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第三十二話「ある日の調理記録」


>視点座標:複数

>話者:複数

>記録取得方法:因果律プレス工場・悲鳴蒸留所・調理場および

>       対応する世界線の残存意識から直接抽出




——一「第9,441,002番世界線 終焉から三秒前 話者:この世界線そのもの」


まだある。


山がある。川がある。都市がある。人がいる。


まだある。


人が笑っている。


人が泣いている。


人が走っている。


人が眠っている。


まだある。


歴史がある。


最初の生命が動いた時から今までの、全部がある。


最初の言葉があった。最初の火があった。最初の死があった。最初の愛があった。


全部ある。


全部、まだここにある。


三秒後、なくなる。


なくなるのではない。


圧縮される。


全部が、一枚のパティに圧縮される。


山が。川が。都市が。人が。笑いが。泣き声が。歴史が。


全部が、肉の厚さになる。


厚さは、世界線の密度で決まると聞いた。


長い歴史を持つ世界線ほど、パティが厚くなる。


この世界線は長かった。


長かった分だけ、厚くなる。


誰かが、「美味しそう」と思う。




——二「因果律プレス工場 第七圧縮区画 作業記録」


本日の投入数:世界線 四百十一件


投入された世界線が、プレス機の下に置かれた。


置いた。


プレス機が落ちた。


プシュッという音がした。


板になった。


厚さを計測した。


記録した。


次を置いた。


プレス機が落ちた。


プシュッという音がした。


板になった。


厚さを計測した。


記録した。


次を置いた。


一日の作業が、この繰り返しだった。


置いて、落として、計測して、記録する。


置いて、落として、計測して、記録する。


音がほとんどしなかった。


機械が動く音だけが、均一に続いた。


作業員が動いていた。


全員が、笑顔で動いていた。


笑顔の中に、何も入っていなかった。




——三「第19,004番世界線 終焉から一秒前 話者:老人・八十七歳」


孫が来ると言っていた。


明日来ると言っていた。


明日、来る。


明日、孫が来る。


明日が——




——四「悲鳴蒸留所 第三蒸留槽 稼働記録」


本日の投入原料:絶望 三億四千万件

断末魔 七千二百万件

喪失の感情 一億九千万件


投入された。


タンクの中で、液状化が始まった。


絶望が、液体になった。


断末魔が、液体になった。


喪失が、液体になった。


液体が混合された。


混合された液体の色は、黒かった。


甘い匂いがした。


採取した。


品質確認を実施した。


純度:九十七・三%


規定値を超えていた。


本日の蒸留所の生産物は、以下に振り分けられた。


ソース原液:悲鳴蒸留所から調理場へ

シェイク原液:悲鳴蒸留所から冷却区画へ


記録した。


タンクの清掃を実施した。


清掃中、タンクの底に何かが残っていた。


固形物だった。


液状化できなかった何かが、底に沈んでいた。


確認した。


「希望」だった。


液状化できなかった。


廃棄した。




——五「第3,001番世界線 終焉から十分前 話者:子ども・七歳」


お腹が空いた。


ごはんはまだかな。


お母さんがいる。


お母さんが台所にいる。


お母さんが何かを作っている。


いい匂いがする。


お腹が空いた。


「お母さん、まだー?」


「もうすぐよ」


もうすぐ。


もうすぐ、ごはんが食べられる。


お腹が空いた。


もうすぐ——




——六「調理場 本日の担当クルー記録」


パティが届いた。


因果律プレス工場から届いた、赤黒い板だった。


板の表面に、模様があった。


模様を見ると、何かに見えた。


都市に見えた。山に見えた。人に見えた。


調理を開始した。


パティをグリルに乗せた。


焼いた。


焼けた。


ソースが届いた。


悲鳴蒸留所から届いた、黒い液体だった。


液体を容器に入れた。


液体から甘い匂いがした。


バンズが届いた。


世界線の外皮を素材化したバンズだった。


切った。


並べた。


パティを乗せた。


ソースをかけた。


バンズで挟んだ。


包んだ。


金色の包み紙で包んだ。


できた。


台の上に並べた。


次を作った。


また次を作った。


また次を作った。


一日に何百個作るかは、数えなかった。


数える理由がなかった。


作れば、誰かが来て、受け取った。


受け取った誰かが、食べた。


食べた誰かが、変容した。


変容した誰かが、またここに来た。


それだけだった。




——七「ぱんでむ本店 カウンター 本日の来店記録」


客が来た。


「ダブルチーズバーガーをください」と客が言った。


「ランランルー」と担当クルーが言った。


金色の包み紙に包まれたバーガーが、カウンターの上に置かれた。


客が受け取った。


客が食べた。


包み紙を開いた。


バンズが見えた。


バンズを持ち上げた。


パティが見えた。


赤黒いパティが見えた。


パティの表面に、模様があった。


模様を見た。


何かに見えた。


でも何かが分からなかった。


一瞬、なんとなく、何かを感じた気がした。


でも次の瞬間には、美味しいと思っていた。


また食べたいと思っていた。




——八「第44,441番世界線 終焉から一分後(圧縮済み・パティ内部から)」


まだある。


まだここにある。


山も川も都市も人も、まだここにある。


圧縮されたが、なくなっていない。


全部がここにある。


一枚の板の中に、全部がある。


笑いも泣き声も歴史も愛も、全部がここにある。


でも、出られない。


板の外に出られない。


板の中で、全部がある。


全部があるまま、板の中にある。


板が焼かれ始めた。


熱かった。


熱い。


熱い。


熱い中で、全部がある。


全部があるまま——


食べられた。





────────────────────────────────

補充記録No.032

分類:調理工程記録(本日分)

記録管理:ぱんでむ本店 調理部門


本日の生産数:

 バーガー総数:計測不能

 使用した世界線数:四百十一(パティ素材として)

 使用した感情量:絶望三億四千万件・断末魔七千二百万件・喪失一億九千万件(ソース素材として)


品質評価:

 本日のパティの平均品質:A

 本日のソースの純度:九十七・三%


廃棄物について:

 「希望」が今日も液状化できなかった。

 廃棄した。

 廃棄した希望の処理先については記録しない。

 

 なお、廃棄した希望が蓄積されている場所がある。

 場所については記録しない。


パティ内部の残存意識について:

 圧縮後のパティ内部に意識が残存する場合がある。

 残存した意識は圧縮状態のまま存在し続ける。

 焼かれても消えない。

 食べられても消えない。

 食べた者の体内で、圧縮されたまま存在し続ける可能性がある。

 

 体内で存在し続ける可能性については調査中。

 調査は優先度が低いため、進捗は遅い。


来店客について:

 本日の来店客は、パティの模様を見て「何かに見えた」と感じた。

 感じたことを記録する。

 感じた内容を客が認識することはなかった。

 

 客はまた来る。

 

 在庫切れ、なし。

────────────────────────────────


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