補充記録 No.036
分類:欠員確認・循環型補充工程
施設:nの次元・NCity資材管理局 第六倉庫
対象番号:N-11872
初回欠員確認:済
補充:済
欠員:なし
補充後欠員:一件
補充後補充:済
補充後欠員:一件
補充後補充:済
以降、同一工程を継続。
本工程における「欠員」とは、
人員が不足している状態を意味しない。
補充を実施するために必要な状態を意味する。
したがって、担当者が全員揃っている場合でも、
欠員は存在し得る。
欠員が存在する場合、
補充が必要となる。
補充が完了すると、
補充された個体が欠員確認を担当する。
確認することで、
新たな欠員が発生する。
工程は停止しない。
なお、第六倉庫の人員数について、
現在まで不足は確認されていない。
確認担当者については、
全員が補充対象として登録済み。
現在の補充対象数:計測不能
現在の欠員数:計測不能
現在の在庫数:計測不能
現在の不足数:0
在庫切れ、なし。
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【グリマス博士・品質管理記録】
«第六倉庫の欠員循環について確認。
人員不足は発生していない。
しかし欠員は発生している。
両者は異なる。
「人が足りない」と「欠員がある」は同じ意味ではない。
前者は数量の問題。
後者は工程の問題。
第六倉庫では工程が正常に稼働している。
したがって問題はない。
なお、現在の確認担当者が
「自分の席がない」と報告している。
調査の結果、
席は存在している。
ただし、その席には別の個体が座っている。
個体番号はN-11872。
現在、同番号の個体は第六倉庫に一名登録されている。
登録上の本人確認も完了している。
問題はない。
席が一つ足りないという報告については、
欠員として処理する。
補充申請を開始した。
I'm lovin' it.»




