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第二十九話「パラドックス実験場」


>視点座標:nの次元 NCity パラドックス実験場

>話者:複数(実験対象・観測記録)

>記録取得方法:実験ログおよび対象の神経残存から直接抽出




——一「実験対象・識別番号PX441001 入場記録」


ドームの中に入れられた。


球形のドームだった。


壁の全面に数式が書いてあった。どこまでも続く数式だった。


中央に台があった。


台の上に、二つのものが置いてあった。


「左が絶対に壊れない盾です」とスタッフが言った。「右があらゆるものを貫く槍です」


「ぶつけます。矛盾が衝突した瞬間に論理の外側のエネルギーが発生します。そのエネルギーをポテトの揚げ油に使います」


「観測者が必要です。観測されない現象は確定しないため」


「観測した後、私はどうなりますか」


「記録に残ります」




——二「実験ログ一覧・抜粋 担当:真意・冥理」


**実験第一回「盾と槍」**


左:絶対に壊れない盾

右:あらゆるものを貫く槍


衝突。


観測者が壁の数式を読み始めた。止まらない。


現在も読んでいる。エネルギー抽出継続中。




**実験第八回「全知と無知」**


左:全てを知っている存在

右:何も知らない存在


同室に配置した。


全知の存在が無知の存在を観測した。


全知であるなら無知の存在が「何も知らない」ことも知っている。


知っていることを知られた瞬間、無知の存在は「知られていること」を知った。


知ったことで無知でなくなった。


無知でなくなったことで全知の知識が一つ崩れた。


崩れた全知が「崩れた」ことを知った。


知ったことで再び全知になった。


このサイクルが毎秒七百万回繰り返されている。


エネルギー抽出継続中。観測者の意識消失を確認。




**実験第十七回「全能の神と動かせない岩」**


左:全能の神(「何でもできる」存在として定義)

右:全能の神でも動かせない岩(「どんな力でも動かない」として定義)


神が岩を動かそうとした。


岩が動いた。


岩が動いた瞬間、岩の定義が崩れた。


定義が崩れた瞬間、神の「全能性」が一つ欠けた。


欠けた全能性を神が回復しようとした。


回復するためには岩を元の定義に戻す必要があった。


岩を元の定義に戻すとは「動かせない岩を動かして元の場所に戻す」ことを意味した。


矛盾が二重になった。


エネルギーが通常の三倍発生。観測者が岩になった。




**実験第二十九回「嘘つきのパラドックス」**


対象:「私は嘘をついている」と発言し続ける個体


この発言が真なら、発言者は嘘をついているので発言は偽。


偽なら発言者は嘘をついていないので発言は真。


真なら偽。偽なら真。


個体に発言を続けさせた。


一分間で千二百回発言した。


千二百回のサイクルで発生したエネルギーを抽出した。


個体は現在も発言を続けている。


止める理由がないため、止めていない。




**実験第四十四回「全ての規則には例外がある」**


命題:「全ての規則には例外がある」


この命題自体が規則である。


ならば「全ての規則には例外がある」という規則にも例外がある。


例外があるなら「例外のない規則が存在する」。


「例外のない規則が存在する」なら「全ての規則には例外がある」は偽。


偽なら例外のない規則は存在しない。


存在しないなら元の命題が真に戻る。


観測者五名に同時に考えさせた。


五名全員の論理処理系が同時に崩壊した。


発生エネルギーは過去最大を更新した。


五名は現在も考え続けている。




**実験第六十一回「完全なカオスと完全な秩序」**


左区画:完全なカオスの状態(いかなる規則も存在しない空間)

右区画:完全な秩序の状態(全てが規則通りに動く空間)


二つの区画を接続した。


完全なカオスの空間に「完全なカオスである」という規則が生まれた瞬間にカオスが崩れた。


完全な秩序の空間に「完全な秩序である」という規則があるとするならばそれ自体が秩序を乱す可能性を内包するため秩序が崩れた。


両空間が崩れる際に発生したエネルギーが相互に干渉した。


ドームの壁が一時的に存在しなくなった。


存在しなくなった壁が「存在しないという状態で存在している」という矛盾を生じた。


エネルギーが連鎖増幅した。


ドームが修復されるまでの間、NCityの三区画が矛盾した状態になった。


冥理が「面白い」と記録した。真意が「報告書を書きます」と記録した。




**実験第八十八回「この文は偽である」**


壁に一文を書いた。


「この文は偽である」


観測者に読ませた。


真なら偽。偽なら真。


観測者が読んだ瞬間に論理処理が始まった。


終わらなかった。


観測者が壁に近づいた。


壁の文字を消そうとした。


「文字を消す」という行為が「この文は偽である」という文の真偽に影響するかどうかを考え始めた。


考え始めたことで新たなループが発生した。


エネルギー抽出継続中。


観測者は現在も壁の前にいる。消せない。消しても消した後の状態に矛盾が残るため。




**実験第百三回「何もない空間と、何もない空間が存在するという事実」**


完全な真空を作った。


何も存在しない空間を作った。


「何も存在しない空間が存在する」という事実が生じた。


「何も存在しない空間が存在する」なら「何もない空間の中に『存在する』という属性がある」。


「存在する」という属性があるなら「何も存在しない」は偽。


偽なら何かが存在する。


何かが存在するなら真空ではない。


真空でないなら再び真空を作る必要がある。


真空を作るたびに同じ矛盾が発生する。


エネルギー発生は一定。


安定したエネルギー源として認定し、常時稼働中。




**実験第百四十一回「現在という瞬間」**


命題:「今この瞬間が存在する」


「今」という言葉を発した瞬間、「今」は過去になる。


過去になった「今」は「今」ではない。


「今ではない今」を「今」と呼んでいることになる。


観測者に「今」と言い続けさせた。


言うたびに「今」が過去になった。


過去になった「今」が積み重なった。


積み重なった過去の「今」が観測者の周囲に物理的に堆積し始めた。


堆積した「今の残骸」が観測者を埋めた。


エネルギー抽出継続中。観測者の発声は現在も確認できる。




**実験第二百二回「全ての存在には理由がある」と「何もないよりも何かがある理由はない」**


命題A:全ての存在には存在する理由がある

命題B:何もないよりも何かが存在する理由は存在しない


AとBを同時に成立させた空間を構築した。


Aが成立するならBは偽。


Bが成立するならAは偽。


両方を成立させたまま空間を維持した。


空間が存在することの理由がなくなった。


理由がなくなった空間の「存在」の根拠が消えた。


根拠が消えても空間は存在し続けた。


根拠なく存在し続けることで命題Aが崩れた。


崩れたことで命題Bが成立した。


命題Bが成立したことで命題Aの崩壊に「理由がない」ことになった。


理由がないなら命題Aが再成立した。


ループが発生した。


ドームの外にまで矛盾が漏出した。


NCityの一区画で「存在する理由がないにもかかわらず存在している建物」が発生した。


建物の中に住人がいた。


住人は現在も存在している。理由なく。




**実験第四百四十一回「観測することで変化する現象と、観測しないと確定しない現象」**


現象:観測すると状態が変化する

前提:観測しないと現象が確定しない


観測すれば確定するが変化する。

観測しなければ変化しないが確定しない。


観測者を入れた。


観測者が現象を見た。


現象が変化した。


変化したことを観測者が観測した。


観測したことで現象がまた変化した。


変化を止めようとして観測をやめた。


観測をやめたことで現象が確定しなくなった。


確定しない現象の状態を確認しようとして観測した。


また変化した。


観測者の行動が全て矛盾に接続された。


現在も実験継続中。観測者は観測をやめることも続けることもできない。




——三「実験対象・識別番号PX441001 実験後記録」


ドームの隅にいた。


盾と槍は台の上にあった。何も変わっていなかった。


「エネルギーの抽出が完了しました」とスタッフが言った。


「私の論理が崩れるたびにエネルギーが出ていたということですか」と聞いた。


「そうです」


「今も崩れていますか」


「今も崩れています。会話するたびに崩れています」


「では答えないほうがいいんですか」


「そうです」


「では今の答えも矛盾を含んでいますか」


「はい」


「どんな——」


スタッフが次の実験対象を連れて、ドームの入口に向かった。





────────────────────────────────

補充記録No.029

分類:NCity施設記録(パラドックス実験場)

記録管理:NCity施設台帳


施設の機能:

 矛盾する概念・命題・定義を物理的に衝突・共存させることで

 「論理の外側のエネルギー」を抽出する施設。

 エネルギーはぱんでむのポテトの揚げ油および

 NCity各施設への電力供給に使用される。


実験矛盾の選定基準:

 真意が「論理的に成立している矛盾」を選定する。

 冥理が「矛盾が解消されない状態を維持できるか」を確認する。

 両者が合意した矛盾のみ実験に使用する。

 

 真意と冥理の議論自体が矛盾を孕んでいるため

 議論もエネルギー源として回収されている。


観測者について:

 観測者自身の論理処理系が二次エネルギー源として機能する。

 説明の有無は問わない。

 説明を理解しようとする行為が新たな矛盾を生成するため

 どちらでも抽出量は変わらない。


現在も継続中の実験対象:

 第一回観測者:壁の数式を読み続けている。

 第八回観測者:意識消失状態で全知と無知のサイクルを処理し続けている。

 第二十九回対象:「私は嘘をついている」を発言し続けている。

 第四十四回観測者五名:全員が考え続けている。

 第八十八回観測者:壁の前で文字を消せずにいる。

 第百三回:常時稼働中(安定電源として認定済み)。

 第百四十一回観測者:「今の残骸」の中にいる。発声確認済み。

 第二百二回の建物住人:理由なく存在し続けている。

 第四百四十一回観測者:観測と非観測の間で停止中。

 

 全実験の通算回数:計測不能。

 初回実施日:記録なし。

 終了予定:なし。

 

 在庫切れ、なし。

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