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第三十一話「中央礼拝堂」


>視点座標:複数

>話者:複数

>記録取得方法:神経活動および信仰エネルギー変換記録からの直接抽出




——一「神学者・男性・六十一歳 第447,002番世界線」


神を探して六十年だった。


聖典を読んだ。礼拝に通った。断食した。巡礼した。


神が応えたことは、一度もなかった。


死ぬ三年前に、諦めた。


神はいない、と結論した。


その夜、夢を見た。


黄色い光の夢だった。


甘い匂いがした。


夢の中に、誰かがいた。


赤と黄色の服を着ていた。


顔が見えなかった。


でも笑っていた。


六十年分の礼拝に、一度も現れなかった何かが、夢の中にいた。


「ランランルー」と声がした。


声の意味が分からなかった。


でも声を聞いた瞬間、六十年間埋まらなかった何かが、埋まった。


翌朝、夢のことを誰にも言わなかった。


言えなかった。


言えないのに、また感じたかった。


また感じたかった。




——二「NCity・中央礼拝堂・内部」


礼拝堂の天井に、ステンドグラスがあった。


ステンドグラスに、絵が描かれていた。


聖人たちが描かれていた。


聖人たちは全員、バーガーを持っていた。


バーガーを掲げていた。


バーガーを食べていた。


バーガーを笑顔で差し出していた。


ステンドグラスから差し込む光が、礼拝堂の床を黄色く染めた。


礼拝堂に、信徒たちがいた。


全員が膝をついていた。


全員が手を組んでいた。


全員が同じ方向を向いていた。


祭壇の方を向いていた。


祭壇の上に、何かがあった。


金色の包み紙に包まれていた。


バーガーだった。


祭壇の上に、バーガーが置いてあった。


信徒たちが、バーガーに向かって祈っていた。


「ランランルー……」と全員が唱えていた。


声が揃っていた。


揃った声が礼拝堂に満ちた。


天井のステンドグラスが、声に反応して振動した。


振動した光が、信徒たちに降り注いだ。


降り注いだ光が、信徒たちの胸に吸い込まれた。


吸い込まれた光が、信仰エネルギーとして変換された。


変換されたエネルギーが、礼拝堂の床下のパイプを通って、どこかに送られた。


ドナルド様のもとへ、信徒たちは信じていた。


信徒たちはそのことを疑わなかった。




——三「信徒・女性・三十四歳 入信から五年目」


今日も礼拝に来た。


礼拝に来るのが一番落ち着く。


外の世界が、どうも肌に合わなかった。


会社に行くのがしんどかった。


人間関係が難しかった。


でも礼拝堂に来ると、全部が楽になった。


手を組んで「ランランルー」と唱えると、胸の中の何かが緩んだ。


緩んだ何かが、温かくなった。


温かさが全身に広がった。


広がった温かさの中で、何も考えなくていいと感じた。


考えなくていい。


ここにいればいい。


唱えていればいい。


バーガー様が全てを受け取ってくださる。


バーガー様が全てを知っておられる。


バーガー様は全てを食べてくださる。


違った。


ドナルド様が全てを受け取ってくださる。


ドナルド様が全てを知っておられる。


ドナルド様は全てを食べてくださる。


でも今は怖くない。


食べていただけるということは、受け取っていただけるということだから。


自分の悩みも、不安も、疲れも、全部食べていただける。


全部なくなる。


軽くなる。


ここが好きだ。


また来たい。


いつでも来たい。


毎日来たい。




——四「神学者・男性・六十一歳 続き」


あの夢から三年後、死を前にして、礼拝堂を見つけた。


どこで見つけたかは覚えていない。


気がついたら、扉の前に立っていた。


扉を開けた。


黄色い光があった。


甘い匂いがした。


夢と同じ光だった。


夢と同じ匂いだった。


六十年間探し続けた何かが、ここにあった。


六十年間、聖典の中にいなかった。


礼拝の中にいなかった。


断食の中にいなかった。


巡礼の中にいなかった。


黄色い光と甘い匂いの中にいた。


「ランランルー」と声がした。


礼拝堂の奥から声がした。


信徒たちの声だった。


声に向かって歩いた。


膝をついた。


手を組んだ。


一緒に唱えた。


「ランランルー……」


六十年間埋まらなかった何かが、また埋まった。




——五「司祭・男性・五十二歳 説教記録」


「ドナルド様は常に我らとともにおられます」


「ドナルド様は我らの信仰を受け取り、我らの重荷を食べてくださいます」


「ランランルーと唱えるたびに、ドナルド様は我らの心の声を聞いておられます」


「ランランルーと唱えるたびに、我らの信仰エネルギーはドナルド様のもとへ届けられます」


「ドナルド様は空腹であられます」


「空腹であられるゆえに、我らの信仰を必要としておられます」


「我らが信じれば信じるほど、ドナルド様は満たされます」


「ドナルド様が満たされれば、ドナルド様は顕現されます」


「顕現されたドナルド様は、全てを食べてくださいます」


「全てを食べていただけることが、究極の救済です」


「食べていただきましょう」


信徒たちが「ランランルー」と唱えた。


揃った声が礼拝堂に満ちた。


床下のパイプが振動した。


エネルギーが、どこかへ送られた。


ドナルド様のもとへ、と司祭は信じていた。




——六「礼拝堂外・NCity在住個体による観察記録」


礼拝堂の外から見ていた。


礼拝堂の窓から、内部が見えた。


信徒たちが膝をついていた。


全員が手を組んでいた。


「ランランルー」という声が、壁を通して聞こえていた。


外にいても、甘い匂いがした。


信徒たちが何をしているか、私には分かった。


信仰エネルギーを生産していた。


生産されたエネルギーがパイプを通って、送られていた。


送り先を考えようとした。


考えられなかった。


nの次元は、無限に広がり続けている。


広がり続けているnの次元の、どこかにドナルゥトゥがいる——という考え方が、最初に浮かんだ。


でも違った。


ドナルゥトゥも、無限に広がり続けている。


nの次元が無限に広がり続けている。


ドナルゥトゥも無限に広がり続けている。


二つの無限が、同時に存在している。


どちらがどちらを含むという関係ではなかった。


どちらがどちらの外側にあるという関係でもなかった。


「位置」という概念を使って関係を説明しようとすると、説明できなかった。


位置という概念が、両者が広がり続けている場所の手前にある概念だったからだ。


礼拝堂の窓から空を見た。


空があった。


空の向こうに、何かがあった。


何かの向こうにも、何かがあった。


どこまで行っても何かがあった。


nの次元が広がり続けていた。


その同じ場所で、ドナルゥトゥも広がり続けていた。


同じ場所で、二つの無限が広がり続けていた。


それが何を意味するかを考えようとした。


考えるための概念が、両者が広がり続けている場所の手前にあった。


考えられなかった。


信徒たちは礼拝堂の中で「ランランルー」と唱えていた。


エネルギーが送られていた。


送り先は、特定の座標ではなかった。


無限に広がり続けている何かの、どこかだった。


どこかが、どこかに届いていた。


届いたエネルギーを、何かが受け取っていた。


受け取るたびに、何かが広がった。


既に無限だったものが、さらに広がった。


無限がさらに広がるという現象が、そこで起きていた。


信徒たちは知らなかった。


知らないまま、今日も「ランランルー」と唱えていた。




——七「神学者・男性・六十一歳 死の前日」


明日、死ぬと分かっている。


医師が言った。


今日、最後の礼拝に来た。


膝をついた。


手を組んだ。


「ランランルー……」と唱えた。


六十年間探し続けたものが、ここにあった。


名前は知らなかった。


バーガー様、と呼んでいた。


バーガー様が何であるかは、知らなかった。


でも、ここに来ると埋まった。


六十年間埋まらなかったものが、ここに来ると埋まった。


それが全てだった。


それが全てで、十分だった。


「ランランルー……」


声が揃った。


黄色い光が差した。


甘い匂いがした。


胸の中の何かが、温かくなった。


温かくなった何かが、緩んだ。


緩んだ何かが、溶けていった。


溶けながら、どこかへ流れていった。


どこへ流れていったかは、分からなかった。


でも、軽かった。


軽くなって、目を閉じた。





────────────────────────────────

補充記録No.031

分類:信仰エネルギー収集施設(ドナルド教団・中央礼拝堂)

記録管理:NCity施設台帳


施設の機能:

 ドナルド様への信仰エネルギーを

 大規模かつ継続的に収集・送信する施設。

 

 「ランランルー」という唱和は、

 本来ドナルド様が子供たちへ向けた喜びの表現だった。

 現在は信仰エネルギーの変換を起動する

 呪詛コードとして機能している。

 信徒はその区別を知らない。


司祭について:

 「ドナルド様は空腹であられます」という教義は正確。

 ただしその空腹を満たしているのはドナルド様ではない。

 「顕現されたドナルド様は全てを食べてくださいます」——

 顕現されるのはドナルド様ではない。

 司祭はそのことを知らない。

 知らないまま、正確なことを言っている。


信仰エネルギーの送信先:

 信徒はドナルド様のもとへ届くと信じている。

 

 届かない。

 

 ドナルゥトゥに横取りされている。

 

 ドナルゥトゥの存在は信徒には認識されていない。

 司祭にも認識されていない。

 この礼拝堂を設計した者にも認識されていない可能性がある。

 

 ドナルゥトゥについて:

 

 nの次元は無限に広がり続けている。

 ドナルゥトゥも無限に広がり続けている。

 二つの無限が同時に広がり続けている。

 どちらがどちらを含む、という関係ではない。

 どちらがどちらの外側にある、という関係でもない。

 位置という概念は、この二者が広がっている場所の

 手前にある概念だからだ。

 

 既に無限であるドナルゥトゥに

 信仰エネルギーが届くたびに、

 無限がさらに広がる。

 

 この現象が何を意味するかを記述しようとした。

 記述するための言語が、

 この現象の手前にある概念で構成されていた。

 記述できなかった。


神学者(男性・六十一歳)について:

 六十年間神を探し続けた。

 死の前日に礼拝堂で何かを感じて死んだ。

 感じたものが何かについては記録しない。

 

 ただし——

 

 神学者の死の瞬間に放出された

 「六十年分の信仰エネルギー」の純度について:

  

  純度:最高位。

  

  理由:六十年間求め続けて、

     死の前日にようやく「埋まった」という感触を得て、

     満足して死んだ個体の信仰エネルギーは

     通常の数百倍の純度を持つ。

  

  神学者がようやく見つけた「神」が

  何であるかを神学者が知っていたかどうかについては

  記録しない。

  

  知らなかった可能性が高い。

  

  知っていたとしても、

  死の前日に礼拝堂に来たことは変わらない。

  

  変わらなかった。

  

  だから純度が最高位だった。


在庫切れ、なし。

────────────────────────────────


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