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第三十話「第三胃袋広場・ライブ記録」


>視点座標:nの次元 NCity 第三胃袋広場

>話者:複数(来場者・別の世界線からの迷入者)

>記録取得方法:神経活動および残響からの直接抽出




——一「迷入者・男性・三十三歳 入場から三時間後」


広場に出た。


広場の地面が、柔らかかった。


踏むたびに沈んだ。


肉の感触がした。


見下ろした。地面が、胃壁の組織に似た色と質感をしていた。


踏むたびに微かに収縮した。


上を見た。


空がなかった。


NCityの建物が四方を囲んでいた。建物の上部が、どこまでも続いていた。


広場の中心に、ステージがあった。


ステージに、誰も立っていなかった。


でも音楽が流れていた。


どこから来るか分からない音楽が、広場に満ちていた。


パイプオルガンに似た音だった。


でも通常のオルガンではなかった。


音の中に、何かが混じっていた。


混じっているものが何かを特定しようとした。


特定できなかった。


でも、聞いているうちに、ここに来てよかった気がした。


ここに来てよかった、という感触が、どこから来たかが分からなかった。


一時間前まで、ここから逃げようとしていた。




——二「迷入者・同一人物 続き」


広場に人がいた。


いや、人ではなかった。


NCityの住人だった。


住人たちが広場に集まっていた。


数が分からなかった。数えようとしたが、数えている途中で住人の数が増えた。


全員が同じ方向を向いていた。


ステージを向いていた。


ステージに、誰かが現れた。


白と黒の法衣を着た女性だった。


マイクを持っていた。


口を開いた。


音が出た。


歌だった。


きれいな声だった。


声が広場に満ちた。


声が地面に染み込んだ。


声が肉の地面に染み込む様子が見えた。


地面が波打った。


胃壁の組織が、歌に反応して収縮した。


住人たちが動いた。


全員が一斉に、同じ動作をした。


体を揺らした。


揺れ方が全員同じだった。


一万体が、同じリズムで揺れていた。


私も揺れていた。


気づいたら揺れていた。


揺れるのをやめようとした。


やめられなかった。




——三「別の迷入者・女性・四十一歳 入場直後」


広場に出た瞬間、音楽が聞こえた。


耳から入ってきた。


耳から入ってきた音楽が、耳の奥を通り過ぎて、頭の中に入った。


頭の中に入った音楽が、広がった。


頭の中が、音楽で満ちた。


音楽以外の何かを考えようとした。


考えるための場所が、音楽で塞がっていた。


ステージを見た。


白と黒の法衣の女性が立っていた。


目が合った。


目が合った瞬間、音楽の音量が上がった。


音量が上がったのではなかった。


音楽が近くなった。


外から聞こえていた音楽が、自分の中から聞こえ始めた。


自分の胸の中から、音楽が流れ始めた。


心臓の音だった。


心臓が、音楽に合わせて打っていた。


音楽と心臓が同期していた。


音楽が変わった。


心臓の速度が変わった。


音楽が遅くなった。


心臓が遅くなった。


音楽が速くなった。


心臓が速くなった。


音楽が指揮していた。


心臓が従っていた。




——四「NCity在住個体・観察記録」


ライブが始まってから四時間が経った。


広場の地面が、リズムに合わせて収縮し続けていた。


肉の地面が波打ち続けていた。


波の高さが、四時間前より高くなっていた。


住人たちが揺れていた。


揺れながら、目が開いていた。


目の焦点が、正しい場所にあった。


焦点が正しい場所にある住人を見るのは、久しぶりだった。


音楽を聴いている間だけ、目が前を向いていた。


何かを感じていた。


何を感じているかは分からなかった。


でも感じていた。


ステージの女性が、音楽を変えた。


変えた瞬間、住人たちの目の焦点が戻った。


五センチ奥に戻った。


また別の音楽が始まった。


目の焦点が、また正しい場所に来た。


音楽によって、焦点が変わった。


正しい場所にある時と、五センチ奥にある時がある。


どちらの状態でも、住人たちは動き続けていた。




——五「迷入者・男性・三十三歳 四時間後」


歌が止まった。


止まった瞬間、体の揺れが止まった。


止まってから気づいた。


四時間、揺れていた。


四時間、揺れていたことを、今まで認識していなかった。


揺れながら、どこかに行こうとしていたことを覚えていなかった。


広場を出ようとしていたことを、さっきまで覚えていなかった。


出ようとしていた。


出ようとしていたのに、四時間いた。


広場を見回した。


住人たちが散らばり始めていた。


散らばりながら、また業務に戻っていった。


ステージに、もう誰もいなかった。


音楽だけが残っていた。


音楽が止まったのに、残っていた。


空気の中に残っていた。


空気の中から聞こえていた。


ステージから離れていくほど音量が下がるはずだった。


下がらなかった。


どこに行っても、同じ音量で聞こえていた。


広場を出た。


路地に入った。


まだ聞こえていた。


路地の奥に進んだ。


まだ聞こえていた。


建物の中に入った。


壁を隔てた場所でも、聞こえていた。


音楽が消えなかった。


消えないのではなく、消えられなかった。


空間に染み込んでいた。


空間が歌っていた。




——六「迷入者・女性・四十一歳 翌日」


元の世界線に戻れた。


戻ったが、音楽が聞こえていた。


元の世界に戻っても、聞こえていた。


寝ても聞こえていた。


起きても聞こえていた。


耳を塞いでも聞こえていた。


塞いでも聞こえた。


骨の中を通って聞こえていた。


顎骨を通って聞こえていた。


頭蓋骨を通って聞こえていた。


一週間後、医師に相談した。


「耳鳴りです」と言われた。


「耳鳴りですが、音楽の形をしています」と言った。


「心因性かもしれません」と言われた。


二週間後、音楽に気づいた。


気づいた、というのは「慣れた」という意味だ。


常に聞こえていることが、当然になった。


当然になってから、音楽が気にならなくなった。


気にならなくなってから、音楽が止んだかどうか分からなくなった。


止んだかどうかを確認しようとした。


確認のために、耳を澄ませた。


聞こえていた。


まだ聞こえていた。


聞こえていることを確認してから、また忘れた。


心臓が動いていた。


動き続けていた。


何かに合わせて動いていた。


何に合わせているかは、もう分からなかった。




——七「第三胃袋広場・本日の稼働記録」


ライブ実施回数:本日三回


来場者総数:計測不能


残響定着率:来場者の九十七%に残響が定着


心拍同期完了数:残響定着者の全員


生体信仰発電への移行数:心拍同期完了者の全員


本日の信仰エネルギー生産量:前週比一三%増


ステージに立った世頼の発言記録:

「ランランルー……祈りましょう」


それだけだった。


広場の地面の収縮回数:

ライブ中に発生した収縮の総数を集計しようとした。

集計が追いつかなかった。





────────────────────────────────

補充記録No.030

分類:NCity施設記録(第三胃袋広場)

記録管理:NCity施設台帳


第三胃袋広場の機能:

 NCity中央に位置する広場。

 地面は胃壁型の有機素材でできており、

 音楽・振動・信仰エネルギーに反応して収縮する。

 

 主な用途:

  世頼による定期洗脳ライブの開催場所。

  信仰エネルギーの大規模収集ポイント。

  NCity住人の同期調整場所。


残響支配について:

 世頼が一度歌った楽曲は、

 広場の空気・地面・建物の壁材に染み込む。

 染み込んだ楽曲は音源がなくなっても鳴り続ける。

 広場を離れても残響は対象に付着している。

 元の世界線に戻っても消えない。

 耳を塞いでも骨伝導で届く。

 宇宙空間では星間物質に記録されるため

 真空でも残響は維持される。


生体信仰発電について:

 残響が定着した対象の心拍は

 世頼の音楽に同期した後、

 以降の全ての鼓動が信仰エネルギーに変換される。

 死ぬまで続く。

 死んだ後の最後の鼓動もエネルギーとして記録される。

 対象はこのことを知らない。

 知らなくても変換は継続される。


迷入者二名について:

 男性(三十三歳):

  残響定着を確認。心拍同期完了。

  元の世界線に「音楽を持って」帰還した。

  現在も生体信仰発電中。

  

 女性(四十一歳):

  残響定着を確認。心拍同期完了。

  「耳鳴り」として認識し医師に相談した。

  「心因性」と診断された。

  診断は正確ではないが、

  正確な診断が出ても治療法は存在しない。

  現在も生体信仰発電中。


地面の収縮について:

 第三胃袋広場の地面は

 信仰エネルギーを受け取るたびに収縮する。

 収縮は消化活動に類似している。

 何を消化しているかについては記録しない。


世頼の発言について:

 「ランランルー……祈りましょう」

 

 この発言の意味について:

  世頼は全員のために祈っていると思っている。

  全員が世頼のために祈らされていることには気づいていない。

  どちらも正確。


在庫切れ、なし。

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